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トキソプラズマの遺伝的多様性

(IASR Vol. 43 p64-65: 2022年3月号)

 

 トキソプラズマは, ヒトを含むほぼすべての恒温動物を潜在的な中間宿主とする寄生性の単細胞真核生物である。ネコ科動物を終宿主として有性生殖を行うものの自家受精が可能だと考えられており, 実際にはタイプⅠ, Ⅱ, Ⅲという3つの遺伝子型だけで欧米諸国の分離株の大多数を占めるほどクローン性が高い。この3つの遺伝子型は病原性に大きな差があり, タイプⅠはわずか1細胞の感染でもマウスを死に至らしめるのに対し, タイプⅡは病原性が低く, タイプⅢはマウスに対してほぼ病原性を示さない。またタイプⅡがヒト患者からも多く分離されるのに対し, タイプⅢは主に家畜から見出されることも報告されている。一方でこうした遺伝子型の分布には地域差があることも知られている1)。そこで地域にどのような遺伝子型のトキソプラズマが分布し, それが宿主に対してどのような病原性を示すのかは, 保健衛生上の見地から非常に重要な情報だといえる。

 トキソプラズマの遺伝的多様性の調査には, 塩基配列, 制限酵素断片長(RFLP), マイクロサテライトのうち, いずれか複数座位の情報が利用されている。遺伝子型の判別という観点では, 10遺伝子を用いたPCR-RFLP解析が主に実施されており, トキソプラズマの遺伝子研究データベースであるToxoDB(https://toxodb.org/)に登録された番号で識別されることが多い。これに対して塩基配列解析は高コストではあるが, 系統や分岐年代の解析が可能であることから, より探索的な研究手法として用いられている。2016年には既知の多様性をおおまかにカバーする61株を対象にした全ゲノム解読の結果が報告され, そこでは6系統16ハプログループ(HG)が認識されている2)。欧米諸国で従来知られていたタイプⅠ, Ⅱ, Ⅲは, それぞれA系統HG1(ToxoDB #10), D系統HG2(ToxoDB #1, #3), C系統HG3(ToxoDB #2)におおよそ対応している。これに対して南米大陸ではA系統HG6, B系統HG4/HG8, F系統HG5/HG10などに属する多様な遺伝子型が報告されている3)。アジアにおける遺伝的多様性はほとんど分かっていないが, 中国ではD系統HG13(ToxoDB #9)が優占していることが知られている4))。

野生動物におけるトキソプラズマ

 トキソプラズマにとってヒトは実質的に行き止まり宿主であって, 家畜家禽もヒトへの感染源にはなるが, 多くの場合終宿主にまでつながらない。そこでこの病原体の感染環には, ハツカネズミのような小型げっ歯類(中間宿主)とイエネコ(終宿主)が重要だと考えることが多い。しかし実際には, 多種多様な野生動物を宿主として感染環が成立しており, 野生動物との接触機会が増え, ジビエ料理などが注目されている現状ではその影響を見逃すことはできない。

 野生動物におけるトキソプラズマの遺伝的多様性についての情報は多くないが, いくつか重要な知見が得られている。北米大陸の家畜ではHG2やHG3のトキソプラズマが優占しているのに対し, 野生動物から見出される遺伝子型のうちほぼ半数がD系統HG12(ToxoDB #4, #5)である5)。終宿主に注目すると, ボブキャットやピューマではHG12の割合が多く, 野生化したイエネコ(ノネコ)とは大きな差がある6)。つまり家畜化された動物と野生動物との間で, トキソプラズマの宿主選好性に遺伝的な差があることが示唆される。実際, 欧米諸国で優占している3種の遺伝子型は, 分岐年代の解析などからヒト文明圏に適応した株が農耕文明とともに急速に分布を拡大したものと考えられている3)。中国大陸で優占しているHG13も, ひょっとするとヒト文明圏に適応した株なのかもしれない4)

 なお, ここでいう野生動物にはラッコやイルカのような海棲哺乳類も含まれている。これはネコ科動物が排出したオーシストが降雨によって河川を流下し, 二枚貝のような濾過摂食者を介することで感染しているものと考えられている7)。したがって貝類の生食もヒトへの感染経路となっている可能性があり, 米国や台湾で行われた疫学調査からもそれが示唆されている8,9)。貝類の生食によって, 素性のよく分かっていない野生動物由来のトキソプラズマに曝されるリスクがあるという点は, 今後注意して検討すべきだと考えられる。

日本で分離されるトキソプラズマの遺伝子型

 日本分離株についても株間で病原性に差があることは古くから知られていたが, その遺伝的多様性については具体的な情報に乏しい。これまでに沖縄県由来の検体について, 単一の遺伝子のみを用いて従来のタイプⅠ, Ⅱ, Ⅲを判別した例があるのみであった10,11)。そこで沖縄県を含む日本各地で分離された12株について全ゲノム解読を行ったところ, 日本特有の3パターンの新奇な遺伝子型が存在していることが判明した。1つはHG2とよく似ているが一部の染色体に北米大陸のHG12との共通性があるもの(日本型), 1つは一部の染色体の由来が既知6系統のいずれとも異なる独特のもの(新規HG), もう1つはこの両者が混血したようなものである()。特に沖縄県に見出される新規HGや混血型は, マウスに対して比較的高い病原性を示した12)

 この知見は, 日本におけるトキソプラズマ症の臨床像を議論するうえで, これまで欧米で蓄積された遺伝子型や病原性についての知見だけでは不足していることを意味している。新規に見出された3つの遺伝子型については, それが示す特性を明らかにしていく必要があると考えられる。また, 日本におけるトキソプラズマの遺伝的多様性が十分明らかになったとは言いがたいため, さらにサンプリングを進める必要があるだろう。もし食肉検査や収容動物などでトキソプラズマ症を疑う例があった際には, 国立感染症研究所寄生動物部までご連絡いただければ幸いである。

 

参考文献
  1. Sibley LD, et al., Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 364: 2749-2761, 2009
  2. Lorenzi H, et al., Nat Commun 7: 10147, 2016
  3. Khan A, et al., Proc Natl Acad Sci 104: 14872-14877, 2007
  4. Chaichan P, et al., Infect Genet Evol 53: 227-238, 2017
  5. Dubey JP, et al., Int J Parasitol 41: 1139-1147, 2011
  6. VanWormer E, et al., PLOS Negl Trop Dis 8: e2852, 2014
  7. Miller MA, et al., Int J Parasitol 38: 1319-1328, 2008
  8. Chiang T-Y, et al., PLOS ONE 9: e90880, 2014
  9. Jones JL, et al., Clin Infect Dis 49: 878-884, 2009
  10. Zakimi S, et al., J Vet Med Sci 68: 401-404, 2006
  11. Kyan H, et al., Jpn J Infect Dis 65: 167-170, 2012
  12. Fukumoto J, et al., PLOS ONE 15: e0227749, 2020

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