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東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会中の強化サーベイランス活動とリスク評価について

(IASR Vol. 43 p155-156: 2022年7月号)

 
はじめに

 マスギャザリング等により感染症の発生リスクが高まることが見込まれる期間における感染症法に基づく感染症発生動向調査(NESID)は, 強化サーベイランスを実施することとしている。これには事前のリスク評価に基づいた強化サーベイランス対象疾患を選定し異常探知時における対応手順を策定し, それらを関係者間に周知することが求められる。強化サーベイランス実施期間中はモニタリング・情報収集およびそれらの評価を強化し, 対策への活用を念頭に, 関係者間において, 異常探知のみならず「異常なし」が迅速に共有され, 対策に活用されることが重要である。本稿では, 東京2020大会中における強化サーベイランスについて記述した。

リスク評価と対象疾患の選定

 2017年10月に行った「東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価」をベースに, 日本における東京2020大会に関連した感染症のリスク評価を2021年6月に更新した。検討に当たっては, 輸入症例の増加, 感染伝播の懸念, 大規模事例の懸念と高い重症度, 等の複数の項目において注意が必要な疾患を考慮した。その結果, 対策を行ううえで注意を要する感染症として, 前回のリスク評価時と同じく, 中東呼吸器症候群(MERS), 腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症, 侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD), 麻しん, 風しんが強化対象5疾患とされ, さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が対象に加えられた。

 次いで, 「NESIDファイル共有機能を用いた自治体間情報共有の運用上の手引き(第二版)」として2019(令和元)年に作成された同第一版を更新して, 自治体間で共通あるいは関連する疾患情報が得られた際の運用上のポイントについて簡略にまとめた。

 実施方針としては, 以下の3点の対応を各自治体の実状に応じて実施することとした。①感染症発生動向調査の徹底, ②疑似症サーベイランスの取り組みの強化として, 大会関係医療機関を疑似症定点として指定, および実施期間中のゼロ報告の勧奨, ③自治体間の情報共有および感染症発生時の関係者間の連絡・協力体制の確保。なお, ①における追加収集について, 以下の2点を重点項目とした。1)強化対象5疾患についてはNESIDシステムを通じた情報収集として, 対象疾患届出時にその備考欄に大会関連である旨の入力を求めること。2)COVID-19については, 新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)を通じた情報収集として, アスリート等および大会関係者における陽性例については, HER-SYSの「発生届タブ」の「特記事項欄」に「アスリート等」または「大会関係者」と入力を求めること。

自治体への周知

 これらのリスク評価については, 2021(令和3)年6月24日付厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡「東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に向けての感染症リスク評価(更新版)」, 強化サーベイランスの実施と対応仕様については, 令和3年6月29日付厚生労働省健康局結核感染症課新型コロナウイルス感染症対策推進本部事務連絡「東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴う感染症サーベイランスの取組強化について」および同事務連絡別紙として自治体衛生主管部(局)等に伝えられた。

強化サーベイランスの実施

 2021年7月1日(木)~9月19日(日)(東京2020大会終了2週間後まで)を強化サーベイランス期間として, 既述の事務連絡にしたがって強化サーベイランスを実施した。

期間中, 強化対象5疾患については国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センター第四室が, COVID-19については同第六室が, 前日中に届出された症例をそれぞれNESIDシステムおよびHER-SYSから取りまとめて, 感染研内に設置されたEmergency Operations Center(EOC)に報告した。疑似症サーベイランスについては感染研実地疫学研究センターが取りまとめ, EOCに報告した。

 報告された症例はEOC内でリスク評価され, 日報に報告内容とリスク評価結果が記載された。またこれらの症例に関する情報はNESIDファイル共有システムにより自治体間で共有された。

強化サーベイランス実施結果

 日報報告対象期間である2021年6月30日~9月18日にかけて, 強化対象5疾患はMERS0例, EHEC感染症1,329例, IMD1例, 麻しん2例, 風しん2例がNESIDシステムへ届出され, いずれも日報で還元された。なお, 東京2020大会に関連のある症例は届出されなかった。EHEC感染症は夏期に届出の多い症例で, 過去5年間同時期の平均的な届出数と同程度であった。また, その他の4疾患についても異常な集積は探知されなかった(「異常なし」)。COVID-19については大会関係者の累積届出数735例, 大会関係者以外のその他7例がHER-SYSに届出され, 9月19日(最終日)日報で還元された。疑似症サーベイランスにおける報告は対象期間中に1件の事例が報告され, 日報に還元された。なお, 同期間に3,310件のゼロ報告がなされた。

 自治体での対策への活用を念頭にNESIDファイル共有システムを使って強化サーベイランスに基づく日報および症例に関する情報が自治体と共有された。共有されたファイル数は日報ファイル, 症例に関する情報ともに81ファイルであった。

まとめ

 強化サーベイランスの実施にあたり, 事前のリスク評価に基づいた対象疾患選定と異常探知時における対応手順が策定された。自治体等関係者間に強化サーベイランスの実施が周知され, 2021年7月1日~9月19日にかけて強化サーベイランスとしてモニタリング・情報収集および評価が強化された。異常探知のみならず, 「異常なし」の判断を含む評価結果は日報で共有された。また, サーベイランス報告については自治体での対策への活用を念頭にNESIDファイル共有システムを使って適時の情報共有が行われた。

 *各記事中の大会, 組織等の名称は初出時に「」を付けて略称で示しています。正式名称および用語の定義は本号の<特集関連資料>を参照ください。


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