印刷
IASR-logo

コガタアカイエカにおける隠蔽種存在の可能性について

(IASR Vol. 43 p133-134: 2022年6月号)

 

 今世紀に入り, 蚊を中心としたミトコンドリア遺伝子のCOIバーコーディング領域を対象とした種同定システムの構築によって, 媒介蚊研究では新規の知見が得られている。日本を東端としてアフリカまで広域に分布している日本脳炎ウイルス媒介蚊であるコガタアカイエカは, 種レベルで日本特有(琉球列島を除く)の集団(日本型, 隠蔽種の可能性)と琉球列島&海外の集団(大陸型)の2つの型に大別できることが明らかになった1)。この2つの集団について幼虫, 蛹, 成虫の外部形態64形質について比較したところ, 両者を区別できる差が確認されなかった2)。2017年の長崎県での調査によると, 5~10月のシーズンを通して大陸型コガタアカイエカが採集され, その割合は, 諫早市で最高25.0%(6~10月), 対馬市で最高15.3%(5~9月)であった3)

 セジロウンカおよびトビイロウンカは日本において重要な稲の農業害虫である。6~7月に水田に出現し, 稲を食害することが知られる。長年の研究によって, 海外から気流を利用して東南アジア北部→中国南部→日本へ大量に飛来してくることが明らかになっている。ウンカ類と同所的に水田から発生するコガタアカイエカも, 同様のルートで大陸から日本へ侵入してくる可能性がある。そこで, 佐賀県の海外飛来性害虫調査で採集される飛来昆虫の資料提供を受けて, 遺伝子構成を調べたところ, その中に少数の大陸型コガタアカイエカが混在していることが明らかになった1, 3)。加えて, 昆虫の飛翔距離や速度を測定できるフライトミルを使ってコガタアカイエカの自力飛翔について実験を行った。その結果, 最長38時間連続で飛翔できる能力があることも明らかになっている1)。これらの研究から, コガタアカイエカもウンカ類と同様に気流を利用して大陸から日本へ入ってくる集団(大陸型)が存在する可能性が高い。

 2020年に長崎県において, コガタアカイエカ発生シーズン初期である3月に採集されたコガタアカイエカ48個体の核ゲノム解析を行ったところ, すべて日本型であったことが確認されている。このことから発生シーズン初期に確認されるのは休眠越冬から覚醒した国内の集団であり, 前年に日本に侵入した大陸型とその子孫は日本では越冬できない可能性が高いことが示唆された4)。4月以降に大陸型が日本に侵入し, 吸血活動をしていると考えられた。今後のさらなる知見の蓄積が期待される。

 

参考文献
  1. Arai S and Kuwata R, et al., PLoS Negl Trop Dis(印刷中)
  2. 比嘉由紀子ら, 衛生動物, 71 Supplment: 45, 2020
  3. 比嘉由紀子ら, 衛生動物, 70 Supplment: 46, 2019
  4. 比嘉由紀子ら, 第56回日本脳炎ウイルス生態学研究会プログラム抄録集: 22, 2022

国立感染症研究所   
 昆虫医科学部    
  比嘉由紀子 楊 超 前川芳秀 沢辺京子 葛西真治     
 感染症疫学センター 
  新井 智     
岡山理科大学獣医学部 
 鍬田龍星

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan