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東京2020大会組織委員会感染症対策センター(IDCC)における感染症対策への支援

(IASR Vol. 43 p159-161: 2022年7月号)

 
背景および目的

 2020年3月, 東京2020大会については, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行により, 1年の開催延期が決定された。同年10月, 東京2020組織委員会は, アスリート等をCOVID-19を含む感染症から保護しながら競技運営を継続することを目的に, 従来の大会における感染症対策をさらに強化し一元的に推進する部署としてIDCCの設置を決定した1)

 一般に, 感染症危機管理事例の発生時対応は自治体等の保健行政機関を主体として実施されるが, 遷延するCOVID-19流行により, 東京2020大会以前から全国の保健行政機関は慢性的な業務上の負荷を抱えていた。東京2020大会開催時には, アスリート等および大会関係者の滞在が集中する自治体や地域では, さらなる負荷の発生が想定された。こうした背景を受け, IDCCでは保健行政機関によるCOVID-19症例等発生時対応業務を支援することとなった2)。国立感染症研究所(感染研)実地疫学研究センターは, 東京2020組織委員会の委嘱を受けて職員をIDCCにおける実務者として配置し, 東京2020大会における感染症対策を支援した。

 東京2020大会におけるIDCCの活動を記録することは, 今後の国際的なマスギャザリング時の感染症対応に資すると考えられることから, 支援活動を通して得られた知見等を含め, その概要を報告する。

IDCCによる感染症危機管理事例の早期探知体制および発生時対応体制の整備

 国内外のCOVID-19の流行状況と各国による感染症対策が数週間単位で目まぐるしく推移する中, 東京2020大会の感染症対策の方針は, 大会主催者(東京2020組織委員会, IOC/IPC, IF), 日本政府, 開催都市および関係自治体等, 多くの関係者間の調整を経て, 安全な東京2020大会運営を第一に, 保健医療体制のキャパシティーを考慮し決定された。決定方針を受け, IDCCにより東京2020大会に関連する感染症危機管理事例の早期探知および発生時対応の体制が整備された。

 事例の早期探知体制として, ①アスリート等および大会関係者の健康観察, ②新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)スクリーニング検査(以下, スクリーニング検査), ③任意のSARS-CoV-2検査の受検状況報告体制, ④大会関連医療施設における症候群サーベイランス, を構築した。

 健康観察は, 来日または活動開始2週間前から, アスリート等および大会関係者自らが専用アプリケーションを通して健康状態を毎日報告し, 所属部署の担当者がその報告内容を確認した。探知された体調不良者には所属部署の担当者により迅速な受診が勧奨された。

 スクリーニング検査は, アスリート等については毎日実施し, 大会関係者については選手との接触頻度に応じて指定された頻度で, 唾液検体による一次検査を行った。一次検査陽性例について, 鼻咽頭ぬぐい液検体によるPCR検査を確定検査とし, 無症候病原体保有者を含めたCOVID-19症例の早期探知を図った。

 また, スクリーング検査以外の機会で, 任意にSARS-CoV-2検査を受検しCOVID-19と診断される大会関係者が存在したため, こうした任意の検査受検についても「インシデント」として専用システムを通じてIDCCに報告する体制を整備した。

 また, COVID-19に限らず, 感染症危機管理対応を要する事例の発生を早期に探知するために, 選手村診療所や競技会場医務室等の大会関連医療施設における症候群サーベイランスシステムを構築し, 発生状況をモニタリングした。症候群サーベイランスには, 「38℃以上の発熱」, 「急性呼吸器感染症」, 「急性消化器感染症」, 「皮疹」, 「髄膜炎症状」, 「いずれにも該当しない」の6項目が含まれ, 診療を担った医療従事者が各受診者について該当する項目を専用アプリケーションに入力した。

 これら複数のモニタリングシステムにより探知された, スクリーニング一次検査陽性者や有症状のアスリート等について, IDCCではそれぞれ確定診断や診察のための受診調整を行った。COVID-19と診断されたアスリート等については迅速に疫学調査を実施し濃厚接触者を同定するとともに, 滞在地・利用施設の速やかな環境消毒を実施した。

 また, 開催地域の保健医療体制の負荷軽減のため, アスリート等のCOVID-19症例の療養施設を配備し, 療養期間中は医療従事者による健康管理および生活支援を行った。重症化リスクの高い者については入院調整のうえ, 入院施設までの搬送を担った。

 濃厚接触者となったアスリート等は, 関係者間の協議の結果, 毎日のPCR検査(原則)による陰性確認, 個室での滞在, および個別車両による移動を条件としたうえで, 練習や競技参加が認められた。この方針に沿い, IDCCでは濃厚接触者となったアスリート等の毎日の検査体制を整えた。

 連日のモニタリング結果や事例対応状況は, 日報を通して, 東京2020組織委員会内, 開催都市および選手村の所在地となる自治体の保健行政機関(東京都福祉保健局, 東京2020保健衛生拠点), 競技会場を持つ関係自治体, 厚生労働省および感染研Emergency Operations Center(EOC)と共有した。

探知事例および発生時対応

 2021年7月1日(IDCC稼働開始日)~9月8日(選手村閉村日)までに数万人のアスリート等および大会関係者から健康状態が報告され, 特定の症状の集積や有症者の増加傾向を認めなかった。同期間に100万回以上のスクリーニング検査が実施され, 299例(アスリート等53例, 大会関係者246例)のCOVID-19症例が探知された。スクリーニング検査を含め, 空港検疫, 有症者の検査, インシデント報告, 濃厚接触者検査等により, 869例のCOVID-19症例が探知された3-5)

 症候群サーベイランスでは特定の症状の集積を認めず, 公衆衛生対応を要する事例は探知されなかった。
IDCCはアスリート等のCOVID-19症例の疫学調査結果等を保健行政機関と共有し, 行政判断を確認しながら対応を進めた。特にIDCCと東京2020保健衛生拠点は, IDCCの同じ執務室内で活動し, 密に連携した。探知事例のモニタリングおよび発生時対応を継続した結果, 競技運営に影響を及ぼす感染症危機管理事例の発生を認めず, 東京2020大会は終了した。

考 察

 IDCCによる活動は, 日本における国際的なマスギャザリングにおいて主催組織が, 保健行政機関と連携しながら, 感染症危機管理事例対応の実務を主体的に行う初めての試みとなった。東京2020大会の準備期間から開催期間を通し多数の組織間調整を要したものの, IDCCの活動は総じて安全な競技運営および保健行政機関の負担軽減に寄与したと考えられた。

 今後も国際的なマスギャザリングにおける感染症危機管理事例の発生リスクはCOVID-19に限らず存在しており, 事例発生時の地域保健への影響を最小限にとどめる取り組みが重要である。国際マスギャザリングにおいて, 大会主催者による主体的なモニタリングおよび事例対応は, 大会の安全な運営とともに地域保健への負荷軽減のために, 今後も積極的に検討すべきと考えられた。

 謝辞:東京2020大会にかかわる感染症対策・対応にご尽力いただいた, 東京2020組織委員会, 東京都福祉保健局, 東京2020保健衛生拠点, 関係自治体, 関係組織の皆様に深謝いたします。

 *各記事中の大会, 組織等の名称は初出時に「」を付けて略称で示しています。正式名称および用語の定義は本号の<特集関連資料>を参照ください。

 

参考文献
  1. 内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局, 東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議(第4回)資料, 令和2(2021)年10月27日
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/coronataisakuchoseikaigi/dai4/gijisidai.html(Accessed on May 22, 2022)
  2. 内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局, 東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議(第6回)資料, 令和2(2021)年12月2日
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/coronataisakuchoseikaigi/dai6/gijisidai.html(Accessed on May 22, 2022)
  3. 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会, 第48回理事会資料, 2021年12月22日
    https://www.tokyo2020.jp/ja/news/news-20211222-03-ja/index.html (Accessed on May 22, 2022)
  4. Olympic Games Covid-19 Positive Case List
    https://www.tokyo2020.jp/ja/Olympic%20Games_Covid-19%20Positive%20Case%20List.pdf (Accessed on May 22, 2022)
  5. Paralympic Games Covid-19 Positive Case List
    https://www.tokyo2020.jp/ja/Olympic%20Games_Covid-19%20Positive%20Case%20List.pdf (Accessed on May 22, 2022)

国立感染症研究所実地疫学研究センター
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