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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行状況の把握・評価の一助としての主要駅・繁華街等の人流および一般市民の不安やリスク行動のモニタリング

(IASR Vol. 43 p285-286: 2022年12月号)
 

 感染症サーベイランスにおいては, 従来から, 感染症法に基づく医師の届出対象となる感染症に関して, 感染者の報告が求められてきた。2022年11月現在, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も同様に届出対象であり, これにより収集された情報を基に流行状況の把握・評価が行われ, 国立感染症研究所(感染研)のウェブサイトやアドバイザリーボード(ADB)資料等で還元されてきた1,2)。これらの感染者数や死亡者数などの法に基づく直接的な指標と並行して, 昨今では, デジタル化の恩恵により, 電子的に集められた様々なデータを利用して流行状況の把握・評価の一助とすることが可能となっている。特に, COVID-19は, 呼吸器感染症であるがゆえに他人との接触の機会が曝露リスクを高め, 感染の不安により行動変容(感染対策の実施やハイリスク行動の回避)が起こり得ることから, 流行が人々の不安やリスク行動に大きく影響を受けることが示唆されている。これらに対する取り組みの1つとして, 国のサーベイランスを担う感染研感染症疫学センターにおいて, 一般市民の不安やリスク行動に関するアンケート調査結果を経時的にモニタリングして活用してきた。本稿では, この概要や解釈時の注意点等を報告する。

 まず, 人流データについては, Agoop株式会社の提供するデータを用いて3), 14都道府県の主要駅・繁華街・行楽地等のエリアの人流(8時台・20時台・21時台・22時台)を1~2週に1回モニタリングしている。例として, ADBで公開されている全国・東京都のCOVID-19症例数および20時台の東京駅・歌舞伎町の人流を示す(web版のみ掲載図:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2022/12/514r09f01.gif参照)。各流行の波の開始ごとに人流は低下するが, 経時的にその減少幅が小さくなる傾向にあり, 2022年9月末現在では人流がパンデミック前に近い水準にまで回復していることがみてとれる。前週比をとることで, 週ごとの増減についてもモニタリングしている。

 次に, 意識(不安感など)や行動の指標を検討する意識行動調査については, マーケティングリサーチ会社の実施するCOVID-19影響下での生活に関するアンケート調査データを後ろ向きに解析している。この調査は2021年3月以降, 月に1回(パンデミック初期は月に2回), 毎回全国の20~60代の各年代男女250名ずつ(合計2,500名, 会社の保有する500万名程度のアンケートモニターから回答を得ており, 各回の対象者は異なる)を対象に行われている。アンケートの様々な項目の中には, 不安度を表す指標として, 「新型コロナウイルスについての直近1週間の不安」, 「重症患者増加による病床逼迫への不安」があり, 行動を表す指標として, 直近1週間にそれぞれ「不要不急の外出を控えた」, 「イベント等, 人が集まる場所に行くことを控えた」, 「食料品や日用品以外の買い物に行った」, 「外食に行った」, 「遊びに行った」, 「友人・知人・離れた家族に会った」があり, これらを経時的にモニタリングしてきた(web版のみ掲載図:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2022/12/514r09f01.gif参照)。第1波では不安度は大きく増加, 第2波では不安度は増加したが, 行動の指標は増加傾向が続いた。第3波では不安度が増加し, 行動の指標も同時に減少した。第4波では行動の指標が収集されておらず評価困難であった。第5波(デルタ流行期)では不安度の指標が増加したが, 行動の指標が減少に転じるのは約1カ月遅れた。第6波(オミクロンBA.1流行期)では不安度の指標の増加と同じタイミングで行動の指標が減少した。ただし, 病床逼迫の不安の増加は第6波と比較して弱かった。第7波(オミクロンBA.5流行期)では, 傾向は同様であったが, 行動の指標の低下は約1カ月遅れ, 微減にとどまった。このように定性的な評価ではあるが, 流行の拡大とともに不安度は高まり, それと同時または遅れて行動の指標も低下する傾向がみられた。ただし, 直近の2波では, それ以前の波に比べて陽性者報告数は大きく増加しているものの, 不安度の増加幅は小さくなっている。

 これらのデータは, 以下のような解釈時の注意点や制限がある。人流データは, エリア内の一部の集団から統計学的処理を行い推計されているため, 誤差やバイアスの影響を受ける可能性がある。また, 例えばゴールデンウィークには, 繁華街やオフィス街, 主要駅で人流が減る一方, 行楽地では増えるなど, 監視すべき場所や時間帯は時と場合によって変化する。意識行動調査においては, 同一の集団を追っているわけではない, サンプリングの方法や数から代表性について担保されていない可能性がある, 思い出しバイアスといった影響を否定できない, 実施が月1回でタイミングによっては, 流行状況や政策が1カ月の間で大きく変動することがある, 等が挙げられる。ただし, 本調査は, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)影響下での生活についてという一般的な目的であるため, リスク行動についての社会的望ましさバイアスの影響は最小限と考える。さらに, 両データともに, 各指標とCOVID-19流行状況の因果関係については慎重に考える必要がある。例えば, 人流データは, あくまでも(会食等)他人との接触の代替(プロキシ)指標である。これらの注意点や制限を理解したうえで, 感染を示す直接的な指標(症例報告数等)とあわせて, 人流や意識行動調査のデータを検討することで, 複合的で包括的な状況把握とリスク評価が可能となると考える。

 アドバイザリーボード: 国のCOVID-19対策を円滑に推進するに当たって必要となる, 医療・公衆衛生分野の専門的・技術的な事項について, 厚生労働省に対し必要な助言等を行う専門家会議

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルス感染症サーベイランス週報:発生動向の状況把握
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10754-2021-41-10-11-10-17-10-19.html
  2. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード
    https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/seifunotorikumi.html#h2_3
  3. Agoop株式会社, 流動人口データ
    https://www.agoop.co.jp/service/dynamic-population-data/

国立感染症研究所感染症疫学センター
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