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トキソプラズマの新たな治療薬の開発

(IASR Vol. 43 p61-62: 2022年3月号)

 

 本稿は, 私たちが行っているトキソプラズマを中心とした原虫の創薬に向けた研究について紹介したい。

天然化合物ライブラリーを利用した抗原虫活性化合物の探索

 著者が所属する微生物化学研究所では, 放線菌, 糸状菌または植物から抗菌(細菌, 真菌), 抗がん, 免疫抑制, 酵素阻害などによる生物活性を指標に発見された天然化合物, 生物活性を示した化合物を基に有機合成展開した誘導体, 他のグループによって発見された化合物(市販試薬を含む)などを整備し, ライブラリー化を進めている。その化合物ライブラリーの特徴としては, 私たちが単離した天然化合物を中心に, 世の中でみつかっている様々な化合物, かつ薬剤として実績のあるアミノグリコシドやマクロライドなどの基本構造の特徴を多様に網羅していることである。現在, 2万種以上の化合物がライブラリーに登録されている。興味のある方は, 弊所ホームページにオリジナルの化合物について一部公開しているので, ご覧になっていただきたい1)

 私たちは, 新たな原虫創薬に向けて帯広畜産大学の西川義文先生との共同研究でトキソプラズマによる抗原虫活性を指標に化合物ライブラリーの再評価を行い, 抗原虫薬のリード化合物の探索と開発を数年前から行っている。化合物ライブラリーを使った薬剤開発を行う利点として, 新たな生物活性を持つ化合物を解析した場合, 活性を持つ化合物構造の傾向を効率的に掴めること, ヒット化合物が薬として市場に出ている場合, 臨床試験を一部省けるので製品化までの時程を短縮できること, などが挙げられる。その一方, 化合物ライブラリーによる薬剤探索からは新規の化合物による薬剤を得られないという決定的な欠点を兼ね備えている。原虫の対象としてトキソプラズマを選択した背景には, いくつか理由があった。感染者が世界で最も多い原虫症がトキソプラズマ症であるにもかかわらず, 既存薬のサルファ剤, スピラマイシンなどに大きな副作用の問題を抱えている点, 慢性期感染に対する特効薬がいまだにないうえ, いまだ予防と治療方法が確立されていない点が大きな理由であった。私たちは, 弊所化合物ライブラリーによる培養細胞系を用いたトキソプラズマ感染モデルによる一次スクリーニングから抗原虫活性が高い数種類の新しい抗トキソプラズマ剤候補分子を得ることができた2,3)。その中の1つがメタサイトフィリン(MCF)という糸状菌から単離された環状のジペプチド類の一種ジケトピペラジン骨格を持つ化合物である()。もともとMCFは, 弱い免疫抑制活性を持つ新規化合物として発見された経緯がある4,5)。MCFは, トキソプラズマに対してnMオーダーのIC50で抗原虫作用を示し, 既存薬よりも抗原虫活性値および選択毒性が高い値(宿主細胞とのIC50の差が100倍以上)を示した。トランスクリプトーム解析からも宿主の因子に対してMCFによる影響がないことが明らかになった。MCFの構造活性相関を解明するために有機合成で誘導体を調製し, 抗原虫活性について解析を進めたが, 基のMCFより優れた活性を持つ化合物はいまだにみつかっていない。原虫に対する既存薬に環状ペプチド構造を有するものはなく, MCFは新しい原虫創薬のリード化合物として発展することに期待が持てる。最近の創薬研究において, ジケトピペラジン類を含む環状ペプチドが抗菌, 抗がん剤の新たな薬剤候補分子として注目されている。しかし, その分子標的, 作用メカニズムについてはいまだ明確に分かっていない部分が多く, 抗トキソプラズマ剤MCFの分子標的の解明も私たちの課題の1つとなっている。

トキソプラズマ感染動物モデルを用いたMCFの解析

 私たちは, トキソプラズマのマウス感染モデル系を利用し, MCFの薬物動態および治癒効果の解析を行った。その結果, MCFは, 経口投与で優れた抗原虫作用を示し, 副作用が無く, 妊娠した個体を含めてトキソプラズマに感染したマウスを治癒する効果, 流産を阻止する効果を示した。さらに, MCFを投与した感染マウスの脳内にトキソプラズマが検出されないことも明らかになった2)。今後は, トキソプラズマの慢性期感染の原虫に対するMCFの効果を視野に入れて解析を進める予定である。

他のアピコンプレクサ門原虫に対するMCFの解析と今後の展開

 私たちの研究からMCFがトキソプラズマと同じアピコンプレクサ門のネオスポラ, マラリア原虫に対しても高い抗原虫活性を示す結果を得ている6)。したがって, MCFは広域の抗原虫薬としての可能性を持つことが期待できる。MCFの原虫における分子標的の解明が新しい原虫薬開発の重要な鍵となる。私たちは, トキソプラズマによる先天性のトキソプラズマ症, 流産, および, 後天性免疫不全ウイルス(HIV)との合併症による重症化などを治療することが可能な特効薬を1日も早く提供できるように研究を進めている。

 

参考文献
  1. 微生物化学研究所HP
    https://www.bikaken.or.jp/research/compounds/index.php
  2. Leesombun A, et al., J Infect Dis 221: 766-774, 2020
  3. Leesombun A et al., Parasitol Res 121: 413-422, 2022
  4. Iijima M, et al., J Antibiot 45: 1553-1556, 1992
  5. Iijima M, et al., J Antibiot 71: 908-909, 2018
  6. Leesombun A, et al., Parasitol Int, 2020 doi: 10.1016/j.parint.2020.102267

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 二瓶浩一

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