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東京2020大会開催期間中に選手団等の滞在施設で探知された複数のCOVID-19症例の発生事例

(IASR Vol. 43 p164-166: 2022年7月号)

 

 2021年7月に開催された東京2020大会は, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行下という前例のない状況のもとでの大規模な国際的マスギャザリングであった。

 東京2020組織委員会は, COVID-19対策上のルールを取りまとめたプレイブック1)を作成し, アスリート等および大会関係者に対して, 手指衛生やマスク着用等の基本的な感染対策の徹底, 活動場所と滞在場所および移動手段を限定した行動管理, 定期のスクリーニング検査の遵守を求めるなど, 重層的な対策を実施した。

 選手団員の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)スクリーニング検査は毎日実施され, 唾液検体での抗原定量検査による一次検査, さらに一次検査陽性例に対する鼻咽頭ぬぐい検体でのPCR検査による確定検査が行われた。大会関係者に対しては, 選手との接触度に応じて, 異なる頻度でスクリーニング検査(唾液検体によるPCR検査)が実施された。

 「選手団員」とは, アスリート, コーチ, トレーナー, 練習パートナー, チーム役員等, 各国選手団に属し, 選手と一体になって活動する者を指す。

 SARS-CoV-2検査陽性例発生時には, IDCCは競技会場や選手団員の滞在施設が所在する自治体の感染症対応部署と連携し事例対応にあたった。また, IDCCによる疫学調査等において, 国立感染症研究所(感染研)実地疫学研究センターは技術的支援を行った。

 2021年7月22日および23日に, スクリーニング検査により, 競技Zに参加する数十カ国からの選手団員が滞在する宿泊施設(以下, 施設X)において, それぞれ異なる国の選手団員からSARS-CoV-2検査陽性例3例が確認された。2021年7月17日~30日まで, 施設Xの利用は, 競技Z選手団員, 競技Zに関係する大会関係者の一部, および施設X職員に限定されていたことから, 施設X内における選手団員, 大会関係者および施設X職員への感染拡大が懸念された。

 記述疫学およびゲノム解析を通して, 本事例の全体像を把握し, 施設X内における感染症対策を検証したため, その結果を報告する。

 症例を「2021年7月17日~30日まで(選手団員および大会関係者の施設Xの利用期間)に, 施設Xに滞在する選手団員, 大会関係者および施設Xの職員において, PCR検査によりSARS-CoV-2陽性と判定された者」と定義した。

 新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS), 東京都感染症日報, 東京2020保健衛生拠点による積極的疫学調査結果, また, 施設Xで活動した大会関係者からの聞き取り結果から疫学情報を記述した。

 7月17日~30日までに施設Xで採取された症例の検体の全ゲノム解析の結果は, 厚生労働省の事務連絡2)に基づき感染研に共有された。これらの全ゲノム解析の結果を利用し, ウイルス株間の関係を示すハプロタイプネットワーク解析を行い, 疫学情報と突合した。

 2021年7月17日~30日までに, 施設Xに滞在し競技Zに参加予定であった3カ国の選手団員から4症例が探知された()。4症例は, A国選手団員1例(症例1), B国選手団員1例(症例2), C国選手団員2例(症例3および症例4)であった。症例4は症例3と同室に滞在しており, 症例3の濃厚接触者としての検査により, 陽性が確認された。7月26日に症例4が探知された後も, 施設Xの滞在者および職員に定期的なスクリーニング検査が実施されたが, 以後のスクリーニング検査から陽性例は探知されなかった。

 4症例は全員男性で, 年齢は中央値37歳(範囲:26-40歳)であった。4症例はいずれも無症状であり, 入国後3~4日以内に採取した検体がSARS-CoV-2検査で陽性と判明した。

 施設Xでは, 各国の選手団員同士が共同して行う活動はなかったものの, 競技用品の保管場所や整備場所は共用で, 複数の選手団員が同時に利用し密な環境となっていた。また, 施設Xの食堂は1カ所であり, 食事の際は混雑しており, しばしば発生した密な環境下において感染伝播のリスクがあったと推定した。

 2021年8月中旬に4症例のゲノム配列情報が感染研に共有され, ハプロタイプネットワーク解析を行った結果, 4症例の検体のゲノム配列は, すべてB.1.617.2系統の変異株(デルタ株)に分類されたが, 当時, 国内で主流であった系統のデルタ株の配列とは類似しなかった()。症例3と症例4の検体のゲノム配列は一致していたが, 症例1および症例2の検体とは異なった。また, 症例1と症例2の検体も互いに独立したゲノム配列を有した。

 ハプロタイプネットワーク解析結果より, 症例1, 症例2, および症例3・症例4の感染源は共通ではなく, また, 国内で市中感染を受けた可能性は低いと考えられた。

 多くのSARS-CoV-2感染者において, 発症約2日前から感染性を有し同時期からウイルスが検出され3), 曝露後5日目までにPCR検査が陽性となると推定されている4)。また, デルタ株ではserial interval (発症間隔)が3~4日間と報告されていること5)を考慮すると, 曝露後1日目以降5日目までに検査陽性になると推察された。4症例が陽性となった検査の検体採取日は入国後3~4日目であり, 4症例はいずれも入国前後2日以内に感染を受けていたと考えられた。

 症例3と症例4は出身国Cから同一航空便を利用して入国し, 入国後も同室で滞在する等, 共通した行動をとっており, 感染源や感染経路は共通すると考えられたが同定は困難であった。

 本事例において, 4症例の行動歴の詳細は確認できておらず, 症例の感染源および感染経路の検証は十分ではない。また, 施設X滞在者および職員において, 検査を受検する機会がなく探知できなかった感染者がいた可能性は否定できない。しかし, 症例4が探知されて以降の, 施設Xに滞在する選手団員, 大会関係者および施設X職員に対する定期的なスクリーニング検査において, さらなる感染例が探知されなかったことから, 施設Xに滞在した選手団間における持続的な感染伝播はなかったと考えられた。

 本事例は, 複数の感染源により感染した選手団員が同時期に施設Xに滞在し, スクリーニング検査により探知された事例と考えられた。分子疫学的解析により, 懸念されていた施設X内における選手団間での感染伝播は否定された。

 本事例の検証を通し, 検査対応の強化等のプレイブックに示された重層的な感染症対策は, 施設X内における選手団間の感染拡大抑止に一定の効果があったと考えられた。国際的マスギャザリングにおいては, 国外からの感染症の持ち込みが一定数発生し得るリスクを踏まえ, 感染症事例発生時の感染伝播経路の速やかな把握のためにも, 疫学情報や分子疫学解析結果について, 関係者間でより迅速に共有する体制を構築することが望ましいと考えられた。本事例における対応は, 今後のマスギャザリングにおいても参照できると考えられた。

 謝辞:本事例にご尽力いただきました関係自治体, 東京都福祉保健局, 東京2020保健衛生拠点, 東京2020組織委員会, および関係されたすべての皆様に深謝いたします。

 *各記事中の大会, 組織等の名称は初出時に「」を付けて略称で示しています。正式名称および用語の定義は本号の<特集関連資料>を参照ください。

 

参考文献
  1. 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会, プレイブック
    https://olympics.com/ioc/tokyo-2020-playbooks (Accessed on June 13, 2022)
  2. 厚生労働省, 「ホストタウンの事前合宿等で新型コロナウイルス感染陽性者が確認された場合のHER-SYSへの入力及び変異株の検査の実施について」について(周知), 令和3(2021)年6月29日付
    https://www.mhlw.go.jp/content/000800047.pdf (Accessed on June 13, 2022)
  3. 新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き第5.1版
    https://www.mhlw.go.jp/content/000801626.pdf (Accessed on June 13, 2022)
  4. Quilty BJ, et al., Lancet Public Health 6(3): e175-e183, 2021
  5. Pung R, et al., Lancet 398(10303): 837-838, 2021

国立感染症研究所              
 実地疫学専門家養成コース(FETP)     
  塚田敬子                
 実地疫学研究センター           
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