空港検疫所における蚊媒介検疫感染症対策
(IASR Vol. 43 p130-132: 2022年6月号)
検疫法では, 国内に常在しない感染症のうち14疾患を検疫感染症と定め, これらの病原体の国内侵入およびまん延を防止するため, 検疫港や検疫飛行場に検疫所を置き, 海外から来航するすべての人, 貨物および船舶や航空機に対して検疫を行い, 質問, 診察・検査等を通じ患者を発見した場合は, 必要に応じて隔離, 停留, 消毒等の防疫措置を行っている。
検疫感染症のうち蚊媒介感染症として, ジカウイルス感染症(ジカウイルス:ZIKAV), チクングニア熱(チクングニアウイルス:CHIKV), デング熱(デングウイルス:DENV), マラリア(マラリア原虫)が指定されており, 本稿では, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前の中部国際空港における蚊媒介検疫感染症に対する取り組みを紹介したい。
COVID-19流行以前は就航路線数も徐々に増加に転じ, これにともない海外からの来航者数も増加傾向にあった(表1)。海外からの来航者に対しては, サーモグラフィーによる体表温度の測定や, 検疫官による呼び掛け等により検疫感染症の初期症状である発熱等がみられる有症者の発見に努め, 当該者の渡航歴や現症状等を聴取し, 蚊媒介検疫感染症が疑われる場合は採血を行った。実験室診断は感染症法に基づく届出基準に準拠し, 主にPCR法による病原体特異遺伝子の検出を中心に実施し, デング熱にあってはDENV非構造蛋白抗原(NS1)検出の併用, マラリアにあっては顕微鏡下でのマラリア原虫の証明および補助的に迅速診断キットを活用した。
当空港は東・東南アジアからの就航路線が大部分を占め, 2019年以前は観光や商用以外に技能実習, 知人・親族訪問等を目的とした往来も頻繁であり, 蚊媒介検疫感染症の発見も国籍を問わず同地域からの来航者に多くみられる傾向にあった(表2)。
なお, 蚊媒介検疫感染症を疑い検疫所で検査を行った場合, 当該者へ検査結果の判明を待たず入国・帰国手続きを行った後, 検疫所からの検査結果連絡を受けることとなる。検疫所は, 当該者へ検査結果を連絡するとともに当該者の症状等を勘案し専門医療機関への受診勧奨と, 併せて感染症法に基づき都道府県知事への届出等を行っている。
航空機を介した蚊媒介検疫感染症等病原体の侵入防止対策として, ベクターサーベイランスも定期的に実施している。航空機内に迷入した蚊を捕集し病原体遺伝子の保有調査を行っている。インターネットを通じて出発空港付近の気象データを入手し, おおむね月間平均気温が20℃以上, 月間降水量が100mm以上に達する到着便を調査対象機として, 検疫官が航空機内に立ち入り捕虫網で蚊を捕集し, PCR法によってフラビウイルス共通遺伝子等の有無を確認している(表3)。現在まで蚊自体を捕集した実績はあるが, 病原体遺伝子の検出事例はない。
なお, 航空機内で蚊を捕集した場合は, 病原体遺伝子検査結果にかかわらず, 当該航空会社に対し殺虫剤の噴霧等の防蚊対策の励行を指導している。
来航する航空機への直接的な対応の他に, 空港島全域を対象とした成虫・幼虫の定点調査も実施している(表4)。空港島全域を世界測地系の3次メッシュ(約1km四方)で区割りし, ターミナルや貨物取扱地区を中心に調査区を選定し, CO2ライトトラップやBGセンチネルトラップ, オビトラップを用いた調査と併せ, 雌成虫個体について航空機内調査と同様に病原体遺伝子の保有調査を実施しており, サーベイランスとして平時の状況確認と外来種侵入や病原体保有蚊の早期発見に努めている。
定点調査においては, 貨物取扱地区内で2016年(成虫, 幼虫)および2017年(成虫)に外来種であるネッタイシマカを捕集したことから, 空港内外の関係機関と協力し防除にあたった。2016年の事例は, 乾燥卵が付着した貨物等の移動にともない当空港内で繁殖した事例と推察されたことから, 今後もサーベイランスの充実を図るとともに, ヒトスジシマカ等の国内在来種であっても海外由来の可能性を否定できないため, 今後も可能であれば殺虫剤抵抗性等の確認によるベクターの鑑別, 侵入監視に努めていきたい。
参考文献
- 厚生労働省検疫所FORTH, 検疫所業務年報, ベクターサーベイランス報告書
https://www.forth.go.jp/ihr/index.html