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帰国者における曝露後狂犬病ワクチン接種の状況

(IASR Vol. 44 p24-25: 2023年2月号)

 

 日本は1954年を最後に, 国内動物からヒトへの狂犬病発生報告がない清浄国であるが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが始まったばかりの2020年5月, 14年ぶりに国内で狂犬病輸入症例が報告された。本事例は外国籍の男性で, イヌからの咬傷歴があり, 入国後日本に滞在中に発症した事例で, 一般的に1~3カ月の潜伏期間に比して, 受傷してから発症まで8カ月と, 通常よりも比較的長い潜伏期間を示した1,2)。このような, いわゆる輸入例は, 過去にも3例(1970年にネパールから1例, 2006年にフィリピンから2例)が報告されており, いずれもイヌからの咬傷がその原因であった3,4)

 発症後の治療がほぼ不可能な狂犬病に対する発症予防のためには, 被疑動物からの咬傷曝露を受けた後に確実に発症を抑えるための「曝露後発症予防法(post-exposure prophylaxis: PEP)」が最重要である。その他にも獣医師など流行国で定期的に高い曝露リスクのある者や医療機関へのアクセスが悪い流行地域へ渡航する者に対して予防的に行う「曝露前ワクチン接種(pre-exposure prophylaxis: PrEP)」がある。

 狂犬病清浄国であるわが国での狂犬病対策は, 海外渡航に際してのPrEPと, 海外狂犬病流行地での咬傷者に対するPEPが医療機関での主たる対応になる。用いられるワクチンとしては, これまで国内で流通してきた国産ヒト用狂犬病ワクチンの製造が完全に終了したため, 2019年からは海外で広く流通している精製鶏胎児線維芽細胞由来ワクチンの乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチン(ラビピュール筋注用)の市場流通が始まり, ワクチン接種のスケジュールも国際標準化した。我々の調査では, 現在国内には上記の国内承認されたラビピュール筋注用と医師の個人輸入による未承認の輸入海外製ヒト用狂犬病ワクチンが使用されており, その総数は2021年の段階で約58,000ドーズである5)

曝露後発症予防法(PEP)

 PEPは世界保健機関(WHO)が定める曝露のカテゴリー(I-Ⅲに分類)6)でII以上に相当する場合には行うべき処置で, 1)傷の十分な洗浄, 2)可及的速やかな組織培養型狂犬病ワクチンの連続接種, 3)抗狂犬病免疫グロブリン製剤(RIG)の投与(カテゴリーⅢ高度曝露の場合)からなる。傷口を流水と石鹸(可能ならば消毒薬も併用)で十分に洗浄し, その後, ワクチン接種あるいはRIGの投与を行う。状況によっては, 破傷風トキソイドや抗菌薬の投与も検討する。カテゴリーⅢは, 皮膚を貫通する咬傷や, 粘膜や傷のある皮膚への動物の唾液との接触などが該当し, 曝露後ワクチン投与に加えて, RIGの投与が必要とされる。またコウモリとの接触では, たとえ浅い傷でもカテゴリーⅢに対応した処置が必要となる。

 WHOが推奨する一般的な曝露後ワクチン接種のレジメ6)には, 筋肉内接種法と皮内接種法があり, 力価2.5 IU/vial以上を有するワクチン1アンプル全量を, 前者では0, 3, 7, 14日目に1カ所計4回筋注する方法と, 0日に2カ所の筋注後, 7, 21日目に1カ所筋注するザグレブ法がある。皮内接種法では, 同様の力価のワクチン0.1mLを0, 3, 7, 28日目に皮内に2カ所計4回接種する方法である。接種が完了する前に帰国した場合は, 渡航先で受けた曝露後接種のスケジュールを帰国後も継続して行うべきである。

帰国者における曝露後狂犬病ワクチン接種の状況

 海外での咬傷曝露後, 帰国後渡航外来にて曝露後ワクチンを受けた85例に関する宮津ら7)の検討(2011~2013年)では, アジア地域での咬傷事例が74例(87.1%, うちタイが23例で最多)を占め, そのうちイヌからの曝露が最も多く57例(67.1%)であり, 他にネコやサルからの例も報告されている。また初回接種開始までの日数では, 当日が30例(35.3%), 7日以内78例(91.8%)であった。黒田ら8)も, 2012~2014年に関西国際空港検疫所で健康相談を行った日本人渡航者925例のうち, 海外での動物からの咬傷曝露歴のあった177例について分析した結果, 渡航先の73.5%がアジア地域への渡航(うちタイが20.3%で最多)で, イヌからの咬傷が60.5%を占めていた。さらに帰国前に現地でPEPを開始した例が44.1%, 帰国後にPEPを開始した例が48.6%であった。いずれの報告でも, ある程度は現地の医療機関で適切なPEPが開始されていることが分かる。なお, 国内主要渡航外来(トラベルクリニック)3機関(国立国際医療センター, 東京医科大学病院, 名鉄病院)でコロナ禍以前の2015~2019年における曝露後接種者総数はのとおりである。

 今後, 海外渡航の再開にともなう狂犬病疑い動物からの咬傷事例の増加に対し, 適切な対応を周知・徹底することが肝要である。

 

参考文献
  1. 野崎康伸ら, IASR 42: 81-82, 2021
  2. Nosaki Y, et al., J Travel Med 29: 28(8), 2021
  3. 山本舜悟ら, IASR 28: 63-64, 2007
  4. 高橋華子ら, IASR 28: 64-65, 2007
  5. 未発表データ(厚労省班会議資料)
  6. WHO, WHO Expert Consultation on Rabies: Third report, ISBN 978-92-4-121021-8, 2018
  7. 宮津光伸ら, 狂犬病ワクチンの曝露後接種について 第17回日本渡航医学会学術集会(東京), 20-21, 2013
  8. 黒田友顯, 日本医事新報(4789): 27-33, 2016

大分大学医学部微生物学
大分大学グローカル感染症研究センター
 西園 晃

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