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ヘニパウイルス感染症をめぐる近年の状況

(IASR Vol. 44 p23-24: 2023年2月号)

 
はじめに

 ヘニパウイルスは, パラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に分類されるウイルスの総称で, ニパウイルス(Nipah henipavirus: NiV), ヘンドラウイルス(Hendra henipavirus: HeV)などが含まれる。NiV, HeV感染症は, ともに1990年代に出現した新興の人獣共通感染症であり, ヒトでは神経症状・呼吸器症状を主徴とする。致命率が高く, 特異的な治療法やヒト用ワクチンも開発されていないことから, NiV/HeVは国際的にbiosafety level 4(BSL4)病原体として取り扱われている。いずれも日本国内では, ヒト・動物ともに国内感染例・輸入症例の報告はないが, 感染症法により4類感染症に, 家畜伝染病予防法により届出(監視)伝染病に指定されており, 公衆衛生/家畜衛生領域双方で重要な疾病である。本稿では, NiV, HeV感染症をめぐる近年の状況とともに, 最近海外での報告が相次いでいるヘニパ関連ウイルスについて紹介する。

1)ニパウイルス

 NiV感染症は, 1998~1999年にマレーシアで初めて発生した。NiVの自然宿主はオオコウモリであり, オオコウモリからブタに感染して, ブタの中で呼吸器感染症の流行が発生し, ブタからヒトに伝播したと考えられている。同国の患者の大半は養豚関係者であり, 神経症状・呼吸器症状を呈した。ウイルスは唾液, 尿, その他の体液を介して種間を伝播したと推測される。本事例では, ヒト-ヒト感染が起こった可能性は極めて低いと考えられている。2001年以降, 本症はバングラデシュ~インド北東部でほぼ毎年のように発生している。同地域では, NiVがオオコウモリから直接ヒトに伝播したと推測される。伝播経路は, NiVに感染したオオコウモリの唾液・尿などが混入・付着したナツメヤシ樹液や果実を経口摂取したことによる食品媒介性の感染だと考えられている。医療・介護関係者や家族を中心にヒト-ヒト感染も認められている。2020年以降, インド南西部のケララ州での発生が相次いで報告されるようになった。ケララ州周辺のオオコウモリからもNiV抗体は確認されているが, 現時点で患者とオオコウモリとの接点は不明で, 感染経路の解明が待たれている。

2)ヘンドラウイルス

 HeV感染症は, 1994年以来, オーストラリアのみで報告されている。HeVの自然宿主もオオコウモリであり, オオコウモリからウマに感染し, ウマからヒトに伝播したと考えられている。ウマ, ヒトでは神経症状・呼吸器症状を主な症状とする。近年までHeVの遺伝学的な多様性はほとんど確認されなかったが, 2021年に新たなgenotype(HeV-g2)が報告された。HeV-g2感染オオコウモリは, オーストラリアの広い地域で確認されている。遡り調査の結果, 2015年に死亡したウマからHeV-g2遺伝子が検出されたことから, ウマへの病原性を有することが明らかになった。HeV-g2は, 従来のHeV-g1を標的にした遺伝子検出法では検出できない例もあったため, 新たな診断法の整備が必要となった。

3)ランヤウイルスを含むヘニパ関連ウイルス

 2018年4月~2021年8月に, 中国・山東省, 河南省で動物由来感染症疑い患者のactive surveillanceが実施された。2022年8月に, 患者検体からランヤウイルス(Langya henipavirus: LayV)が発見されたと報告された1)。調査では, 3カ所のsentinel hospitalにおいて, 38℃以上の発熱および発症前1カ月以内に動物への曝露歴があった人を対象に, 血液・咽頭スワブが採取された。次世代シーケンスにより, 患者1名の咽頭スワブ由来RNAからヘニパウイルスと同じ構造を持つフルゲノム配列が得られ, LayVと命名された。調査の結果, LayVの感染者は35名, このうち26名ではLayV以外の共感染は確認されなかった。26名の大半は農業従事者であり, 主な症状は発熱, 疲労感, 咳, 食欲不振, 筋肉痛, 吐き気, 頭痛, 嘔吐であったが, ヒト-ヒト感染は確認されなかった。周辺の家畜・野生動物を調査した結果, トガリネズミが自然宿主である可能性が高いとされた。

 国際ウイルス分類委員会(ICTV)によりヘニパウイルス属に分類されているものは, 本稿執筆時点でNiV, HeVなど5種類であるが, 近年, 分類未確定のヘニパ関連ウイルスの報告が相次いでいる。これらは, 系統学的には, オオコウモリ由来とげっ歯類由来の2系統に大別される()。ヘニパ関連ウイルス由来と思われる遺伝子断片は世界各地で確認されており, 今後さらに多くのヘニパウイルスが発見される可能性は高い。ヒト・動物へのリスクを評価するためにも, これらのウイルスの浸潤状況や病原性について調査を進める必要がある。

 

参考文献
  1. Zhang, et al., N Engl J Med 387: 470-472, 2022

国立感染症研究所獣医科学部
 加来 義浩

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan