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エイズ治療・研究開発センター(ACC)25周年を振り返って

(IASR Vol. 43 p228-230: 2022年10月号)

 
沿 革

 AIDSが初めて報告されてから40年余りになるが, エイズ治療・研究開発センター(ACC)は, 1996年3月29日の血友病エイズ裁判の和解確認書の中に記載された, HIV感染症の研究治療センター設置の条項を受けて, 1997年4月に国立国際医療研究センター(NCGM)に設立された。設立の経緯が血友病裁判の和解にあるとはいえ, 原告団の同意のもと, HIV感染者の治療に関しては感染原因にかかわらずすべての感染者を分け隔てなく行っている。1997年という年は, それまでの有効な治療法がなかったHIV感染症15年間の暗黒時代が明け, ちょうど多剤併用療法(combination antiretroviral therapy: cART)が可能になった時に一致し, HIV感染者の予後が劇的に改善された時期であった。2007年から, ベトナムハノイでcARTを受けている2,000名の患者コホートを立ち上げ, 2019年からSATREPプロジェクトに受け継がれ, 現在も研究が継続されている。また, 2007~2018年まで, モンゴルのMSM(men who have sex with men)を対象としたHIV予防プロジェクトを実施, HIV感染拡大の抑制に成功している。2011年7月に血友病HIV感染者の医療ニーズの高まりを受け救済医療室を立ち上げ, 同年9月から包括外来を開設している。なお, ACCは, 2022年4月で25周年を迎えたが, 登録患者数は5,000人を超えている。本稿では, ACCで実施された臨床研究を中心に概説する。

初期のcARTと薬剤耐性

 初期のcARTは, プロテアーゼ阻害薬と逆転写酵素阻害薬2剤を組み合わせた3剤併用療法であった。1日20錠の薬剤を5回に分けて服用する必要があった。治療効果はあったが, 副作用も強く継続することが困難であったため, 服薬が不規則になり, 薬剤耐性ウイルスの出現が問題となった。一般的にはアミノ酸変異を調べるgenotype法が主流であるが, ACCでは, 国立感染症研究所と共同でphenotype法を開発1), 多くのウイルス学的な解析に貢献できた。

cARTによる副作用とその対策

 初期のcARTを継続すると, 顔面のやせなど体型変化をともなうlipodystrophyと呼ばれる副作用が多発し, 大きな問題となった。ACCでは, lipodystrophyの診断基準作成に寄与した2)。この原因は, stavudine(d4T)をはじめとする逆転写酵素阻害薬によるミトコンドリア障害であった。ACCでは, d4Tによる重篤なミトコンドリア障害の原因となる遺伝子点変異(SNP)を世界で初めて発見した3)。ミトコンドリア障害が非可逆性であることも明らかとなり, 2010年に世界保健機関(WHO)からd4Tの使用中止勧告が出された。2000年頃より治療の主流であったefavirenz(EFV)により, ACC外来では20人に1人程度の割合で重篤な中枢神経障害を呈する患者が出ていた。これら患者のEFVの血中濃度は, 通常の3倍以上高かったが, その原因がチトクロームP450 2B6のSNPが関係していることを世界で初めて報告した4)。日本人におけるこのSNPの頻度は約5%であったので, 外来での重篤な中枢神経系(central nervous system: CNS)副作用発現率と一致した。逆に, 事前にSNPを調べることにより, 該当者のEFVの投与量を1/3に減量しても同じ治療効果が得られ, 副作用が軽減されることを日本での多施設共同研究で明らかにした5)。いわゆるテーラーメイド治療の成功である。cARTの副作用の多さから, この頃の治療はCD4リンパ球数が350/mm3を下回ったら開始とされていた。しかし, 休薬によりさらに副作用を軽減できないかという要望から, CD4値が350/mm3を超えた患者に対し, 治療を継続する群と, 250/mm3以下に低下するまで治療を休薬する群の2群に無作為に割り付けるSMART試験が米国国立衛生研究所(NIH)を中心に行われ, ACCも参加した。この研究は, 中間解析で休薬群の予後が有意に悪いことが判明し, 以後cARTは休薬しないことが治療の基本となった6)。d4Tの代わりとして使用されたtenofovir(TDF)により, 欧米人に比べて体重が20kg少ない日本人では, 腎障害が多発することがACCデータベースより明らかになった7)。この結果は, さらに10kg体重の少ないベトナム人でも認められることが我々のハノイコホートで確認できた8)。さらに, TDFの使用期間が長くなるほど腎障害の回復が長引くことも明らかにし, 腎機能モニタリングの重要性を報告した9)

HIV-associated neurocognitive disorder(HAND)

 2010年以降になるとcARTもさらに進歩し, 副作用や服用回数も改善され, HIV感染者の余命が一般人と遜色ない程度まで改善されているという報告が相次いだ。そんな中, 米国より, 詳しい神経心理検査を行うとHANDと呼ばれる認知症が半数近く認められるという報告がなされ, 患者のみならず医療者にも衝撃を与えた。そこで, 日本におけるHANDの実態調査を全国規模で行い, 日本では軽症のHANDを含め約25%であることを検証した10)。mental healthの関連も含み, 今後の経過を注視していく必要がある。

Pre-mature aging

 2010年以降のもう1つの大きな問題は, 感染者の高齢化にともなう併存疾患の多発である。特に, HIVに関連しないがん(NADM)11)や冠動脈疾患の発生率の高さ12)が問題である一方, それらが一般に比べて10年以上早く発症することも問題になりつつある。HIV感染者のpre-mature agingの原因究明に関しては, 今後の大きな臨床的課題であろう。

HIV感染症の今後

 感染者が治療を受けウイルス量が検出限界以下に抑えられれば, コンドームなしでの性交渉を行ってもパートナーにHIVを感染させないことが科学的に証明された。さらに感染リスクのある人が予防薬を服用することによりHIVの感染を防ぐことができることも証明された。この効果は, ACCでのパイロット研究でも確認された13)。新規感染者をゼロにする方法論はそろったことになる。今後は, これらをどう社会実装していくかが重要になってくる。また, 今年, 1~2カ月に1回の注射による治療14)でウイルスコントロールが可能な新しい治療法が認可になり, 予防・治療とも新しい時代に入ったといえる。

 

参考文献
  1. Hachiya A, et al., Antimicrob Agents Chemother 45: 495-501, 2001
  2. The HIV Lipodystrophy Case Definition Study Group, Lancet 361: 726-735, 2003
  3. Yamanaka H, et al., J Infect Dis 195: 1419-1425, 2007
  4. Tsuchiya K, et al., Biochem Biophys Res Commun 319: 1322-1326, 2004
  5. Gatanaga H, et al., Clin Infect Dis 45: 1230-1237, 2007
  6. The SMART Study Group, N Engl J Med 355: 2283-2296, 2006
  7. Nishijima T, et al., PLoS ONE 6: e22661, 2011
  8. Mizushima D, et al., PLoS ONE 8: e79885, 2013
  9. Nishijima T, et al., AIDS 28(13): 1903-1910, 2014
  10. Kinai E, et al., J Neurovirol 23(6): 864-874, 2017
  11. Oka S, et al., Global Health & Medicine 1(1): 49-54, 2019
  12. Nagai R, et al., Global Health and Medicine 2(6): 367-373, 2020
  13. Mizushima D, et al., J Infect Chemothera 28(6): 762-766, 2022
  14. Orkin C, et al., Lancet HIV 8: e185-e196, 2021

国立国際医療研究センター(NCGM)  
エイズ治療・研究開発センター(ACC) 
 岡 慎一 

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