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ペットのマーモセットにおけるヒト単純ヘルペスウイルス感染症の事例

(IASR Vol. 44 p22-23: 2023年2月号)

 
背 景

 単純ヘルペスウイルス属に含まれるヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)およびBウイルス(サルヘルペスウイルス)の自然宿主は, それぞれヒトおよびサルであり, ウイルスがヒト-サル間で感染することにより重度の神経症状を発症することが知られている。ヒトのHSV感染では, 口粘膜や性器などに水疱性または潰瘍性の病変を形成し, その後はウイルスが神経節に潜伏感染し無症状となる。ヒト以外の霊長類にもHSVが感染することが報告されており, 特にマーモセットなどの新世界ザル(中南米に生息する霊長類の総称)は感受性が高いと考えられている1)。本稿では, 日本国内の家庭で飼育されていたペットのマーモセットがHSV感染症により死亡した2つの事例について概要を解説する2)

症例1

 8か月齢の雄のコモンマーモセット(Callithrix jacchus)が食欲不振, 間欠的な痙攣(けいれん), 顔面の攣縮(れんしゅく), 異常なまばたきを示し, 動物病院を受診した。本個体は, 飼い主が1カ月前にペットショップで購入し, その後は家庭で飼育されていた。診察にて口角の発赤および舌の白色水疱病変を認めた。レントゲン検査では胃腸のガス貯留を認めた。その後は意識レベルが低下し, 痙攣発作が増加, 受診から3日後に死亡した。

 個体全体をホルマリン浸漬した後に病理解剖を実施し, 水疱をともなう舌炎(図1)および大脳の点状出血が観察された。組織学的には, 舌粘膜のびらん, 上皮細胞の腫大, リンパ球浸潤が観察された。大脳では散在性に神経細胞が壊死し, リンパ球, マクロファージ, 好中球の浸潤を認めた。抗HSV抗体を用いた免疫染色にて舌の上皮細胞および末梢神経組織, 脳(大脳, 小脳, 延髄)および三叉神経節の神経細胞, 外転神経, 膵臓の上皮細胞, 心臓の末梢神経組織にHSV抗原を認めた。

症例2

 2歳の雌のピグミーマーモセット(Cebuella pygmaea)が食欲不振, 呼吸困難, 流涎過多を示し, 動物病院を受診した。本個体の他に2頭のピグミーマーモセットが同居していたが, 過去3週間の間に2頭とも呼吸困難と眼球の動きの異常を示し, 死亡していた。診察にて呼吸促迫(浅速呼吸, 開口呼吸)および眼脂過多を認めた。酸素吸入およびネブライザーによる治療を実施したが(図2), 受診から短時間で死亡した。

 個体全体をホルマリン浸漬した後に病理解剖を実施し, 十二指腸の重積および副腎の出血を認めた。肉眼的には口粘膜の病変は認められなかった。組織学的には, 舌粘膜上皮細胞の腫大および好酸性核内封入体が観察された。十二指腸の重積部では, 腸管神経叢において封入体を認め, 平滑筋細胞が萎縮していた。副腎は壊死および出血を認め, 残存する細胞に封入体を認めた。肝細胞にも封入体を認めた。抗HSV抗体を用いた免疫染色にて舌の上皮細胞および末梢神経組織, 脳(大脳, 小脳, 延髄)および腸管の神経細胞, 肝細胞, 膵臓の上皮細胞, 腎臓の末梢神経組織にHSV抗原を認めた。

考 察

 以上の病理所見から2症例をHSV感染症と診断した。いずれの症例も症状を示してから急性の経過をたどり4日以内に死亡した。顔面の神経症状が共通して観察され, マーモセットにおけるHSV感染症の特徴的な症状の1つと考えられた。病理組織学的には口粘膜の壊死が共通して観察され, 免疫染色にて粘膜上皮および神経組織にHSV抗原が認められた。

 症例1は中枢神経の傷害が強く, 痙攣発作との関連性が示唆された。症例2は末梢神経の傷害が強く, 消化管や副腎などの病変が顕著であった。これらの違いが生じる原因については不明であるが, 動物種や感染経路などが関連する可能性が考えられる。マーモセットの診療にあたる獣医師は, 多様な神経症状に注意し, HSV感染症の可能性を検討する必要がある。

 HSVの感染は, 活動的な感染病巣で増殖したウイルスと接触することにより生じ, 唾液や性行為を介して感染するケースが多い。今回の2症例は家庭で飼育されており, 発症前に飼育者以外のヒトとの接触は無かったことから, 飼育者から感染した可能性が高いと考えられた。症例1では, しばしばコモンマーモセットが飼育者の口唇を舐めることがあったことを飼育者から確認しており唾液を介した感染が疑われた。症例2の感染経路は不明であるが, 同居のピグミーマーモセットが飼育者から感染し, さらに本個体に感染が拡大した可能性も考えられる。

 日本では2005年からサルの輸入が禁止されているが, 国内のブリーダーから購入することが可能であり, また密輸された事例も報道されている。特にマーモセットなどの新世界ザルは小型で飼育しやすいことから, ペットや実験動物として飼育されている。過去には海外の飼育下コロニーや野生のマーモセットにおいて, HSV感染症の集団発生が報告されている。国内においてもヒトのHSV感染症は稀な感染症ではないため, マーモセットを飼育している家庭や動物実験施設において, 今後このような事例が発生する可能性が考えられる。

 マーモセットのHSV感染症は急性の経過をたどり, 全身に活動性の病変を形成することから, 感染個体におけるウイルスの排出量が多いと考えられる。したがって, 発症したサルから他のサル, 飼育員, 診療する獣医師および動物看護師などに感染するリスクがある。そのため, ヒトからサルへの感染を防ぐことが特に重要である。

 

参考文献
  1. Mätz-Rensing K, et al., Vet Pathol 40(4): 405-411, 2003
  2. Imura K, et al., J Vet Med Sci 76(12): 1667-1670, 2014

東京大学大学院農学生命科学研究科
 チェンバーズ ジェームズ    
 内田和幸

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