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眼トキソプラズマ症(トキソプラズマ性網脈絡膜炎)

(IASR Vol. 43 p59-60: 2022年3月号)

 

 トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)はネコを終宿主とする細胞内寄生原虫で, ヒトは中間宿主にあたる。ネコの糞便中のオーシスト(接合子嚢)や, トキソプラズマに感染したウシ・ブタ・ニワトリ等の中間宿主の肉を加熱不十分な状態で食することによりヒトに感染する。感染後, トキソプラズマは血行性・リンパ行性に全身に播種し, 発熱, 全身倦怠感, リンパ節腫脹等を起こす。免疫正常者ではトキソプラズマは全身の臓器, 特に脳・眼・筋肉・肺にシスト(嚢子:緩増虫体を内蔵する)を形成し潜伏するため, 症状は自然に緩解し不顕性感染となる。しかし, 免疫不全者〔後天性免疫不全症候群(AIDS)患者・長期免疫抑制剤の投与を受けている患者等〕では, 時に致死する日和見感染症の1つである。妊婦が初感染した場合, 胎児に感染が波及することがあり, 先天性トキソプラズマ症(4大徴候:網脈絡膜炎・水頭症・脳内石灰化像・精神運動障害)を発症する。

 眼トキソプラズマ症はトキソプラズマが眼内の組織, 特に網脈絡膜に感染することにより発症し, 後部ぶどう膜炎の一種で, 時に再発する。先天性・後天性に発症し, その症状・眼科所見・検査所見・診断・治療等はほぼ同じであるため, 最初に眼トキソプラズマ症についての一般的なことを述べ, その後, 先天性および後天性眼トキソプラズマ症について特記すべきことを記載する。

 症状:霧視・視力障害・飛蚊症・眼痛・結膜充血・羞明・流涙・斜視等。

 眼科所見:視力は低下することが多い。免疫正常者では黄斑部を侵さない限り視力は良好であるが, 免疫不全者では病変部位が広範囲にわたり重篤になるため, 適切な治療が早期に施行されないと視力予後は悪くなる。細隙灯顕微鏡や眼底鏡による中間透光体・眼底検査では, 豚脂様角膜後面沈着物・虹彩炎・硝子体混濁・黄白色を呈する滲出性網脈絡膜炎・網膜血管炎・網膜動静脈閉塞症・網膜外層の点状病変等を認める。硝子体混濁が強い場合は, “headlight in the fog”と表現されるように眼底の詳細が透見不能となる。治癒後には黒色色素沈着を伴う境界鮮明な網脈絡膜萎縮性瘢痕病巣(punched out lesion)となる。約30%が両眼性1)である。

 先天性眼トキソプラズマ症は, 通常, 両眼性で黄斑部の境界鮮明な陳旧性瘢痕病巣で発見されることが多く, 重篤な視力障害をきたす。時として, 網膜周辺部や乳頭周囲に病変がある。瘢痕病巣の約3分の1が再発し, 瘢痕病巣の近くに色素沈着のある娘病巣となる。不顕性先天性トキソプラズマ症では, 思春期から20歳頃までに網脈絡膜炎を発症する可能性がある。主症状は黒色色素沈着をともなう周囲の健常網膜と明確に区別されている2-3乳頭径大の網脈絡膜炎であるが, 眼振, 小眼球, 斜視などをともなうことがある。血清抗体価は変化しないことが多く, IgM抗体も検出されない。

 後天性眼トキソプラズマ症は, 片眼性の限局性滲出性網脈絡膜炎として発症する。乳白色の境界不鮮明な病巣で後極部に多く硝子体混濁・網膜血管炎をともなうことがある。Edmond-Jensen型乳頭隣接網脈絡膜炎は病巣が視神経乳頭周囲に出現したものである。

 先天性の再発と後天性の眼所見の差は陳旧性病巣の有無であり, 後天性では陳旧性病巣が患眼や他眼にみられない。

 免疫不全患者では, 不顕性感染が顕在化し, 急性網膜壊死に類似した劇症型網膜壊死性病変となることがある。

 検査所見:血清の抗トキソプラズマIgG抗体価が高値である。IgM抗体価が高い場合は初感染であることを示唆しているが, 低い場合でも否定はできない。眼局所のみの感染の場合は眼内で抗体が産生されることから, Goldmann-Witmer係数の抗体率2)から診断することもある。

 病理:最も影響を受けるのは網膜で, 二次的に脈絡膜や強膜にも波及する。虹彩や毛様体・硝子体にも細胞浸潤がある3)。炎症により網膜は壊死に陥り, 正常な網膜の層状構造は破壊される。網膜色素上皮細胞が増殖することにより, 網脈絡膜萎縮巣の近傍に黒色色素沈着を引き起こす。トキソプラズマはタキゾイト(急増虫体)やシストとして炎症現場にみられ, シストは正常な網膜に存在することもある。

 診断:眼底に特徴的な限局性黒色色素沈着病巣があれば, 診断はそれほど難しいものではない。しかし, 時には非典型的な眼底所見を呈する症例もあり, 診断が困難となる。トキソプラズマ症は日和見感染症であるため, 血清中の抗トキソプラズマIgG抗体価が高いからといって, 現在の後部ぶどう膜炎がトキソプラズマに起因するとは断言できない。

 前房水や硝子体液からPCR法でトキソプラズマDNAを検出する4)

 鑑別を要する疾患:他疾患によるぶどう膜炎(サイトメガロウイルス網膜炎, 真菌性眼内炎, 眼トキソカラ症, 結核性ぶどう膜炎, 単純ヘルペスウイルス性ぶどう膜炎, 梅毒性ぶどう膜炎等)との鑑別を要する。硝子体液や前房水から病原体遺伝子をPCR法で検出することで鑑別する。

 治療:アセチルスピラマイシンはトキソプラズマの核酸合成阻害作用を有し, 消化管に対する副作用が少なく, 眼内移行も良好であるため, 従来, 眼科領域では第一選択薬となっている。全身のトキソプラズマ症で推奨されるピリメタミンとスルファジアジンは, わが国では国内未承認薬であるため, 輸入せざるを得ず, 煩雑な手続きが必要である。炎症が非常に強い場合は, 網膜の保護目的でステロイドを使用することもあるが, 抗トキソプラズマ剤を必ず併用し, 単独で用いてはならない。免疫正常者の場合, 小さな病変であれば, 数週間~数カ月で自然に消退するので治療は必要ないという報告もあるが, 病変が後極部であれば, たとえ消退しても網膜の機能が障害されるため, 治療が必要となる。また, 治療することにより網膜内の虫体数を減少させるので, 再発時の炎症程度を低下させる効果もあるため治療したほうが良い5)

 

参考文献
  1. Hogan MJ, et al., Arch Ophthalmol 72: 592-600, 1964
  2. 杉田 直, あたらしい眼科 25: 1491-1496, 2008
  3. Li K, et al., Invest Ophthalmol Vis Sci 62(3): 9, 2021
  4. Norose K, et al., Am J Ophthalmol 121(4): 441-442, 1996
  5. Norose K, et al., Invest Ophthalmol Vis Sci 47: 265-271, 2006

千葉大学大学院医学研究院感染生体防御学     
 野呂瀬一美  

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