国立感染症研究所

 

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オランダにおける廃水処理施設が感染源と特定されたレジオネラ症の集団発生事例

(IASR Vol. 45 p119-120: 2024年7月号)
 

冷却塔, 建物の給水システム, 入浴施設等に加え, 近年, レジオネラ症(LD)の集団発生の原因として廃水処理施設(WWTP)が特定されるようになってきた。本稿では, 疫学調査, レジオネラ菌の全ゲノムシーケンス, 症例数, 人口密度, 距離を考慮した空間的発生源特定モデル(spatial source identification and wind direction model)と, 風速と潜伏期間を考慮した風向モデル(wind direction model)の統計モデルにより, 2つの廃水処理施設を感染源と特定したオランダの事例の報告を抄訳し紹介する。

2022年9月19~28日, ユトレヒト市保健局(MHS)に5例のLD患者が報告された。過去5年間, 当該地域でLD患者の報告はなく, エアロゾルに曝露された可能性が高いと報告された症例もなかったため, 9月30日に感染源の特定と管理対策の実施を目的としたアウトブレイク調査が開始された。

本事例の症例定義は, 肺炎と診断され, かつ細菌学的検査の結果が欧州基準のLDの疑い例もしくは確定例を満たすもので, 2022年9月1日以降に発症したハウテン市内またはハウテン市から5km以内に居住する者, または潜伏期間内にハウテン市を訪れた者で, 他の感染源が明らかでない患者, を確定例, L. pneumophila SG1-6抗体の1回のみの高値を可能性例とした。その結果, 15例が症例定義に合致し, 3例が喀痰培養陽性となった。喀痰検体からはLegionella pneumophila血清群1(SG1)sequence type(ST)82が2症例から, L. pneumophila SG1 ST42が1症例から検出された。

環境調査では, 産業廃水処理施設〔industrial WWTP(iWWTP)〕と自治体廃水処理施設〔municipal WWTP(mWWTP)〕の両方からレジオネラ属菌が検出され, それぞれ2,000万CFU/L, 1,000万CFU/Lと高濃度であった。iWWTPとmWWTPの両方からL. pneumophila SG1, ST2678が検出され, cgMLST(core genome multilocus sequence typing, 1,521 locusを標的とし, STの7標的より解像度が高い)も同一であったが, 臨床分離株の型別とは不一致であった。iWWTP内にはmWWTP内よりもレジオネラ属菌の増殖に適した, 温かく栄養に富んだ水があり, iWWTPはmWWTPに処理水を排出していたので, iWWTPがmWWTPの汚染源であったかもしれない。

mWWTPの別の2検体からL. pneumophila SG1 ST42が検出され, 患者1症例のタイピング結果と一致した。この結果はcgMLSTで裏付けられた。空間的発生源同定モデルでは, 発生源となりうる場所からの距離が遠くなると, LD発生率が減少するかが検討され, 最も可能性の高い発生源として, ハウテン市の南西に位置するiWWTP, mWWTP, 廃棄物処理会社の3つが挙げられた(図1)。風向モデルでは, 風上方向が発生源となりうる場所の方向と相関するかが検討され, 発生期間中の主な風向は南/南西/西であり, mWWTPは風上方向と最も一致していた(図2)。

WWTPでのレジオネラの検出と, 空間的発生源同定モデルの結果に基づき, WWTPの一部の曝気槽を停止するなど, エアロゾルの発生を防ぐための管理対策が実施された。2022年10月14日に管理対策がとられた後, 最大潜伏期間である14日を経過した後もそれ以上の症例は発生しなかった。この事例では, 疫学調査と微生物学的検査結果, および統計的モデリングなどの学際的な調査を実施したことにより, LDの感染源としてあまり知られていない対象を特定し, 管理対策を実施した結果, アウトブレイクは終息した。WWTPがLDの集団発生を引き起こす可能性が示唆され, 公衆衛生の専門家は潜在的な発生源のひとつとして認識しておく必要がある。

 
 出典
Roan P, et al., Euro Surveill 29: 2300506, 2024
https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2024.29.20.2300506
   抄訳担当: 国立感染症研究所        
    実地疫学専門家養成コース
     北岡政美   
    実地疫学研究センター
     島田智恵 砂川富正

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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