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アスペルギルス症: 薬剤耐性問題の現状と対策

(IASR Vol. 45 p25-26: 2024年2月号)
 

アスペルギルス症は, 環境中に広く存在するAspergillus属の糸状菌が原因となる深在性真菌症の1つである。胞子や分生子の形で空気中に浮遊し, ヒトがこれらを吸入することによって感染が生じる。特に, 侵襲性肺アスペルギルス症は, 免疫不全患者(好中球減少症の患者や造血幹細胞移植を受けた患者など)において発症しやすい。予後は非常に重篤で, 現在利用可能な最も効果的な治療薬を用いても, 依然として高い致命率を有している1)。経口抗真菌薬として国内承認されているのは, アゾール系抗真菌薬であるイトラコナゾール, ボリコナゾール, ポサコナゾール, イサブコナゾールのみである。長期投与が必要な外来治療において重要な役割を果たしており, 耐性化の進行は治療の困難化を招く可能性がある。

近年, 特に懸念されているのが, アゾール耐性アスペルギルスの出現である。ここ10年以上にわたり世界的な問題となっており, オランダ, 英国をはじめとする多くの国々で報告されている2)。アゾール耐性侵襲性アスペルギルス症患者の90日死亡率は, アゾール感受性感染症患者よりも約25%高く, 不適切な抗真菌薬療法を開始したボリコナゾール耐性アスペルギルス症患者では, 適切な治療を受けた患者よりも42日死亡率が高いことも明らかにされている3)。アゾール耐性株の割合は国によって異なり, 特定の耐性株が世界中に広がる可能性が指摘されている2)。日本においても, アゾール耐性のAspergillus fumigatusが環境および臨床から分離されている4,5)。この問題の重要性は世界保健機関(WHO)によっても認識されており, 2022年に発行されたWHOの『Fungal Priority Pathogen List』の最重要病原体としてA. fumigatusが掲載されている6)。このリストは, 公衆衛生上の脅威となる真菌病原体を優先順位付けし, 研究や資源の割り当てを促進するために作成されたものである。A. fumigatusのリスト入りは, この病原体のアゾール耐性が世界的に重要な健康問題であることを示している。

アゾール系抗真菌薬は, 真菌の細胞膜構成脂質エルゴステロールの合成に必要な, 14-α-デメチラーゼCyp51Aを阻害することによって薬剤の効果が発揮される。しかし, Cyp51Aの遺伝子変異やプロモーター領域の重複化によってCyp51Aの発現が上昇し, アゾール耐性が生じることが知られている7)。これらの変異はアゾール耐性の主要な要因とされており, 治療の困難化を招いている。近年の研究では, Cyp51A以外の遺伝子, 例えばHmg1は, 真菌の細胞膜合成にかかわる重要な酵素であり, この遺伝子の変異がアゾール系抗真菌薬に対する感受性に影響を与える可能性がある8)。このように, アゾール耐性の機序はCyp51Aの変異に限らず, より複雑な遺伝的背景に基づいていることが明らかになってきている。また, アゾール耐性の発生には, 患者におけるアゾール系抗真菌薬の長期投与が一因とされ, 長期投与が感性株を排除し, 耐性株の選択的増殖を促進する。これにより, 治療が困難な耐性株が優勢となる状況が生じる。さらに, アゾール系抗真菌薬と化学構造が似ている農薬の大量使用も, 環境中のアスペルギルス属の薬剤耐性獲得に寄与している可能性が議論されている9)。これらの農薬は, 環境中の真菌に対しても選択圧をかけ, 耐性株の出現を促進することが指摘されている。このような状況は, 医療用アゾール系抗真菌薬の効果を低下させるだけでなく, 公衆衛生上のリスクも高めることになる。

近年, A. fumigatus以外の近縁の菌種(隠蔽種とも呼ばれる)であるAspergillus lentulus, Aspergillus felisなどが臨床的に重要な病原体として報告されている10)。これらの隠蔽種は, A. fumigatusと比較して, アゾール系抗真菌薬やアムホテリシンBといった従来の抗真菌薬に対して低感受性, あるいは耐性を示すことが知られている。これらの抗真菌薬はアスペルギルス症治療に広く使用されているが, 隠蔽種による感染症では効果が限られる可能性がある。したがって, 原因菌種の正確な同定が重要であり, DNA配列解析が有効である。また, これらの隠蔽種に効果的な新しい抗真菌薬の開発や薬剤感受性試験の標準化が新たな課題となっている。

アゾール耐性アスペルギルスへの対応には, 新規抗真菌薬の開発, 既存薬使用ガイドラインの見直し, 耐性監視システムの強化が重要である。農業分野でのアゾール系抗真菌薬使用の制限も必要で, 環境中の耐性株拡散を防ぐことが求められる。早期診断と迅速な治療開始が重要であるが, 診断は困難であり, 他の肺疾患との鑑別が必要である。画像診断, 培養, 分子生物学的手法を組み合わせた診断戦略と, 薬剤感受性試験による適切な抗真菌薬の選択が治療成功の鍵となる。予防策としては, 免疫不全患者の環境管理が重要であり, 空気清浄器の使用や粉塵が多い環境への曝露回避, 免疫抑制療法を受ける患者への抗真菌薬予防投与が推奨される。

 

参考文献
  1. Earle K, et al., Virulence 14: 2172264 ,2023
  2. Burks C, et al., PloS Pathog 17: e1009711, 2021
  3. Lestrade PP, et al., Clin Infect Dis 68: 1463-1471, 2018
  4. Toyotome T, et al., J Infect Chemother 23: 579-581, 2017
  5. Onishi K, et al., Méd Mycol J 58: E67-E70, 2017
  6. World Health Organization, WHO fungal priority pathogens list to guide research, development and public health action, 2022
    https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/363682/9789240060241-eng.pdf
  7. Bosetti D and Neofytos D, Curr Fungal Infect Rep 17: 77-86, 2023
  8. Hagiwara D, et al., Emerg Infect Dis 24: 1889-1897, 2018
  9. Chowdhary A, et al., PloS Pathog 9: e1003633, 2013
  10. Lamoth F, Front Microbiol 7: 683, 2016
国立感染症研究所真菌部
 梅山 隆

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