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呼吸器系ウイルス感染症のグローバルサーベイランスについて

(IASR Vol. 43 p92-94: 2022年4月号)

 

 パンデミックといえば「インフルエンザウイルス」と多くの人が考えていたと思われるが, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によるパンデミックの発生により, インフルエンザウイルスだけが大流行を引き起こす拡がりやすさを持つという訳ではなく, 過去の2つのコロナウイルス〔重症急性呼吸器症候群ウイルス(SARS-CoV)および中東呼吸器症候群ウイルス(MERS-CoV)〕の事例も考えあわせると, いわゆる「呼吸器系ウイルス」は拡がりやすいということを再認識させられた。「呼吸器系ウイルス」と一括りにいっても種々のウイルスが含まれ, また年齢・健康状態等によって症状が異なるが, 特に感染者が多かったり, 重症化を引き起こしたりするウイルスについては流行状況を把握することが望ましい。そのためにサーベイランス(調査・監視)が実施される。

インフルエンザウイルスのグローバルサーベイランス

 国内では, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づいて様々な病原体のサーベイランスが実施されている。その中で, 呼吸器系ウイルスの代表としては, 例年, 感染者が非常に多く, 小児では脳症を, 高齢者では細菌の二次感染からの肺炎を, 基礎疾患を持つ方では疾患の憎悪や肺炎を引き起こすことがある, 季節性インフルエンザウイルスが挙げられる。季節性インフルエンザウイルスは, 日本だけで検出される訳ではなく, 一年中世界のどこかで必ず検出されており, またその感染者の多さから社会的・経済的影響も大きい。また, インフルエンザウイルスは歴史的にみてもパンデミックを起こす可能性が高い。そのため, インフルエンザウイルス(季節性インフルエンザウイルスおよび動物由来インフルエンザウイルス)については, その監視を目的とした国際的なネットワークが構築されている。このネットワークはGlobal Influenza Surveillance and Response System(GISRS)1)と呼ばれ, 世界保健機関(WHO)が中心となり1952年に誕生した。2022年は誕生から70周年を迎え, 3月現在, 127の国や地域(Member States)の参加で成り立っている2)。このネットワークは, 以下の機関から構成されている。

 ・WHO協力センター(WHO Collaborating Centres:WHO CC):国立感染症研究所(感染研)を含む7機関

 ・WHO 基幹規制機関(WHO Essential Regulatory Laboratories:WHO ERL):感染研を含む4機関

 ・WHO H5レファレンス機関(H5 Reference Laboratories):感染研を含む13機関

 ・WHOナショナルインフルエンザセンター(WHO National Influenza Centres:NIC):GISRSに参加している127のMember Statesにある148の調査・研究機関

 どの機関もWHOの審査・承認を経てGISRSに参加している。GISRSによるサーベイランスの要はNICであり, いわゆるインフルエンザ様症状(influenza-like illness:ILI)を呈する患者由来の検体を収集し, インフルエンザウイルスの検査(陰性/陽性および型, あるいは亜型・系統の同定)を実施している。SARS-CoV-2によるパンデミック前には, 年間平均約300-400万検体が検査されていた。検査結果は, 基本的に毎週WHOのデータベース(FluNet:https://www.who.int/tools/flunet)に報告することになっているため, 比較的タイムリーに流行状況を知ることができる。また, FluNetは公開されているため, web経由で誰でも世界のインフルエンザウイルスの流行状況を把握することができる。さらに, 陽性検体の一部はWHO CCに提供され, WHO CCにおいてウイルス分離, 分離ウイルスの性状解析が行われている。NICによってはウイルス分離を実施している機関もあり, 分離ウイルスがWHO CCへ提供され, 性状解析が行われている。性状解析結果は, インフルエンザワクチンの選定に大変重要な情報となっている。

他の呼吸器感染症ウイルスのグローバルサーベイランス

 上述のように, インフルエンザウイルスについては, 世界規模で行われている系統的なサーベイランスネットワークGISRSが構築されているが, 他の呼吸器系ウイルス感染症についてはまだ存在していない。そのためWHOは, GISRSを活用して, インフルエンザウイルスだけでなく, 他の呼吸器感染症ウイルスのグローバルサーベイランスを実施しようとしている。「GISRSの要はNIC」と前述したが, このサーベイランスにおいてもNICの働きが重要となっている。NICの検査担当部署は, 多くの場合インフルエンザウイルス以外の呼吸器系ウイルスも担当していることが背景にある。実際のところ, パイロット的ではあるが, 2015年からrespiratory syncytial virus(RSウイルス)について, グローバルサーベイランスを開始した3-5)。また, SARS-CoV-2のパンデミックを受けて, WHOは各国政府に向けてGISRSを利用したSARS-CoV-2の検査も実施するように緊急的に呼びかけ, サーベイランスを開始した6,7)。ただ, RSウイルスについてはパイロット運用であること, SARS-CoV-2については緊急的な対応であることから, インフルエンザウイルスと同様の国際的なサーベイランスの運用を目指すために, 「GISRS plus」という枠組みを構築しようとしている8)。「GISRS plus」は, インフルエンザウイルスサーベイランスを基本・中心として, 今後も流行し続けるであろうSARS-CoV-2を加え, RSウイルスや新たに流行するかもしれない「ウイルスX」が加わることを前提に, 現在, インフルエンザウイルスを含めた呼吸器系ウイルス感染症の専門家を交えて協議が進められているところである。日本においても, 系統的なアプローチで対象病原体の選定を行い, 陽性数だけでなく検査数(陰性数+陽性数)も把握できるようなシステムの構築が必要である。

 SARS-CoV-2のパンデミックにより, これまでの検査による陰性・陽性確定だけでなく, 次世代シーケンスの技術発展もあり, ゲノムサーベイランスが急速に進んだ。WHOはNICにも可能な限りゲノム解析を呼び掛けており, GISRS plusにもゲノムサーベイランスを組み込む予定にしている。今後の感染症グローバルサーベイランスでは, 世界のどこで, どういう遺伝子(遺伝子変異)を持つ病原体が流行しているかを短時間に把握できるようになり, 国際協力を通して, より迅速な対応・対策が取れるようになると考えられる。

 

参考文献
  1. Global Influenza Surveillance and Response System
    https://www.who.int/initiatives/global-influenza-surveillance-and-response-system
  2. GISRS 70th Anniversary
    https://www.who.int/initiatives/global-influenza-surveillance-and-response-system/gisrs-70th-anniversary(2022年3月アクセス)
  3. WHO Strategy for global respiratory syncytial virus surveillance project based on the influenza platform
    https://cdn.who.int/media/docs/default-source/influenza/rsv-surveillance/who-rsv-surveillance-strategy-phase-26mar2021.-final.pdf?sfvrsn=d8b1c36a_9
  4. Respiratory Syncytial Virus Surveillance
    https://www.who.int/teams/global-influenza-programme/global-respiratory-syncytial-virus-surveillance(2022年3月アクセス)
  5. Broor S, et al., Influenza Other Respir Viruses 14: 622-629, 2020
  6. Operational considerations for COVID-19 surveillance using GISRS: interim guidance
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/331589/WHO-2019-nCoV-Leveraging_GISRS-2020.1-eng.pdf
  7. Maintaining surveillance of influenza and monitoring SARS-CoV-2 - adapting Global Influenza Surveillance and Response System(GISRS)and sentinel systems during the COVID-19 pandemic: Interim guidance
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/336689/WHO-2019-nCoV-Adapting_GISRS-2020.1-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y
  8. End-to-end integration of SARS-CoV-2 and influenza sentinel surveillance: Revised interim guidance
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/351409/WHO-2019-nCoV-Integrated-sentinel-surveillance-2022.1-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y

国立感染症研究所インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
 渡邉真治 長谷川秀樹

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