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RSウイルスグローバルサーベイランスにおける検査法について(2022年)

(IASR Vol. 43 p90-92: 2022年4月号)

 
背 景

 本誌2018年12月号に寄稿したように, 2015年当時, 世界保健機関(WHO)は近い将来のRSウイルスワクチン承認に備え, ワクチン効果を測るためのグローバルサーベイランス整備に関する議論を始めた1)。グローバルサーベイランスでは, RSウイルスの検出はリアルタイムRT-PCR法によるとされ, 米国疾病予防管理センター(CDC)で開発された検査法が推奨された。

米国CDCのPan-RSVアッセイ検証の経緯

 2016~2018年で行われた1st phase(1期)パイロットサーベイランスで採用されていたのは, 2010年に報告された米国CDCが開発したPan-RSVアッセイであった2)。当時国内では標準化されたリアルタイムRT-PCR法による検出プロトコルが存在していなかったため, グローバルサーベイランスで推奨された本法について, 2017~2019(平成29~31)年の日本医療研究開発機構(AMED)研究班(国内ならびにグローバルサーベイランスのためのRSウイルス感染症に関する検査システムの開発研究, 代表:竹田 誠)において, プロトコルの国内標準化, 検体を用いた評価が行われ, 現行のヒトオルソニューモウイルス(RSウイルス)病原体検出マニュアル2.0に掲載した(https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/RSVirus20200612.pdf)。

 Pan-RSVアッセイはマトリックス(M)タンパク質領域を標的とし, 1組のプライマー・プローブセットによりサブグループA, B両方のサブグループを検出する()。そのためA, Bそれぞれを別のウェルで検出する検出系と比較すれば, 大量の不明検体から検出を行う場合などではコストや労力の点で利点がある。しかし参考論文2)では, サブグルーピング(型別)にfusion(F)タンパク遺伝子領域の塩基配列解析を要求しており, そのために別の労力が必要になっていた。サンガー法で塩基配列を解読するためには, テンプレートになる増幅産物をRT-PCRを行って得る必要がある。Fタンパク遺伝子やattachment glycoprotein(G)タンパク遺伝子領域の塩基配列の一部を解読することで遺伝子型解析など, 分子疫学的解析が行える利点はあるが, リアルタイムRT-PCR法とコンベンショナルRT-PCR法では検出感度に差があるため, リアルタイムRT-PCR法で陽性だが型別が困難というパターンがみられることが想定できた。したがって検出感度が同程度のリアルタイムRT-PCR法を用いるほうが簡便と考えられ, 検出領域がほぼ重複しているKuyperのコンセンサスアッセイ3)を用いて型別する方法を検出マニュアルに記載している。コンセンサスアッセイで設定されているA, Bそれぞれのreverseプライマー〔RSウイルスは(−)鎖RNAウイルスのため, 本来はforwardである〕を分けて用い, 反応を半量で行うことで安価に型別を行うことができていた。なお, Kuyperの論文には型別用のdual probe法が掲載されている。サブグループA, Bそれぞれに特異的な蛍光プローブが2種必要で, それぞれのフィルターを備えた検出器も必要となるが, dual probe法により1ウェルで検出と型別を行えるほうが確かに簡便である。しかし「グローバルサーベイランスで正式採用された標準法を国内での標準アッセイとする」ことが第一の目的であったため, 米国CDCのPan-RSVアッセイの運用法を検討してきたという経緯がある。

Pan-RSVアッセイの問題点

 2020~2022(令和2~4)年のAMED研究班〔インフルエンザ監視・応答システム(GISRS)と連携した国内RSウイルスサーベイランスシステムの構築と重症化メカニズムの病態解明, 代表:河島尚志〕において, Pan-RSVアッセイの実践的応用性について評価を行っていた。評価中にKuyperのコンセンサスアッセイによる型別が困難な検体が出現していることに気付き, 標的配列の解析を行った()。先の研究班では, 2015年以前の検体を用いて型別のための検証を行った。しかしサブグループBのウイルスについて, 2016年以降にプローブに1-3カ所のミスマッチ, またはforwardプライマーの5´末端側から24番目の塩基にA→Gへのミスマッチがみられるパターンが出現し, このforwardプライマーのミスマッチは2018年以降ではほとんどの検体でみられることが判明した。このミスマッチはforwardプライマーの3´末端から数えると5番目の塩基であるが, 検出感度への影響はないことがわかっている。しかしKuyperのコンセンサスアッセイのサブグループB用forwardプライマーのちょうど3´末端に当たり, 型別が正常に行えなくなっていることが判明した。近年国内で流行しているサブグループBのウイルスは, Gタンパク質による遺伝子型ではBA9が主流であると報告されており5,6), 我々で調べる限りでもBA9-Iである。BA9は遅くとも2006年頃から国内でみられるようになっていたが7-9), BA9内でもMタンパク質でバリエーションが発生していたことが示唆される。分子疫学解析とは別に, リアルタイムRT-PCR検査系の標的配列についても経時的に解析していくことの重要性が示された。

今後の対応について

 2019年から始まっている2nd phase(2期)パイロットサーベイランスでは, 結局のところPan-RSVアッセイに加えてオーストラリアのVictorian Infectious Diseases Reference Laboratory(VIDRL)で開発されたduplexアッセイ, 米国CDCによる検査パネルが利用可能とされている4)。VIDRLの検出法はSensiFast Probe Lo-ROX One-Step kitあるいはTaqMan Fast Virus 1-Step Master Mixを使用することになっている。一方, 米国CDCから報告されているduplexアッセイ10)はAgPath-ID One-Step RT-PCR Reagentsで動作する。したがってSARS-CoV-2やインフルエンザ検出法11)とのハーモナイズが可能であり, インフルエンザ様疾患(ILI)サーベイランス等において同じプレートで検出を行うことを想定し, 米国CDCのduplexアッセイを念頭においた病原体検出マニュアルの改訂を急いでいる。

 

参考文献
  1. WHO, WHO Informal Consultation on Surveillance of RSV on the Global Influenza Surveillance and Response System(GISRS)Platform, Meeting report
    https://www.who.int/publications/i/item/who-informal-consultation-on-surveillance-of-rsv-on-the-global-influenza-surveillance-and-response-system-(gisrs)-platform(accessed on 27 January)
  2. Fry AM, et al., PLOS ONE, 2010, doi: 10.1371/journal.pone.0015098
  3. Kuypers J, et al., J Clin Virol 31: 123-129, 2004, doi: 10.1016/j.jcv.2004.03.018
  4. WHO, WHO STRATEGY FOR GLOBAL RESPIRATORY SYNCYTIAL VIRUS SURVEILLANCE PROJECT BASED ON THE INFLUENZA PLATFORM
    https://www.who.int/publications/i/item/who-strategy-for-global-respiratory-syncytial-virus-surveillance-project-based-on-the-influenza-platform(accessed on 14 February 2022)
  5. 糟谷 文ら, IASR 42: 261-263, 2021
  6. 江川和孝ら, IASR 42: 195-197, 2021
  7. 池田周平ら, IASR 39: 102-103, 2018
  8. Hibino A, et al., PLOS ONE 13, 2018, doi: 10.1371/journal.pone.0192085
  9. Dapat IC, et al., Journal of Clinical Microbiology 48: 3423-3427, 2010, doi: 10.1128/JCM.00646-10
  10. Wang L, et al., J Virol Methods 271, 2019, doi: 10.1016/j.jviromet.2019.113676
  11. 国立感染研究所, インフルエンザ診断マニュアル(第4版)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/influenza20190116.pdf(accessed on 3 March 2022)

国立感染症研究所ウイルス第三部第五室 
 白戸憲也

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