福岡県におけるレプトスピラ症患者の群発事例について
(IASR Vol. 44 p30-31: 2023年2月号)
はじめに
レプトスピラ症(leptospirosis)は, 病原性レプトスピラによって引き起こされる人獣共通感染症である。病原性レプトスピラは, げっ歯類を中心とした多くの哺乳動物の尿細管に定着し, 尿中へと排出される。ヒトは, この尿との直接的な接触, あるいは尿に汚染された水や土壌との接触により感染し, 時に重症化(ワイル病)する1)。レプトスピラ症は抗菌薬で治療可能だが, 治療の開始が遅れると致命率が上昇するとの報告もあり, 早期の診断と治療開始が重要である2)。
1970年代前半までは年間50名以上の死亡例が報告されていたが, 近年では衛生環境の向上などにより患者数(死亡者数)は著しく減少した3)。一方で, 軽症例・不顕性感染も多く1), 流行地以外では医師の認知度が低い場合もあり, 発生状況が過小評価されている可能性がある。
今般, 2022年8月に福岡県の河川での曝露が原因と考えられるレプトスピラ症の集団感染が発生し, 積極的疫学調査を実施したので概要を報告する。
方 法
症例定義は, 2022年8月1日~10月31日までに, 福岡県内の医療機関を受診し, かつレプトスピラ症について, 病原体分離, 血清診断法(顕微鏡下凝集試験: MAT), レプトスピラ遺伝子のPCRによる検出のいずれかにより病原診断のなされたもの〔感染症発生動向調査(NESID)に確定症例として届出のあった症例をすべて含む〕を確定例とした。
可能性例として, (1)同期間に福岡県内の医療機関を受診, (2)急性発症し, 発熱(≧38℃)かつ筋肉痛, 黄疸等のレプトスピラ症に合致する症状のうち1つ以上の所見を有するもの〔ただし, 基礎疾患(肝硬変, 悪性腫瘍, 慢性腎不全, 血液疾患, 自己免疫疾患など)の経過による病態と考えられる場合, レプトスピラ症以外の感染症(ウイルス性肝炎, 無菌性髄膜炎などが明らかな場合)は除外対象とする〕, (3)発症日前14日以内の, 福岡県内の淡水や動物への曝露歴, のすべてを満たすものとした。
症例定義に基づき事例を記述的にまとめた。患者, 届出医師等への聞き取り, 推定曝露場所の観察調査を実施した。
結 果
2022年8月1日~2022年10月31日に計5例(確定例3例, 可能性例2例)が確認された。全例が8月13日に福岡県内の河川への入水(友人グループ7人で川遊びをした)の後2週間以内(潜伏期間は3~14日)に発症しており, 一峰性を示した(図)。
全例が男性, 10代後半~20代であった。確定例1例が入院し, 全例で発熱, 悪心・嘔吐, 頭痛, 筋肉痛の症状を認めた。川への入水の際は全員が軽装で, 「飛び込み」, 「頭までの入水」があった。計3例(確定例2例, 可能性例1例)で「川の水を飲みこんだ」, 「手足の受傷」があった。入水時川は増水しており, 茶色く濁っていた, とのことだった。全例, 発病2週間以内の海外, 既知の国内の流行地への訪問, 農業・土木作業などへの従事歴, 8月13日の川遊び以外の淡水でのレジャー歴はなかった。診断・届出した医師はレプトスピラ症患者の診断経験があり, 1例目が受診した際にレプトスピラ症も鑑別診断にあげられたが, 福岡県は流行地との認識はなく, 行政検査の依頼には至らなかった。その後, 複数の有症状者の共通の曝露行動歴が判明したことからレプトスピラ症を強く疑い, 検査, 診断に至った。
考 察
本事例では, 全例が肌を露出した状況で, 増水し濁った河川で遊泳した後, 潜伏期間以内に発症した。その他の曝露機会も確認されなかったことから, 福岡県内の河川での入水がレプトスピラの曝露機会であると考えられ, 今後も同様の曝露機会で県内の感染例が発生する可能性が懸念された。一方で, 非流行地と認識されている地域で流行地での曝露歴のない症例が診断に至ることは時に難しく, 潜在的な症例が見逃される可能性が示唆された。
以上より, レプトスピラ症に対する県内の医師の認知度を向上させるための情報共有(発生状況), 発熱, 悪心・嘔吐, 頭痛, 筋肉痛などの症状を呈する患者の鑑別診断にレプトスピラ症があげられるよう, 土壌への曝露や淡水でのレジャー歴等の問診を欠かさないこと, レプトスピラ症を疑った場合は, 検査, 届出を行うこと, 等診断・探知につながる取り組みを推奨していくことが重要であると考えられた。また, 県民や観光客に対して, 台風や大雨などでの増水や川の濁りがある場合は, 入水を避けること, 擦り傷や切り傷がある場合は, 川での遊泳やレジャーを控えること, 河川遊泳時に体に傷をつくらないよう着衣や履物, 特に足部の保護の重要性について, レプトスピラ症の感染予防のため啓発を実施していくことが重要であると考えられた。
謝辞:ご協力いただいた自治体, 届出医療機関の関係者の皆様に深謝申し上げます。
参考文献
- IASR 37: 103-105, 2016
- 鈴木 基ら, IASR 37: 110-111, 2016
- 国立感染症研究所, レプトスピラ症とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/531-leptospirosis.html