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腸管出血性大腸菌感染症O157 VT1&2におけるMLVA 21c034/22c010の広域事例の発生について

(IASR Vol. 44 p77-79: 2023年5月号)
 
はじめに

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は, 感染症発生動向調査事業実施要綱で3類感染症として定められている疾患である。EHEC感染症は, 診断した医師が直ちに保健所に届出を行う疾患である。EHEC感染症は, Vero毒素を産生する大腸菌の感染により消化器症状を呈する疾患で, 感染後の溶血性尿毒症症候群(HUS)等により死亡あるいは後遺症を残す可能性がある重篤な疾患である1)

EHECに汚染された食品が広範囲に流通した結果, 一見散発事例と思われる同時多発的な集団事例が報告されている1-3)。平成30(2018)年6月29日付厚生労働省事務連絡4)に基づき, 広域的に発生する食中毒事案の早期探知および有効的な調査等を目的として, 感染症法に基づく届出情報と食中毒患者データおよび反復配列多型解析(multiplelocus variable-number tandem-repeat analysis: MLVA)法によるデータの一覧化と共有の取り扱いが定められている。MLVA法の解析は菌株の各遺伝子座のリピート数が同一の場合はMLVA typeとし, 類似したMLVA typeの菌株をまとめてcomplexとし, complexは多くの食中毒事例で観察されている(本号6ページ表2参照5)。今回, complex 21c034/22c010による広域事例の発生を確認したので報告する。

対象と方法

症例定義は, 2021年6月1日~2022年12月31日にEHEC感染症O157 VT1&2と診断されたもののうち, complexが21c034または22c010であったものとした。解析に用いた情報は, 感染症サーベイランスシステム(NESID)と食品保健総合情報処理システム(NESFD)で共有されたMLVA法による菌株解析の結果と喫食情報が登録されたデータを用いた。なお, 解析はNESFDにNESIDのIDが記載されたデータを用いた。

結果・考察

症例は37例あり, complexは21c034が12例(主なMLVA type 21m0222: 10例)で, complex 22c010が25例(主なMLVA type 21m0222: 16例)であった。なかでもMLVA type 21m0222は全体の70%を占め, 2つのcomplexに含まれる最も多いMLVA typeであった。

症例は, 福岡県が23例, 長崎県が9例の順に多く, 埼玉県・千葉県・兵庫県・山口県・佐賀県から各1例で広域の自治体から報告された()。

症例37例は, 男性が51%で性差はなく, 年齢中央値が27歳で範囲が1-78歳と幅広い年齢層であった。発症患者が92%と多かったが, HUS等の重症例はなかった。診断月は, 6~8月が46%で, 12月~翌年2月が38%の順に多かった。推定感染経路は, 経口感染59%, 接触感染13%, 不明28%であった。経口感染についてNESFDデータを含めると, 潜伏期間(2-10日)に28例(76%)の外食歴があった(表1)。

外食歴のあった28例中家族内感染を否定できない7例を除いた21例について, 潜伏期間に利用した飲食店を分類した結果, 焼肉店が86%(18/21例)で最も多かった(表2)。焼肉店の所在地は, 福岡県が56%(10/18例), 長崎県が28%(5/18例), 大分県・山口県・他県が各1例で, 個別の感染事例として扱われていた。

外食歴がなし, もしくは不明な症例で推定曝露情報の記載があった5例について, 長崎県の2例は, 潜伏期間に生レバー(購入品)の喫食歴あり, 福岡県の3例は喫食日や店舗利用が不明であったが, 生レバー, 鶏刺しやハツ刺身の喫食歴があった。推定曝露情報が不明な症例は4例であった。

症例は, 同一complex(主なMLVA type 21m0222)による感染であった。また, 症例は, 8割に外食歴があり, そのうち9割が焼肉店を利用し, 症例が報告された自治体は関東から九州までの広域であった。これらより, 本事例は, 広域事例で共通した何らかの食品の喫食による感染の可能性が示唆された。

本報告の限界はNESIDおよびNESFDの情報がサーベイランス情報であることから, 疫学調査の情報の未登録やデータ結合IDの未登録などが発生している可能性が挙げられる。

本稿では, 個別の感染症例の中に, MLVAが共通する症例が多数含まれ, 広域事例の可能性を示唆するものであった。今後, 広域事例の対策や発生要因の判明に向けて, MLVAデータが共通した症例に関する疫学情報の集約や解析実施体制の構築が重要である。

謝辞: 日頃よりEHEC感染症の診療や発生動向調査にご尽力いただいております医療機関, 地方衛生研究所,保健所, 自治体本庁関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 感染症発生動向調査週報(IDWR)2002年第6号
  2. IASR 34: 126, 2013
  3. IASR 39: 77-78, 2018
  4. 平成30(2018)年6月29日付, 厚生労働省健康局結核感染症課並びに厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課事務連絡
    https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000307591.pdf
  5. 国立感染症研究所細菌第一部, MLVA法解説
    https://www.niid.go.jp/niid/images/bac1/20MLVA_Dec20.pdf
国立感染症研究所         
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