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トキソプラズマ等の寄生原虫が検出された鯨肉の喫食による都内有症事例

(IASR Vol. 43 p54-56: 2022年3月号)

 
はじめに

 トキソプラズマはネコ科の動物を終宿主とし, ヒトを含む哺乳類, 鳥類などの恒温動物だけでなく, クジラ目を含む海棲哺乳動物も中間宿主となる細胞内寄生原虫である。ヒトへの感染は, 主にネコの糞便中に排出されたオーシストの手指を介した経口感染と, トキソプラズマのシストが寄生した動物(中間宿主)の筋肉を生または調理不完全な状態で経口摂取した場合による。特に臨床上重要となるのは, 妊娠時の初感染での先天性トキソプラズマ症と, 免疫不全にともなう潜伏感染の再燃により発症するトキソプラズマ脳炎や播種性トキソプラズマ症である。

 1999年に食品衛生法上の食中毒病因物質として寄生虫が報告の対象となって以降, 食肉を介したトキソプラズマのヒトへの感染は, 2016年に奄美大島に旅行した都内の同一グループにおいて, 複数人が旅行終了後10日前後で発熱症状を呈し, 医療機関での検査の結果, トキソプラズマ抗体陽性となり, 喫食歴から集団食中毒が疑われた事例が報告されている1)。一方で海棲哺乳動物の喫食を原因とするトキソプラズマ等による国内事例はこれまで報告されていなかったが, 2019年6月30日に日本は国際捕鯨委員会から脱退し, 2019年7月には31年ぶりに商業捕鯨が再開されたことで, 鮮度の良い大型鯨類(ミンククジラ, ニタリクジラ, イワシクジラ)の肉の流通が可能となった。今回, 2020年6月に都内で鯨肉の生食によるトキソプラズマ等の寄生虫が原因と推定される有症事例が発生したので報告する。

都内有症事例

 青森県沖太平洋で漁獲された生のミンククジラ肉の喫食により2つの有症事例の発生があった。事例1はミンククジラ肉Aを喫食した事例で, 9名中5名が下痢や39℃の発熱等の症状を呈し, うち4名は喫食後12時間以内に, 1名は5日以降に発症したが, 鯨肉の残品から黄色ブドウ球菌以外の食中毒起因菌およびウイルスは検出されなかった。事例2は別個体のミンククジラ肉Bを喫食した30名中25名が37-39℃台の発熱, 下痢, 頭痛等の症状を呈し, 潜伏期間は24時間以内と5日以上の二峰性に分かれていた。事例2については鯨肉の残品が得られなかった。事例1の冷凍保存されていた鯨肉の残品について, 東京都健康安全研究センターに検査依頼があった。

検査方法

 事例1の鯨肉残品について, トキソプラズマおよび住肉胞子虫について遺伝子検査ならびに顕微鏡検査を実施した。

 遺伝子検査は, 鯨肉およびシストからQIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN社)を用いてDNAを抽出した。トキソプラズマについては18S rRNA2)およびSAG2遺伝子3), 住肉胞子虫は18S rRNAおよびmtDNA cox1遺伝子を対象としたシークエンス解析および系統解析を行った。

 顕微鏡検査は実体顕微鏡下で住肉胞子虫のシストの検索を行った。また, 組織学的検査では組織切片を作製し, HE染色およびPAS染色を行った。トキソプラズマに対する免疫組織化学染色は, 一次抗体に抗トキソプラズマ・ウサギポリクローナル抗体(Quartett), ヒストファインSAB-PO(R)キット(ニチレイ)およびDAB基質キット(ニチレイ)を用いて, ストレプトアビジン-ビオチン(SAB)法により行い, 光学顕微鏡下で観察した。

結 果

 鯨肉について, 各領域でPCR増幅産物が得られ, 18S rRNAによる系統解析を行ったところ, トキソプラズマと同一クラスターに分類され(図1), SAG2遺伝子ではトキソプラズマ(GenBank accession no.: XM018781602)と100%一致する塩基配列が確認された。組織学的検査では筋組織に炎症などの病変は認められなかったが, PAS陽性でDAB発色の褐色に染まる(トキソプラズマに対する免疫組織化学染色陽性)直径50µmのシスト(図2-Ⅰ)が確認されたことから, トキソプラズマと同定した。一方, PAS陽性で免疫組織化学染色陰性のシストも認められ, シスト壁は滑らかで厚さが約5µm(図2-Ⅱ)で, 実体顕微鏡下でも容易にシストが確認できた。このシストについて, 18S rRNA(図1)およびmtDNA cox1遺伝子の系統解析を行ったところ, 住肉胞子虫と同一のクラスターに帰属したことから, 住肉胞子虫と同定した。

考 察

 今回, 都内で2事例のミンククジラの生食によると考えられる有症事例が発生したが, 事例2については, 他の複数の自治体でも同個体のミンククジラ肉の喫食者において有症事例が報告され, 製造所を所管する自治体が行政上病因物質不明の食中毒としている。

 これまでトキソプラズマは, アザラシやイルカ等, 海棲哺乳動物で広く寄生が報告され(本号5ページ&8ページ参照), 食用となるアザラシ肉からも検出の報告がある4,5)。クジラ目では, ハクジラ亜目だけではなく, ヒゲクジラ亜目のミンククジラでもMAT(modified agglutination test)による血清検査において5頭中1頭でトキソプラズマ抗体陽性となったとの報告がある4)。また, イヌイットを対象としたトキソプラズマに対する抗体調査では約60%が陽性となり, その要因の1つとしてアザラシ肉の喫食が挙げられている5)

 また, アザラシやクジラ等には, ヒトへの病原性は不明であるが, 住肉胞子虫の寄生も報告されている6)。シカ肉に寄生する複数種の住肉胞子虫が下痢症の原因と考えられる事例も報告7)されており, 鯨肉に寄生する住肉胞子虫についてもヒトへの病原性は否定できない。旋毛虫については, セイウチやアザラシ等で寄生の報告があるが, クジラ目については知られておらず5), 今回の事例1の鯨肉からも検出されなかった。

 トキソプラズマの潜伏期間は5日~数週間で, 健常者における感染では多くは無症候性であるが, 発熱, 倦怠感等の軽度の急性感染症状を呈する場合がある。一方, 複数種の住肉胞子虫において, それらが原因と考えられる一過性の下痢や嘔吐は1~16時間程度の潜伏期間を経て発症する。したがって, 事例1の鯨肉(残品)からトキソプラズマと種不明の住肉胞子虫が検出され, 有症者に12時間以内と5日以上の二峰性の潜伏期間が認められたことから, 本事例はこれら原虫の関与が疑われた。

 クジラの寄生虫相は十分な調査がなされていないため不明な点が多く, 特にチルド流通する鯨肉は, 1頭の肉が家畜肉より大きいことから広域流通する可能性が高く, 食品衛生的にも課題が多い。鯨肉の喫食による寄生虫感染のリスクを軽減するためには, 北西太平洋の沖合と南極海の調査捕鯨で副産物として得られた鯨肉と同様に, 十分な冷凍が必要であると考えられた。

 

参考文献
  1. 菊地 正ら, 第27回日本臨床寄生虫学会大会講演要旨: 31, 2016
  2. Kolenda R, et al., Parasitol Res 113: 3029-3039, 2014
  3. Howe DK, et al., J Clin Microbiol 35: 1411-1414, 1997
  4. van de Velde N, et al., Vet Parasitol 230: 25-32, 2016
  5. ryland M, et al., Human pathogens in marine mammal meat, Norwegian Scientific Committee for Food Safety, 2011
    https://vkm.no/download/18.a665c1015c865cc85babc29/1501511523056/2d1eef41a7.pdf
  6. Dubey JP, et al., Sarcocystosis of Animals and Humans, 2nd edition, CRC Press: 306, 2016
  7. 猪又明日香ら, 日食微誌 37: 178-182, 2020

東京都健康安全研究センター  
 村田理恵 神門幸大 前野 愛 鈴木 淳 横山敬子
 新開敬行 貞升健志          
東京都福祉保健局健康安全部  
 舘山優乃 西野孝洋     
国立感染症研究所寄生動物部  
 永宗喜三郎

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