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東京都における感染症媒介蚊サーベイランスについて

(IASR Vol. 43 p129-130: 2022年6月号)

 
はじめに

 2014年8月, わが国で約70年ぶりのデング熱の国内感染患者が東京都を中心に発生した1,2)。推定感染地が都内の公園であったことから, 当該公園で蚊成虫の捕集が行われ, 同年9月に採取されたヒトスジシマカから3週間にわたり, 同一のデングウイルス(DENV)1型遺伝子がリアルタイムRT-PCR法により検出された1,2)。蚊由来DENVの塩基配列は, 患者由来の配列と同一で, 当該公園における感染が明らかとなり, 感染症媒介蚊サーベイランスの重要性が示された。2021年現在, 東京都では蚊媒介感染症の国内感染発生防止のため, 媒介蚊サーベイランスを実施しており, ここではその概要について述べる。

感染症媒介蚊サーベイランス

 東京都独自の感染症媒介蚊サーベイランス事業として, 広域および重点サーベイランスを実施している3,4)。広域サーベイランスは2004年に開始し, 都内全域を網羅することを目的に選定した公園・霊園などの16地点(採取地点:16カ所)で, 6~10月に捕集された蚊の成虫について病原体の遺伝子検査を行っている。重点サーベイランスは, 2014年に都内で発生したデング熱の国内感染事例を受け1,2), 蚊媒介感染症の監視体制の強化を目的に開始した。利用者やイベント, 植栽が多いなどの点から監視の必要性が高いと考えられる公園など9地点(採取地点:50カ所)を選定し, 4~11月に捕集された蚊成虫および幼虫について調査を行っている。さらに, 2021年には東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の開催期間に, 東京2020大会会場周辺サーベイランスとして, 7地区(採取地点:14カ所)で捕集された蚊の成虫について, 広域サーベイランスと同様の手法にて調査を実施した5)

 感染症媒介蚊サーベイランスにおける病原体遺伝子検査は, DENV, チクングニアウイルス, ジカウイルス, ウエストナイルウイルスまたはマラリア原虫を対象とし, 各サーベイランスおよび蚊の種類に応じて, 検査項目は異なっている()。

 病原体遺伝子検査は, 捕集地点および蚊の種別ごとに成虫および幼虫をそれぞれ最大30匹および最大15匹ずつプールしたうえで, 既報の方法1,2)に従い作製した乳剤に遠心処理を行い, 遠心後の上清より核酸抽出後, 個々の病原体遺伝子をターゲットとしたリアルタイムPCR法等を実施している6-9)

調査結果

 広域サーベイランス事業が開始された2004年以降, 各地点で捕集された蚊から対象病原体遺伝子は検出されておらず, 2014年9月末以降の重点サーベイランスにおいても, すべての地点で捕集された蚊から, 対象病原体は検出されていない5)。また, 2021年に実施した東京2020大会会場周辺サーベイランスにおいても, 対象病原体は検出されなかった5))。

考 察

 近年の東京都における蚊媒介感染症の多くは輸入感染症事例であるが, 2019年に, 都内において国内感染が疑われるデング熱患者3例が報告された10)。疫学調査の結果, 都外での感染であることが推定され, 同時期に都内で捕集された蚊を用いた感染症媒介蚊サーベイランスでは, DENVは検出されなかった。このように, 感染症媒介蚊サーベイランスは, 患者サーベイランスと併せてより有用なアセスメントを可能とする。なお, 2015年以降, 継続的に系統的なサーベイランスを行ううえで, 対象病原体は検出されていない。このことが蚊媒介感染症が地域流行していないことを示唆する重要な情報源の1つとなる。

 2020年以降は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行による海外渡航者の減少により, 蚊媒介感染症の患者報告数は少ない11)。今後, 渡航制限の緩和などにより国際交流が再度活発化することで, 蚊媒介感染症の届出の増加が見込まれる。前述した2019年の国内感染疑い事例の発生を踏まえると, 引き続き蚊媒介感染症の国内感染発生の懸念は大きいといえる。さらには, 将来の気候変動の影響により蚊の生息域が変化する可能性もあり, 今後も感染症媒介蚊サーベイランス等を通じ, 感染症の発生動向を注意深く監視していく必要がある。

 

参考文献
  1. 吉田 勲ら, 小児科 57: 395-400, 2016
  2. 齊木 大ら, 東京都健康安全研究センター, 研究年報 67: 27-35, 2016
  3. 貞升健志ら, 公衆衛生 82: 42-49, 2018
  4. 杉下由行ら, 臨床と微生物 44(3): 221-226, 2017
  5. 東京都健康安全研究センター, 感染症媒介蚊サーベイランス
    https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/kj_kankyo/mosq/mosquito/
  6. 内田悠太ら, 東京都健康安全研究センター, 研究年報 71: 55-59, 2020
  7. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル「チクングニアウイルス検査マニュアル Ver.1.1」: 11-13
  8. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル「ジカウイルス感染症実験室診断マニュアル 初版」: 5-6
  9. Jiménez-Clavero, et al., J Vet Diagn Invest 18: 459-462, 2006
  10. 西村光司ら, IASR 41: 94-96, 2020
  11. 東京都感染症情報センター, 感染症発生動向調査
    https://survey.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/epidinfo/zensuchartsel.do

東京都健康安全研究センター微生物部            
 糟谷 文 長谷川道弥 原田幸子 熊谷遼太 鈴木 愛 天野有紗
 小杉知宏 森 功次 鈴木 淳 長島真美 貞升健志      
東京都健康安全研究センター健康危機管理情報課       
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