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日本脳炎に関する最近の状況

(IASR Vol. 43 p135-137: 2022年6月号)

 

 日本脳炎は, コガタアカイエカ等の蚊の刺咬によりフラビウイルス属の日本脳炎ウイルス(JEV)に感染することにより引き起こされる重篤な中枢神経系疾患である。ただし, 本ウイルスに感染してもほとんどの人は不顕性感染に終わり, 発症するのは100-1,000人に1人程度と推定されている。一方, 日本脳炎を発症した場合, 致命率は20-30%に達し, 回復したとしても約半数の患者は後遺症が残るとされる。1970年以前には, 年間1,000人を超える患者が発生したこともあったが, その後, ワクチンの品質, 生産量の向上と定期接種化, 媒介蚊の減少や居住環境の変化等により, 患者数は急速に低下した。近年国内の年間症例届出数は, ほぼ10例以下で推移している。患者は主に西日本で発生しているが, 直近10年間では, 千葉県, 茨城県, 山梨県および静岡県でも患者が確認されている1)

 日本脳炎の蔓延地域は, 東アジア, 東南アジア, 南アジアやミクロネシア地域, オーストラリア北部, 西はインド西部からパキスタン南部にまで広がっている。世界保健機関(WHO)の推計では, 蔓延地域全体で毎年約6万8千人が日本脳炎を発症しているとされる2)。近年, 日本脳炎ワクチン接種もかなり進んでいるものの, インド, 中国, ベトナム, フィリピン, ミャンマー, ネパール, スリランカ, バングラデシュ, タイ, マレーシアなどでは今も毎年数十例以上の日本脳炎患者が報告されている(表13)。また2016年にはアフリカのアンゴラで, JEVと黄熱ウイルスの共感染例が報告された4)。なおゲノム情報から, このJEVは中国から持ち込まれた可能性が高い。

 オーストラリアでは, 1995年に北部トーレス海峡の島で初めて日本脳炎患者が確認された。以降, たびたび日本脳炎患者発生の報告があるものの, 症例報告数は年間4例を超えることはなく, 患者発生地域も北部に限定されていた。しかし2022年に入り, 日本脳炎患者が急増している(表25)。2022年4月20日までに37例が報告され, うち25例は実験室診断により日本脳炎と確定された。残り12例は, 他のフラビウイルス感染を完全に否定できないがJEV感染による可能性が高いとされる。また患者3名が死亡している。患者は, すでに蔓延地域とされるトーレス海峡地域を含むオーストラリア北東部のクイーンズランド州だけでなく, 南東部のニューサウスウェールズ州やビクトリア州, および南部のサウスオーストラリア州でも発生している。さらに今年に入り, JEV感染ブタ(ブタはJEVの増幅動物である)もこれらの地域の70カ所以上の豚舎で確認されていることから6), すでにオーストラリア北東部から東部, 南部にかけてJEVの生息域が拡大している可能性が高い。今後, 患者の感染推定地域や蔓延ウイルスに関する詳細な情報が待たれる。

 JEVは5つの遺伝子型(Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ, Ⅴ)に分類される。日本では1990年代初頭に, それまで主要であったⅢ型がⅠ型に置き換わった。その後, 他のⅢ型常在地域でも同様の置換が起こり, 現在多くの地域でⅠ型が主要型となっている。置換の要因は不明であるが, Ⅰ型のほうが媒介蚊や増幅動物である鳥での増殖能が高い可能性が指摘されている。フィリピンでは今もⅢ型が主流であるが, インドネシアなどⅡ型やⅣ型が特異に検出される地域もある。近年, 約60年間検出されていなかったⅤ型ウイルスが中国(2009年)と韓国(2010年)で相次いで蚊から検出された(本号13ページ参照)。その後韓国では, それまで主要型であったⅠ型が急速にⅤ型に置き換わった7)。さらに2015年にはⅤ型ウイルスによる日本脳炎患者が韓国で初めて確認された(患者はその後回復している。ワクチン接種歴は不明)。またこの患者からウイルスの分離にも成功している(2018年にも別の患者から分離に成功している)8)。韓国では2010年以降, 日本脳炎患者報告数が急増したが, これと, Ⅴ型への置換との関連性は不明である。JEVの媒介蚊としてはコガタアカイエカが最も一般的であるが, 韓国ではコガタアカイエカ以外の, 鳥類嗜好性の蚊(アカイエカ種群, カラツイエカ, ハマダライエカ)からⅤ型が検出されることが多い9)。一方, Ⅴ型がブタから検出されたという報告はない。Ⅴ型ウイルスは蚊や脊椎動物種に対して, これまでの流行型(Ⅰ, Ⅲ)とは異なる宿主親和性を持つのかもしれない。今のところ日本国内でⅤ型は未検出である。しかし隣国で流行していることから, 国内でのウイルス, 媒介蚊への監視活動が非常に重要であると同時に, Ⅴ型ウイルスの基礎ウイルス学的解析も進めてゆく必要がある。

 
参考文献
  1. https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-reports/669-yosoku-report.html
  2. Campbell GL, et al., Bulletin of the World Health Organization 89: 766-774E, doi:10.2471/BLT.10.085233, 2011
  3. https://apps.who.int/gho/data/node.main.WHS3_42?lang=en
  4. Simon-Loriere E, et al., N Engl J Med 376: 1483-1485, 2017
  5. https://www.health.gov.au/health-alerts/japanese-encephalitis-virus-jev/about
  6. https://www.outbreak.gov.au/current-responses-to-outbreaks/japanese-encephalitis
  7. Kim H, et al., PLoS ONE 10: e0116547, 2015
  8. Woo JH, et al., Emerg Infect Dis 26: 1002-1006, 2020
  9. Seo MG, et al., Microorganisms 9: 2085, 2021

国立感染症研究所ウイルス第一部
 田島 茂 前木孝洋 中山絵里 林 昌宏 海老原秀喜

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