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RSV-Aの分子疫学・分子進化に関する最新知見

(IASR Vol. 43 p84-85: 2022年4月号)

 

 RSウイルス(RSV)は, 乳幼児や高齢者を中心に, 上気道炎, 下気道炎(気管支炎, 細気管支炎ならびに肺炎)を引き起こす呼吸器ウイルスである。また, RSVは血清型が単一と考えられているが, 生涯にわたり再感染を繰り返すことも知られている。

 RSVは, 主要抗原遺伝子〔膜融合タンパク遺伝子(F遺伝子)〕の塩基配列を基盤とする系統解析により, サブグループAとB(RSV-AとRSV-B), さらに多数の遺伝子型に分類される1)。最近の国内外のRSVのサーベイランスデータによれば, RSV-AとBの検出比率は, おおよそ7:3であり, RSV-Aにおいては遺伝子型NA1, RSV-Bにおいては遺伝子型BA9が主に検出されている2-4)。本稿においては, 主に国内外のRSV-AのF遺伝子全長解析における分子疫学・分子進化に関する知見を述べる。

 2020年3月までに登録されていたRSV-A・F遺伝子の全長塩基配列をGenBankから入手後, 既報に従い, アライメントを作成し, 塩基配列が不確定な株などを除外した5)。このデータセット(1,465株)に, RSV-B標準株ならびにウシRSV標準株を1株ずつ加え, ベイジアンマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)により, 時系列系統樹を作成した5)。また, Fタンパクの3次元立体構造を作成し, 中和抗体の誘導に関与するコンフォーメーショナルエピトープ解析ならびに選択圧解析も実施した。さらに, ベイジアンスカイラインプロット法(BSP法)を用い, RSV-Aの各遺伝子型の経時的な流行動態解析も行った5)

 まず, MCMC法による時系列系統解析の結果, ヒトRSVとウシRSVの共通始祖は, 1563年(95% highest posterior density:HPD, 1504-1624年), RSV-AとBの共通始祖は, 1766年(95% HPD, 1734-1794年)に分岐したことが推定された()。また, 今までに出現したRSV-Aは, 8遺伝子型に分類可能であり, 過去20年間流行の主流となっている遺伝子型NA1は, 1994年(95% HPD, 1994-1997年)に, 遺伝子型GA2から分岐したことが示唆された。また, RSV-Aの進化速度は, 7.69×10-4 substitutions/site/year(95% HPD, 7.10-8.29×10-4 substitutions/site/year)と推定された5)

 次に, Fタンパクの3次構造にコンフォーメーショナルエピトープをマッピングした結果, RSV感染症の予防に用いられるモノクロナール抗体製剤であるパリビズマブ結合部位(Site II)とエピトープ部位は一致しなかった(図示せず)。また, 遺伝子型NA1のほとんどの株(NA1解析株の94%)には, パリビズマブ結合部位のアミノ酸モチーフに1カ所のアミノ酸置換(N276S)がみられた5)。Fタンパクの選択圧解析の結果, 生体防御など正の選択圧によるアミノ酸置換はなかった。さらに, BSP法により, 遺伝子型NA1は, 2000年以降, 他の流行遺伝子型(GA2)から比較的短時間で置き換わったことも推察された5)

 結論として, RSV-Aの始祖ウイルスは250年以上前に出現し, その後感染を続けながら, 過去80年の間に8遺伝子型のRSV-Aが出現したことが示唆された。また, Fタンパクの中和抗体結合部位に関与するアミノ酸モチーフと感染後に誘導される抗体との結合部位の不一致がRSV再感染の一因となっていることも示唆された。上述したFタンパクのパリビズマブ結合部位は, RSVの感染を防ぐ上で重要, かつ現在開発されつつあるリコンビナントFタンパクワクチンの効果にも関与すると考えられる。よって, 本稿に示すような手法論を基盤としたRSVの分子疫学・分子進化に関する研究を今後も継続する必要があると思われる5)

 

引用文献
  1. Muñoz-Escalante JC, et al., Sci Rep 9(1): 20097, 2019
  2. Hibino A, et al., PLOS ONE 13(1): e0192085, 2018
  3. Lee CY, et al., Viruses 14(1): 32, 2021
  4. Chen X, et al., Virol Sin 36(6): 1475-1483, 2021
  5. Saito M, et al., Viruses 13(12): 2525, 2021

群馬県衛生環境研究所       
 齋藤麻理子           
東京医科大学小児科学       
 河島尚志            
札幌医科大学小児科        
 津川 毅            
横浜市立大学医学部微生物学    
 梁 明秀            
国立感染症研究所ウイルス第三部  
 竹田 誠            
群馬パース大学大学院保健科学研究科
 佐田 充 木村博一

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