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日本における先天性トキソプラズマ症の実状

(IASR Vol. 43 p57-59: 2022年3月号)

 
緒 言

 日本では, トキソプラズマ症は感染症法に基づく届出疾患となっておらず, 近年は国内で大規模なコホート研究が行われていないため, 先天性トキソプラズマ症を含めてその実態は分かっていない。先天性トキソプラズマ症についてのレジストリは, “母子感染の予防と診療に関する研究班”1)の取り組みで症例集積が開始されているが, 日本における先天性トキソプラズマ症の全体像が把握可能なデータは公表されていない。治療薬についても代替レジメがなく, “熱帯病治療薬研究班”2)や“エイズ治療薬研究班”3)への参加によって薬剤を入手するか, 個人輸入するかしか選択肢がない。本稿では過去の文献から日本国内の先天性トキソプラズマ症にかかわるデータを示し, 筆者が参加する熱帯病治療薬研究班の既報を基に国内の先天性トキソプラズマ症診療の実情を記載した。

妊婦における疫学

 妊婦における抗体陽性率は数報の報告があり, 調査年代は異なるが, 妊婦におけるトキソプラズマIgGの陽性率はおおむね2-10%程度であった4)。日本は国際的にも抗体陽性率が低い国でもあり5), 日本産婦人科学会の産科ガイドライン6)では, スクリーニングとして必須の検査対象ではないとされている。ただし, アンケート調査を基にした報告では, 48.5%の施設がスクリーニング7)を実施していると報告されており, 比較的抗体陽性率の高い西日本の施設では実施される傾向がある。国内のスクリーニング検査のタイミングは単回で第1三半期であることが多く, 抗体陽性率が50%前後となるような欧州諸国のように複数回スクリーニングを行う施設は少ない8)

新生児における疫学

 日本の妊婦の初感染率は0.13-0.25%とされ9-11), 出生数からは年間130-1,300例の先天性トキソプラズマ症児が生誕していると推計されていたが10), アンケートベースの全国調査では, 2006~2008年の調査では16例12), 2011年の調査では1例のみであった13), と報告されており, 10万出生当たり0.13-1.1例となり, 先の推計よりもかなり少ないことが知られている。熱帯病治療薬研究班での登録症例でも, 2013年4月~2016年6月にかけて9例の先天性トキソプラズマ症が組み入れとなっており14), それ以降も2022年1月までに8例の先天性トキソプラズマ症患者が研究に参加し, 保管薬剤での治療を行っている。10年弱の間に17例とのことで, おおよそ近年のアンケート調査と一致している印象である。ただし, 無症候性も多い感染症でもあり15,16), 死亡症例で偶発的に発見される17)ことから, 正確な数値は把握されていないというのが正しい理解と考える。

先天性トキソプラズマ症の症状・所見

 先天性トキソプラズマ症児は70-90%が無症状であるが, 眼底検査や脳検査によってその40%に異常が発見される15,16)。代表的な症状・所見は網脈絡膜炎, 脳内石灰化, 水頭症などであるが, 2013年4月~2016年6月にかけての9例においては脳内石灰化が6例と最も多く, 次いで在胎不当過小児, 網脈絡膜炎, 水頭症, 肝腫大が3例で認められた。無症状かつ異常所見のない症例も1例含まれていた。先の9例以外には同時期に診断された眼トキソプラズマ1例について治療後早期に再燃し, 脳内石灰化は認めなかったものの, 発見された年齢が3歳と若年であることや, 対眼の網膜に瘢痕性病変を認めていたことを含めて, 先天性トキソプラズマ症の再燃として治療を行った14)

 診療の手引きが示す診断基準()のうち, 児の診断根拠は児検体のPCR陽性が4例, IgM陽性が3例, 胎盤組織所見陽性+IgM陽性が1例, 疑い例として検査所見で支持する所見はなかったものの治療を開始した症例が1例となっていた。髄液検査を実施した5例では, 2例に蛋白増多, 1例に細胞増多を認めた。

 先の2013年4月~2016年6月に発生した9例については, 母体年齢は中央値29歳(範囲23-42歳)で, 妊娠中にIgM検査を受けた7例中6例が陽性, IgGアビディティは4例中2例で30%未満であった(検査方法は不明)。

治療とその問題点

 先天性トキソプラズマ症の治療は, 日本では未承認薬ではあるが, スルファジアジン, ピリメタミンに加え, ピリメタミンのレスキューとしてホリナートを併用する。ピリメタミンを連日内服する強化療法を2~6カ月間継続後に, ピリメタミンを週3回内服に減量した維持療法に変更して, 強化療法と維持療法を合わせて12カ月間の治療を行う。先述の熱帯病治療薬研究班に登録された9例も全例スルファジアジン, ピリメタミン, ホリナートの併用療法で治療を行った14)

 有害事象としては, スルファジアジンは過敏症, 腎障害等, ピリメタミンは血小板減少や好中球減少などの骨髄抑制がみられ, 先天性トキソプラズマ症では骨髄抑制が多いことが報告されている18)。先の熱帯病治療薬研究班の報告では, 好中球減少症(1,000/µL未満)が4例と最も多く, 3例はホリナート増量, 1例は経過観察で治療続行が可能であった。スルファジアジンによる過敏症を疑い, スルファジアジンを中止した事例が1例あり19), 2016年6月以降にも高度の好中球減少のためスルファジアジンを中止した事例が1例あった。先天性トキソプラズマ症については, ピリメタミン, スルファジアジン, ホリナート以外の代替治療レジメが明らかとなっていないが, これらの2症例はクリンダマイシンやアジスロマイシンの併用で治療を完遂した。またスルファジアジンの過敏症を疑い, 減感作を行った症例も2例あり, 1例では継続使用が可能となった19)

結 語

 日本国内の先天性トキソプラズマ症についてはその疫学, 実態が明らかになっていない現状がある。また, 国内では第一選択の治療薬を研究参加という形でしか使用できないことが大きな問題点である。以前より開発要請はかかっているが, 遅々として国内での開発は進んでいない。また国際的に見ても代替治療についてのエビデンスに乏しい疾患であり, 今後のエビデンス集積が待たれる。

 

参考文献
  1. 母子感染の予防と診療に関する研究班
    http://cmvtoxo.umin.jp(2022年1月24日アクセス)
  2. 熱帯病治療薬研究班
    https://www.nettai.org(2022年1月24日アクセス)
  3. 厚生労働省エイズ治療薬研究班
    https://labo-med.tokyo-med.ac.jp/aidsdrugmhlw/portal(2022年1月24日アクセス)
  4. トキソプラズマ妊娠管理マニュアル
  5. Maenz M, et al., Prog Retin Eye Res 39: 77-106, 2014
  6. 日本産科婦人科学会, 産婦人科 診療ガイドライン―産科編2020
    https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2020.pdf(2022年1月24日アクセス)
  7. Yamada H, et al., Congenit Anom(Kyoto)54(2): 100-103, 2014 doi: 10.1111/cga.12044. PMID: 24330048
  8. Picone O, et al., J Gynecol Obstet Hum Reprod 49(7): 101814, 2020
  9. Sakikawa M, et al., Clin Vaccine Immunol 19: 365-367, 2012
  10. 矢野明彦, 日本におけるトキソプラズマ症, 九州大学出版会, : 25-67, 2007
  11. Yamada H, et al., J Infect Chemother 25: 427-430, 2019
  12. Torii Y, et al., Pediatr Infect Dis J 32(6): 699-701, 2013
  13. Yamada H, et al., J Infect Chemother 21(3): 161-164, 2015
  14. 山元 佳, 熱帯病治療薬研究班に登録された先天性および小児トキソプラズマ症(2013-2016年), 2016年11月20日
  15. Guerina NG, N Engl J Med 330(26): 1858-1863, 1994
  16. McLeod R, et al., Clin Infect Dis 42(10): 1383-1394, 2006
  17. Hijikata M, et al., Congenit Anom(Kyoto)60(6): 194-198, 2020
  18. Carellos EVM, et al., Pediatr Infect Dis J 36(12): 1169-1176, 2017
  19. Yamamoto K, et al., Pediatr Infect Dis J 40(4): 324-326, 2021

国立国際医療研究センター国際感染症センター   
 山元 佳

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