印刷
IASR-logo

ヤマトヤブカの日本脳炎ウイルス感受性

(IASR Vol. 43 p134-135: 2022年6月号)

 

 日本を含むアジア地域の日本脳炎流行地において, 日本脳炎ウイルス(JEV)の主要な媒介蚊は, ニセシロハシイエカ亜群(Culex vishnui subgroup)に属するイエカ(Culex)属蚊であり, なかでもコガタアカイエカ(Cx. tritaeniorhynchus)が最も重要な媒介種である。コガタアカイエカの発生源は主に水田であり, 雌成虫はウイルス増幅動物となるブタを含む中・大型の家畜や, サギなど一部の渉禽類に対して高い吸血嗜好性を示す。このような生態的環境が, JEVの自然界での感染維持サイクルと密接にかかわり, 地域的な流行動態に影響していると考えられる。一方で, 地理的・生態的要因により本蚊種がまったく分布しない, あるいは個体数密度が低い地域においても, 日本脳炎の発生が散発的に起こることがある。例えば, コガタアカイエカの密度が低い北海道でのブタの感染事例1)や, 韓国の江原道におけるヒト症例2,3)がある。これらの事実は, コガタアカイエカ以外の蚊種がJEVの媒介に関与した可能性を示唆している。実際, 日本脳炎が常在するアジア地域では, アカイエカ(Cx. pipiens pallens), ネッタイイエカ(Cx. quinquefasciatus), ハマダライエカ(Cx. orientalis), カラツイエカ(Cx. bitaeniorhynchus), オオクロヤブカ(Armigeres subalbatus), ヤマトヤブカ(Aedes japonicus)などの蚊種からJEVが検出されることがあり, これらの蚊種もJEVの伝播に二次的に関与している可能性がある4)

 ヤマトヤブカは, 日本を含む東アジアの温帯域に分布するヤブカ(Aedes)属蚊の一種で, その生息環境から, 英語ではAsian bush mosquito または Asian rock pool mosquitoと呼ばれる。1990年代以降, 本種は米国やヨーロッパ各地へ外来種として侵入・定着し, 近年さらに分布域を拡大していることが報告されている5)。米国では, 本種からウエストナイルウイルス(WNV)が検出されており, ヨーロッパでは本種が侵入した地域でウエストナイル熱発生が報告されていることから, 本種を介した伝播により, さらに広範な地域へのウイルスの拡散も懸念される。WNVは, JEVと遺伝的に近縁なウイルスであることから, ヤマトヤブカがJEVに対して感受性を有し, 潜在的な媒介種である可能性は十分に考えられる。実際, Takashimaら(1989)は, JEVの遺伝子型Ⅲ型の株を用い, 北海道におけるヤマトヤブカの野外捕集個体がJEVに対し感受性を示すことを報告している6)

 我々は, ヤマトヤブカのJEV感受性と媒介能について, 主要媒介種であるコガタアカイエカと比較することで, より詳細に検証した7)。具体的には, コガタアカイエカ(島根県産)とヤマトヤブカ(千葉県産)の実験室累代系統を用いて, JEVの異なる遺伝子型株(Ⅰ, Ⅲ, およびⅤ型)の経口感染実験を行い, ウイルス感受性と媒介能を調査した。

 その結果, ヤマトヤブカのJEV感受性はコガタアカイエカに比べるとかなり劣るものの, これら異なるJEV遺伝子型すべてに感受性を示した。また, 両種のウイルス感受性の差は, ウイルスの経口摂取後の最初の標的部位となる中腸における感染・増殖能に大きく依存している可能性が示唆された。本種は, 比較したこれら3つの遺伝子型のうち, Ⅲ型に対して最も感受性が高く, 感染個体の唾液中のウイルス量は, コガタアカイエカの場合と同等であった。以上の結果から, ヤマトヤブカはJEVに対する感受性はコガタアカイエカに比べると低いものの, いったんウイルスを獲得すればウイルスは体内で効率よく増殖し, 媒介することが可能な種であることが明らかとなった。したがって, 本種を介したJEVの伝播が自然界でも起こっている可能性があると考えられた。

 近年, 中国や韓国では, これらの地域にはこれまでにみられなかったJEV遺伝子型Ⅴ型のウイルスが出現し, コガタアカイエカ以外の蚊からも検出されている8,9)。また, もともとJEVが分布していないイタリアにおいてウイルス感染蚊や野鳥がみつかり10,11), アフリカのアンゴラではヒトの国内症例が報告されている12)。ごく最近では, オーストラリア本土において, これまでにない地域と規模でのJEV流行が報告されている13)。このことは, これまで非流行地であっても, 何らかの経緯でウイルスが持ち込まれ, そこに潜在的媒介能を持つ蚊種が存在すれば, 不測の感染流行を起こし得る可能性を示唆している。また将来的に, JEVが主要媒介蚊以外の蚊種に適応するように変異すれば, より大きな公衆衛生上の脅威となり得る。このため, JEVの媒介可能蚊種の実態把握, ならびに変異ウイルス出現による宿主域の拡大も視野に入れた対策も今後必要と考えられる。

 

参考文献
  1. Takashima I, et al., Am J Trop Med Hyg 38(2): 420-427, 1988
  2. Lee DW, et al., Int J Infect Dis 16(6): e448-452, 2012
  3. Seo MG, et al., Microorganisms 9(10): 2085, 2021
  4. Zheng Y, et al., Rev Med Virol 22(5): 301-322, 2012
  5. Kaufman MG, et al., Annu Rev Entomol 59: 31-49, 2014
  6. Takashima I, et al., J Med Entomol 26(5): 454-458, 1989
  7. Faizah AN, et al., PLoS Negl Trop Dis 14(12): e0008986, 2020
  8. Takhampunya R, et al., Virol J 8: 449, 2011
  9. Kim H, et al., PLoS ONE 10(2): e0116547, 2015
  10. Ravanini P, et al., Euro Surveill 17(28): 20221, 2012
  11. Platonov A, et al., Euro Surveill 17(32): 20241, 2012
  12. Simon-Loriere E, et al., N Engl J Med 376(15): 1483-1485, 2017
  13. 厚生労働省検疫所FORTH, 海外感染症発生情報, 日本脳炎−オーストラリア
    https://www.forth.go.jp/topics/202200506_00002.html

国立感染症研究所昆虫医科学部     
 伊澤晴彦 Astri Nur Faizah 小林大介 佐々木年則 葛西真治

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan