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レセプトデータを用いた日本国内におけるトキソプラズマ症発生動向の推定

(IASR Vol. 43 p51-52: 2022年3月号)

 

 トキソプラズマ症は, 感染症法に規定された感染症とは異なり届出義務がないため, 国内における年間発生件数や, 症状ごとの発生動向の把握が難しい。国立感染症研究所寄生動物部では, 定期的に主要な寄生虫症の発生動向を種々のレセプトデータを用いて推定, 監視している。レセプトとは, 医療機関が健康保険組合等に提出する診療報酬明細書のことである。レセプトには保険医療機関が傷病名を記載しているため, これを利用して当該疾病の発生状況を把握するなどの活用が始まっている。今回, 株式会社JMDC保有のデータベースのうち, 2010~2018年の間に蓄積された母集団70万人規模のデータベースから, 傷病名にトキソプラズマを含むレセプト 〔「疾病及び関連保険問題の国際統計分類第10版(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, ICD-10)」による細分類でB58.0-B58.9およびP37.1〕を抽出した。しかし, レセプトデータが抽出された母集団は必ずしも日本全人口の性・年齢を正確に反映したものではない。そこで, 母集団から抽出された性および年齢別のレセプト件数を, 当該年の日本人口の性および年齢の比率に基づいて拡大推計した。

 この期間, トキソプラズマ関連のレセプトとして, B58.0(トキソプラズマ眼障害), B58.2(トキソプラズマ髄膜脳炎), B58.8(トキソプラズマ症, その他の臓器障害を伴うもの), B58.9(トキソプラズマ症, 詳細不明), P37.1(先天性トキソプラズマ症)の5種の細分類が抽出され, それぞれ順に, 眼トキソプラズマ症, トキソプラズマ脳症, 播種性トキソプラズマ症, 詳細不明(後述), 先天性トキソプラズマ症を表すものとみなされた。9年間に請求のあったトキソプラズマ関連レセプトは, 平均9,604件/年と拡大推計された。この値は, 以前厚生労働省から提供を受けた2010~2014年のNDB データのレセプト件数とよく一致していた1)。次にICD-10分類ごとのレセプト件数をみてみる。眼トキソプラズマ症(B58.0)(本号11ページ参照)は9年の平均で2,216件[95%信頼区間:539-3,894]となり, これも前述のNDBデータとの間に大きな乖離は認められなかった。この値は一見非常に大きく思えるが, 諸外国の調査結果も今回の結果を支持できると考えられる。例えば, 米国・メリーランド州における眼底検査を用いた調査によると, 842名中5名(0.6%)からトキソプラズマ感染によると思われる脈絡網膜瘢痕が検出できた2)。また従来トキソプラズマによる眼障害は, 先天性感染の再活性化で生じることが多く, 後天性感染で発症することは稀であると考えられてきた。しかし最近コロンビアで行われた調査によると, コロンビアでは5.5%の人に後天的なトキソプラズマ感染によると思われる脈絡網膜瘢痕がみつかり, そのうち20%の人に視力の低下がみられた一方で, 先天的なトキソプラズマ感染による瘢痕は0.5%の人にしかみられなかった3,4)。日本においても詳細な調査が必要であると考えられる。先天性トキソプラズマ症(P37.1)(本号9ページ参照)は, 9年間の平均で295件[95%信頼区間:226-363]となり, この値も以前のNDBのデータとよく一致していた。諸外国においては, 2007年のフランスで272件(1万人の新生児当たり3.3人に相当), また, ブラジルで新生児3,000人当たり1人, 米国・マサチューセッツ州で新生児10,000人当たり1人などの報告がある5)。2010~2018年のわが国の年間出生数は平均1,004,475名であるので6), 1万人の新生児当たり約2.94人となり, 諸外国の値とよく一致したものであったが, 日本人の抗体陽性率の低さと併せて考えると, 諸外国の発生率より若干多いのかもしれない。次に, 著者らが後天性トキソプラズマ症の発生件数を代表すると考えているトキソプラズマ髄膜脳炎(B58.2)であるが, 年平均120件[95%信頼区間:43-198]であった。また, 播種性トキソプラズマ症の発生を反映していると考えられるB58.8(トキソプラズマ症, その他の臓器障害を伴うもの)は, 今回の調査ではほとんど発生がみられず, 評価の対象とすることができなかった。B58.9(トキソプラズマ症, 詳細不明)は年平均で6,955件[95%信頼区間:5,332-8,578]と, 今回の調査では最大のレセプト件数となった。著者らは, この中には妊婦などによるトキソプラズマ抗体検査が相当数含まれているのではないかと推定している。なぜなら, 本分類でのみ著しい男女比の偏り(1:4.19)が認められ, さらに妊娠適齢年齢に相当する年齢層に集積していたからである。

 最後に, 今回の調査から, 国内におけるトキソプラズマ症の病状別の割合を算定してみたところ(), 眼トキソプラズマ症(B58.0)が84.2%(19,947件), 先天性トキソプラズマ症(P37.1)が11.2%(2,651件), トキソプラズマ脳症が4.6%(1,082件)となった(B58.9は除外)。少子高齢化の進展や, 抗がん剤治療や臓器移植の増加など, 社会情勢の変化にともない後天性トキソプラズマ症の発生数の増加の可能性が考えられたが, 現在の日本においては, 先天性トキソプラズマ症の発生を中心に監視することがより適切であると考えられた。また, 今回の解析では, 母数が少なく, 年によっての振れが大きかったため, より大規模のレセプトデータ収集を行い解析することが発生動向の正確な把握のために重要であると思われた。

 

参考文献
  1. 永宗喜三郎ら, 「レセプト情報解析から見えてきた日本におけるトキソプラズマ症の実態」, 第87回日本寄生虫学会大会, 2018
  2. Smith RE, et al., Am J Ophthalmol 74: 1126-1130, 1972
  3. de-la-Torre A, et al., Eye 23: 1090-1093, 2009
  4. de-la-Torre A, et al., Br J Ophthalmol 93: 1001-1004, 2009
  5. Robert-Gangneux F, et al., Clin Microbiol 25: 264-296, 2012
  6. 令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-
    https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/index.html

国立感染症研究所寄生動物部筑波大学生命環境系    
 永宗喜三郎       
国立感染症研究所寄生動物部
 森嶋康之 

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