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千葉県における病原体不明の急性脳炎症例から探知された日本脳炎患者について

(IASR Vol. 44 p27-28: 2023年2月号)

 
はじめに

 日本脳炎は, 主にコガタアカイエカが媒介する日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis virus: JEV)の感染によって引き起こされる急性ウイルス感染症である。千葉県においては2015年に1例の日本脳炎症例の報告があって以来, 発生は確認されていなかったが, 今般, 本県において約7年ぶりとなる患者が届出されたので, その概要について報告する。

診断契機と概要

 患者は千葉県内在住の60代女性。2022年9月15日朝, 自宅で意識不明の状態で発見され, 医療機関へ救急搬送された。持病や既往歴, JEVワクチン接種歴は不明であるが, 発症日前日(9月14日)までは特段変わった様子はみられなかった。救急外来での診察では, 項部硬直は認めなかったが, 発熱と意識障害(開眼しているが意思疎通はとれず, GCS E4V2M5)を認めた。髄液検査では, 初圧(140mmH2O), 細胞数149/μL(多核球91%), タンパク57mg/dL, 糖53mg/dL(血糖110mg/dL)であり, 細胞数増多と蛋白高値を認め, グラム染色による塗抹検査では菌が確認されなかった。細菌性髄膜炎, ウイルス性髄膜炎を想定し, セフトリアキソン, バンコマイシン, アンピシリン, アシクロビルによる治療を開始した。血液培養, 髄液培養, 髄液の単純ヘルペスウイルスPCR検査はいずれも陰性であったが, 意識障害は徐々に悪化し, 昏睡状態になった。

 同年9月22日, 管轄保健所に病原体不明の急性脳炎(5類感染症)として感染症法に基づく発生届が提出された。それにともない, 9月26日に千葉県衛生研究所(以下, 当所)に当該患者の髄液検体(9月16日採取)が搬入され, 9月27~28日にかけて当所で定めた急性脳炎検査受託時の検査項目について網羅的ウイルス検索を実施した。ヒトヘルペスウイルス(1-7型), エンテロウイルス属, ムンプスウイルスのreal-time PCR検査を実施し, すべて陰性であった。

 その後, 医療機関にて居住地域を含めた病歴, および当該患者のMRIによる画像所見(左視床, 左中脳に拡散強調像, FLAIR像で高信号域)から, 日本脳炎が鑑別診断として考えられたため, 10月4日に診療担当医から管轄保健所を通じて, 日本脳炎の追加検査が依頼された。10月5~6日にかけて当所において, 国立感染症研究所の病原体検出マニュアル1)に準拠し, 髄液検体に対してJEV遺伝子(E遺伝子の一部)検出検査を実施したところ, nested RT-PCR検査で陽性となった。またこのPCR産物についてサンガー法にて塩基配列を決定したところ, 近年国内で主に検出されている株と同様に遺伝子型I型であることが判明した。これらから10月6日に診断が日本脳炎と確定したため, 同日に急性脳炎の発生届は取り下げられ, 日本脳炎の発生届が提出された。

考察とまとめ

 日本脳炎は感染症発生動向調査(NESID)によると, 1992年以降は全国で年間最大10例前後の患者報告数となっており, 国内感染例の大半が8~9月にかけて発症する2)。あわせて, 本県も参加している感染症流行予測調査事業では, JEVの増幅動物であるブタの血清中のJEV抗体の保有状況をHI法で調べており, 今年の本県におけるブタのJEV抗体保有状況は7~8月では10-40%, 9月には20-100%で3), 当該期間中に2-mercaptoethanol(2ME)感受性抗体陽性率も50%に達しており, 数カ月以内の感染を示唆する抗JEV IgM抗体を有するブタが県内に存在し, 感染リスクがあったことが示唆された。媒介蚊であるコガタアカイエカの活動が特に活発な夏季に原因不明の脳炎や脳症が発生した場合には, 日本脳炎を鑑別診断の項目に加え, 積極的に原因病原体の探索を実施することが重要である。

 また, 感染症法における5類感染症の急性脳炎は届出症例の約半数が病原体不明となっており, 厚生労働省では日本脳炎を含めた急性脳炎・脳症を引き起こす感染症の実態を解明することが重要な課題として, 地方自治体等に対して病原体不明の急性脳炎症例について病原体探索を行うよう事務連絡を発出している4)。急性脳炎はNESIDでは5歳未満の小児の報告例が多い傾向があるが, 日本脳炎は60歳以上の年代に多くみられる2)。感染症流行予測調査事業において, 成人以降のJEV抗体保有率の低下が示されており(https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/11221-je-yosoku-serum2021.html), 日本脳炎患者の届出が高齢者に多い結果と合致する。そのため, 乳幼児だけではなく, 成人の症例にも注意を払う必要がある。なお, 日本脳炎は予防接種法に基づく定期接種の対象であり, 千葉県における実施率は第1期1回目77.0%, 第1期2回目76.8%, 第1期追加50.4%, 第2期30.6%〔令和3(2021)年度実績〕である。

 本事例は患者の蚊の刺咬歴が明らかではなかったが, 5類感染症の急性脳炎サーベイランスにおいて探知され, 医療機関, 保健所, 地方衛生研究所の3者が連携して病原体探索等の原因究明を行い, 結果として日本脳炎の診断に至ることができたケースである。JEVは, 一般的にヒトにおいてはウイルス血症の期間が短いためJEV遺伝子の検出は困難であるといわれている5)が, 今回RT-PCR法で髄液検体からのJEV遺伝子検出によって日本脳炎の確定診断に至ることができた。これは医療機関において発症翌日に検体採取が行われ, 保健所において速やかに当所への検査依頼・検体搬送がなされ, 当所においても速やかに検査を実施することができたためと考えられた。

 日本脳炎を含め, 病原体不明の急性脳炎・脳症の原因究明の際には, 日頃より医療機関・保健所・地方衛生研究所が緊密に連携して速やかに対応することが重要であると考えられた。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル「日本脳炎(2013年8月版)」
  2. IASR 38: 151-152, 2017
  3. 国立感染症研究所, 夏期におけるブタの日本脳炎抗体保有状況 2022年度
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-sokuhou/668-yosoku-rapid.html
  4. 厚生労働省健康局結核感染症課, 事務連絡「日本脳炎及び予防接種後を含む急性脳炎・脳症等の実態把握について〔平成25(2013)年11月22日発出〕」
  5. Davis LE, et al., Neurol Clin 26: 727-757, 2008

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