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今後, 注視すべき蚊媒介性ウイルス感染症

(IASR Vol. 43 p132-133: 2022年6月号)

 

 近年の交通網の発達と人的・物的交流の活性化により, 節足動物媒介性ウイルス(アルボウイルス)感染症の流行域が急速に拡大し, 新興・再興感染症として世界的規模で問題となっている。これまでにフラビウイルス, オルソブニヤウイルス, アルファウイルス, レオウイルス等に分類される多くのウイルスがアルボウイルスとして報告されているが, 本項では近年その流行が示されているフラビウイルスおよびオルソブニヤウイルスに起因する感染症に注目する。

West Nile virus

 ウエストナイルウイルス(WNV)はフラビウイルス科フラビウイルス属に分類され, 1937年にウガンダで最初にその流行が確認された。以後, 主にアフリカ, 中東およびヨーロッパで散発していたが, 2018年にはヨーロッパ15カ国で2,000例以上の患者が発生した1)。その後も流行は継続し, 2020年にはドイツで国内流行による最初の死亡例が報告された2)。米国では1999年にニューヨーク州で患者が発見され, 急速にその流行域が米国, カナダ, メキシコ, カリブ海諸国, コロンビア, アルゼンチンなどに拡大した1,3)。米国における2020年までの患者数は52,382人, そのうち死者は2,418人であった。わが国では2005年10月に輸入症例が確認された1)。中国では新疆ウイグル自治区において流行が報告されている。オーストラリアにはWNVに近縁のクンジンウイルス(KUNV)が分布する。WNVは鳥が自然宿主であり, 鳥と媒介昆虫である蚊の間で, 感染環が形成・維持されている。これまでに感染が確認された鳥類の種類は220種以上におよぶ。特にカラス, イエスズメ, アオカケス等において血中のウイルス量が高いことが報告されている1)

Usutu virus

 ウスツウイルス(USUV)はフラビウイルス属に分類され, 近年ヨーロッパにおいて特に注目されている。USUVは1959年に南アフリカでイエカ属の蚊(Culex neavei)より初めて分離され, ヨーロッパでは回顧調査により遅くとも1996年には存在していたことが示されている4)。USUVは蚊と鳥の間で感染環を形成し, 鳥に対して高い致命率を示す。主な媒介蚊はトビイロイエカ(Cx. pipiens)である。ヒトおよびげっ歯類は終末宿主である。USUVに感受性の高い主な鳥はユーラシアクロウタドリ (Blackbird: Turdus merula)である4)。これまでのところUSUVのヒトに対する病原性は高くないが, ヨーロッパでは2009年にイタリアで初めてUSUV感染による免疫不全患者の髄膜脳炎症例が報告された。また2009年にはイタリアで肝移植を受けた女性の血液からもUSUVが分離された。2017年には, オーストリアの献血血液に対するコバス8800システムを用いたWNV自動核酸増幅検査において, 12,047検体中7検体が陽性を示した。そこで, WNVおよびUSUV特異的RT-PCR法, およびフラビウイルス共通RT-PCR法によりさらに詳細な検討が行われたところ, 陽性7検体中WNV陽性は1検体のみであり, 残りの6検体からUSUV遺伝子が検出された5)。ユーラシアクロウタドリは渡り鳥としてヨーロッパからロシア, 中国, 台湾にも分布し, わが国にも飛来するため, 今後のUSUVの動向に注目する必要がある。

Oropouche virus

 ブニヤウイルス目ペリブニヤウイルス科オルソブニヤウイルス属のオロプーシュウイルス(OROV)は南米の熱帯地域で流行するオロプーシュ熱の原因であり, 1955年にトリニダード・トバゴの発熱患者から分離・同定された。以降ブラジルだけでも50万人以上が感染したと推定されており, デング熱に次いで南米で蔓延している節足動物媒介ウイルス性疾患である。OROVの感染経路として森林と都市の両方でそれぞれ感染環が成立することが知られており, 都市型サイクルでは主に媒介昆虫のヌカカ(Culicoides paraensis)やネッタイイエカ(Cx. quinquefasciatus)と脊椎動物の宿主であるヒト間で感染環が維持されている6)。オロプーシュ熱の一般的な症状としては頭痛, 倦怠感, 筋肉痛等をともなう急性熱性疾患である。稀に髄膜炎や脳炎が起こるが, 死亡例は報告されていない。6割の患者が回復後1カ月以内に再度同様の症状を示すことが報告されているが, そのメカニズムは不明である。ワクチンや抗ウイルス薬等の医学的対処法はない7)。これまで南米以外での報告はないが, 疫学調査が十分行われていないため, 今後さらなる研究が必要である。

Cache Valley virus

 OROVと同じオルソブニヤウイルス属であるキャッシュバレーウイルス(CVV)は1956年に米国でハボシカ属の蚊(Culiseta inornata)から分離され, 北米, 中米, および南米の一部において蚊と哺乳類の間で感染環を形成している。日本に広く存在するアカバネ病と同様に家畜の感染症として知られており, 主に羊の先天性奇形や流産・死産などの催奇形性との関連性が示されている8)。最近, 米国のニューヨーク州で行われた調査から, 日本でも生息しているヒトスジシマカ(Aedes albopictus)が媒介昆虫としての能力を持つ可能性が示唆された9)。ヒトへの病原性の報告は多くはないものの, 今までの症例からCVV感染と髄膜炎や脳炎との関連が示唆されている。亜急性の重篤な無菌性髄膜炎と診断された患者の脳脊髄液からCVVゲノムが同定された10)。また髄膜脳炎を患う免疫不全患者の脳組織からCVVが検出された11)。さらに慢性リンパ性白血病患者の維持療法中にCVVによる髄膜脳炎を起こして死亡したという症例や12), 20代の健康な男性が全身性症状をともなって死亡した例も報告されている13)。このことから原因不明の中枢神経疾患にCVVが関与している可能性が考えられており, 診断系の開発等が進められている14)。今後, 人獣共通感染症としての研究や対策が求められる。

 

参考文献
  1. 林 昌宏, 日本獣医師会雑誌 72(12): 727-733, 2019
  2. Pietsch C, et al., Euro Surveill 25(46): 2001786, 2020
  3. Mackenzie JS, et al., Nat Med 10(12): 98-109, 2004
  4. Vilibic-Cavlek T, et al., Pathogens(9): 699, 2020
  5. Bakonyi T, et al., Euro Surveill 22(41): 17-00644, 2017
  6. Travassos da Rosa JF, et al., Am J Trop Med Hyg 96(5): 1019-1030, 2017
  7. Megan AF, et al., NPJ Vaccines 7(1): 38, 2022
  8. Chung SI, et al., J Am Vet Med Assoc 199(3): 337-340, 1991
  9. Constentin D, et al., Emerg Microbes Infect 11(1): 741-748, 2022
  10. Nang LN, et al., J Clin Microbiol 51(6): 1966-1969, 2013
  11. Michael R, et al., Ann Neurol 82(1): 105-114, 2017
  12. Yuanquan Y, et al., Am J Hematol 93(4): 590-594, 2018
  13. Sexton DJ, et al., N Engl J Med 336(8): 547-549, 1997
  14. Benjamin S, et al., PLoS Negl Trop Dis 16(1): e0010156, 2022

国立感染症研究所         
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