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2021/22シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 43 p247-252: 2022年11月号)
 
1. 流行の概要

 2021/22インフルエンザシーズン(2021年9月~2022年8月)は, 世界的にはインフルエンザの流行が戻ってきた。北半球では, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の流行前ほどの規模ではなかったが検査陽性数(以下, 陽性数)の上昇が確認された。特徴的であったのは, 早い時期に流行がピークに達し収束した国, 収束したようにみえたが再び陽性数が上昇し二峰性のピークがみられた国, および流行が遅くに始まり5月くらいになり収束した国と, 流行の様相が国によって違ったことである。南半球では, SARS-CoV-2の流行前の規模と同等の流行規模であり, 特にオーストラリアでは, 最大陽性数はSARS-CoV-2の流行前の過去3年間と比較して最も多かった。ウイルスの型としては, A型・B型ウイルスともに検出され, A型ウイルスの検出数がB型ウイルスのそれよりも多かった。A型ウイルスはA(H3N2)の流行がA(H1N1)pdm09より大きく, B型ウイルスはほぼすべてがVictoria系統であった。日本での流行は, SARS-CoV-2の流行への対策の影響と思われるが, 昨シーズンと同様にインフルエンザの流行は大変小さいものであった。ただし, 2022年7月中旬頃から患者報告数が増える傾向が確認された。

2. 各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析

 2021/22シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は, 各地衛研において, 国立感染症研究所(感染研)から配布された同定用キットを用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。また, 最近のA(H3N2)ウイルスは赤血球凝集活性が著しく弱い株があるため〔今冬のインフルエンザについて(2015/16シーズン)参照: https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/590-idsc/6715-fludoko-2015.html〕, HI試験が困難な場合はPCR法による亜型同定が推奨されている。感染研では, 感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し, 地衛研で分離および型・亜型同定されたウイルス株の分与を受けた。地衛研から分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について, ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清・ヒトワクチン接種後血清(以下, ヒトの血清)を用いたHI試験あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

 2-1) A(H1N1)pdm09ウイルス

 遺伝子系統樹解析(図1): 国内で検出された1株および, 海外(ネパール)から入手した8株/臨床検体について遺伝子解析を実施した。最近の本亜型流行株は, サブクレード6B.1A(S74R, S164T, I295V)の中で, 成熟HAのアミノ酸の183番目に変異をもつ複数の群(6B.1A.1-6B.1A.7)の1つである6B.1A.5に属しており, さらにはその中の6B.1A.5a(N129D, T185I)に属している。また6B.1A.5aは, さらに6B.1A.5a.15a.1)(D187A, Q189E)および6B.1A.5a.25a.2)(K130N, N156K, L161I, V250A, E506D)に分岐している。解析した国内株1株は5a.1に属した。一方, ネパールからのウイルスは5a.2内のK54Q, A186T, Q189E, E224A, R259K, K308Rをもつ群に属した。

 抗原性解析: 6種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 国内で分離された1株(5a.1)と海外(ネパール)からの臨床検体から分離した3株(5a.2)についてHI試験による抗原性解析を行った。その結果, 5a.2に属するネパール分離株はいずれも2021/22シーズン世界保健機関(WHO)推奨ワクチン株A/Victoria/2570/2019 (5a.2)に対するフェレット感染血清とよく反応したが, 5a.1に属する国内分離株の反応性はよくなかった。反対に5a.1に属するウイルスに対するフェレット感染血清とはネパール株の反応性がよくなかったが, 国内株はよく反応した。ワクチン接種を受けたヒトの血清を用いた解析では, ワクチン株に対する反応性と比較すると, 5a.2に属するウイルスとの反応性はよかった。5a.1に属するウイルスとは, 反応性のあまりよくないウイルスもあったが, 概して反応性はよかった。

 2-2) A(H3N2)ウイルス

 遺伝子系統樹解析(図2): 国内および海外(モンゴル, ネパール, ミャンマー)から入手した22株/臨床検体について遺伝子解析を実施した(国内10株, 海外27株または臨床検体)。HA遺伝子系統樹解析では, 近年のウイルスはほとんどがクレード3C.2a1(N171K, I406V, G484E)内の3C.2a1b(E62G, K92R, R142G, H311Q)に属する。3C.2a1bは, さらに3C.2a1b.1a(T128A, T135K, A138S, G186D, D190N, F193S, S198P), 3C.2a1b.1b(T128A, T135K, S137F, A138S, F193S), 3C.2a1b.2a(K83E, Y94N, T131K, I522M, V529I), 3C.2a1b.2b(T131K, Q197R, S219F, V347M, E484G, V529I)に分岐している。3C.2a1b.2a内には, さらに3C.2a1b.2a.12a.1)(F193S, Y195F, G186S, S198P)および3C.2a1b.2a.22a.2)(F193S, Y195F, Y159N, T160I, L164Q, G186D, D190N)が派生しており流行の主流となっている。解析した株はすべて2a.2内でH156Sをもつ群に属した。

 抗原性解析: 国内および海外(モンゴル, ネパール, ミャンマー)で分離された16株(国内4株, 海外12株)について8あるいは9種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。最近のシーズンと同様に, A(H3N2)分離株には極めて低い赤血球凝集活性しか示さない株があり, HI試験の実施が困難な場合があることから, 本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。国内外の流行株については, 試験したすべての株が, 2021/22シーズンのWHO推奨ワクチン株のA/Cambodia/e0826360/2020(3C.2a1b.2a.1)とは反応性がよくなかった。一方, 3C.2a1b.2a.2に属するウイルスに対するフェレット感染血清とよく反応した。また, ワクチン接種を受けたヒトの血清は, ワクチン株に対する反応性と比較すると, 2a.1に属するウイルスとの反応性はよかったが, 2a.2に属するウイルスとの反応性はよくなかった。

 2-3) B型ウイルス

 遺伝子系統樹解析

 山形系統: 国内での検出はなく, 海外でわずかに検出はされていたが遺伝子解析された株はなかった。

 Victoria系統(図3): 海外(ネパール, ミャンマー)から入手した6株/臨床検体について解析を行った。Victoria系統ウイルスのHA遺伝子系統樹解析では, 近年は解析されたほぼすべての株は, 成熟HAに3アミノ酸欠損をもつクレード1A.3(162-164アミノ酸欠損, K136E, 代表株: B/Washington/02/2019)に属する。最近は1A.3はさらに, グループ1A.3a(N150K, G184E, N197D, R279K: 代表株B/Austria/1359417/2021), G133Rをもつグループ, K75E, E128K, T155A, G230Nをもつグループに分岐している。1A.3aはさらに1A.3a.13a.1)(V220M, P241Q)および1A.3a.23a.2)(A127T, P144L, K203R)に分かれており, 3a.2が流行の主流となっている。解析されたウイルスの多くは3a.2内でD197Eをもつ集団に属した。

 抗原性解析

 山形系統: 世界的に解析された株はなかった。

 Victoria系統: 11または16種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 海外(ネパール, ミャンマー)からの臨床検体より分離した5株(3a.2)についてHI試験による抗原性解析を行った。試験したすべての株が, 2021/22シーズンのWHO推奨ワクチン株のB/Washington/02/2019(1A.3)との反応性はよくなく, 3a.2に属するウイルスに対するフェレット感染血清とはよく反応した。ワクチン接種を受けたヒトの血清は, ワクチン株に対する反応性と比較すると, 3a.1および3a.2に属するどちらのウイルスとも反応性が低い傾向にあった。

3. 抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状

 季節性インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬としては, M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル), 4種類のNA阻害剤オセルタミビル(商品名タミフル), ザナミビル(商品名リレンザ), ペラミビル(商品名ラピアクタ)およびラニナミビル(商品名イナビル), そしてキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤バロキサビル(商品名ゾフルーザ)が承認されている。M2阻害剤はB型ウイルスに対して無効であり, さらに, 現在国内外で流行しているA型ウイルスはM2阻害剤に対して耐性変異をもつ。したがって, インフルエンザの治療には, 主に4種類のNA阻害剤およびバロキサビルが使用されている。薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し, 国や地方自治体, 医療機関ならびに世界保健機関(WHO)に対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地衛研と共同で, 薬剤耐性株サーベイランスを実施している。

 NA阻害剤については, 地衛研においてA(H1N1)pdm09ウイルスのNA遺伝子解析によるオセルタミビル・ペラミビル耐性変異H275Yの検出を行い, 感染研において薬剤に対する感受性試験および既知の耐性変異の検出を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては, 地衛研から感染研に分与された分離株について薬剤感受性試験および既知の耐性変異の検出を行った。バロキサビルについては, 地衛研においてPA遺伝子解析によるバロキサビル耐性変異I38Xの検出を行い, 感染研において薬剤に対する感受性試験および既知の耐性変異の検出を実施した。アマンタジンについては, 感染研において既知の耐性変異の検出を実施した。

 3-1) A(H1N1)pdm09ウイルス

 国内分離株1株の解析を行った結果, NA阻害剤およびバロキサビルに対する耐性株は検出されなかったが, アマンタジンについては耐性であった。

 3-2) A(H3N2)ウイルス

 国内分離株10株および海外(ミャンマー, モンゴル)分離株13株の解析を行った結果, NA阻害剤およびバロキサビルに対する耐性株は検出されなかったが, アマンタジンについては耐性であった。

 3-3) B型ウイルス

 海外(ネパール, ミャンマー)分離株5株の解析を行った結果, NA阻害剤およびバロキサビルに対する耐性株は検出されなかった。

 本解析は, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行にともなう感染症発生動向調査事業に基づくインフルエンザサーベイランスとして, 医療機関, 保健所, 地方衛生研究所との共同で実施された。さらに, ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために, 新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米国CDC, 英国フランシスクリック研究所, 豪州ビクトリア州感染症レファレンスラボラトリー, 中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績をまとめたものであり, 個々の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また, 本稿は上記事業の遂行にあたり, 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。


国立感染症研究所              
 インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
 第一室・WHOインフルエンザ協力センター   
  岸田典子 中村一哉 藤崎誠一郎 高下恵美 佐藤 彩
  秋元未来 三浦秀佳 森田博子 永田志保 白倉雅之
  菅原裕美 渡邉真治 長谷川秀樹                
 インフルエンザ株サーベイランスグループ

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan