海外渡航者へのデング熱予防に関する情報提供
(IASR Vol. 45 p142-143: 2024年8月号)筆者らは, 2011年から厚生労働科学研究費補助金事業や国立医療研究開発機構研究費事業の一環として, 海外渡航者への蚊媒介ウイルス感染症の予防対策に関する調査研究を行ってきた。今回は, デング熱の予防対策に関する調査結果について紹介する。
アジア在留邦人のデング熱と予防対策
日本では厚生労働省の感染症発生動向調査により, 国内で診断されたデング熱患者数が届出されている。この数は2010年以降増加しており, 2019年は463人にのぼった。一方, 日本からの渡航者が海外でデング熱と診断された数は不明なため, 筆者らはフィリピン・マニラの日本人会診療所におけるデング熱患者数を調査した。この診療所の受診者は, マニラに在住する日本企業からの駐在員とその家族が大多数を占めている。その結果, 2012~2015年には同診療所で175人のデング熱患者が診断されており, 患者発生は雨期に多い傾向であった1)(図)。マニラでは2011年に在留邦人を対象に「感染症対策講演会」を開催しており, この参加者を対象にデング熱に関するアンケート調査を行った(回答者76人)。「デング熱の予防をしている」との回答は51人(67.1%)で, 予防をしていない者に理由を質問したところ, 「予防方法が不明」との回答が多かった。
そこで, アジア在留邦人のデング熱予防の実態を明らかにするため, 2014~2015年にシンガポールの日本人会診療所の受診者を対象にアンケート調査を行った(回答者259人)2)。この診療所の受診者の大多数も, 同国に在住する日本企業からの駐在員とその家族である。「日頃から蚊の対策を行っている」との回答は225人(86.9%)で, 対策としては「昆虫忌避剤の使用」(56.0%)や「蚊を増やさない対策」(48.6%)が多く, 「殺虫剤の使用」(23.6%), 「皮膚を露出しない」(14.7%), 「窓に網戸を張る」(4.6%)は少なかった。デング熱の知識に関する質問では, 「媒介蚊は昼間吸血する」ことを知っている者は100人(38.6%)と少なかった。デング熱を媒介するネッタイシマカは昼間吸血する習性があり, 昼間, 蚊に刺されない対策が予防には重要であるが, この知識が現地の在留邦人には乏しいことが明らかになった。
2016年には, シンガポールで在留邦人を対象に「感染症対策講演会」を開催し, 講演会参加者にアンケート調査を行った(回答者89人)3)。デング熱など感染症情報の入手元としては, 「日本大使館情報(56.2%)」や「日本人会情報(29.2%)」など, 日本語の情報が多く, 「現地のテレビ番組」や「現地のポスター」など日本語以外の情報元から入手している者は少なかった。
こうした結果から, 在留邦人へのデング熱予防のためには, 日本語による情報提供が必要であると考え, アジアの主要都市(マニラ, シンガポール, ジャカルタ, デリー)で筆者らが講師となり「感染症対策講演会」を開催するとともに, ホームページ「海外渡航と病気.org」(https://www.tra-dis.org/)による情報提供や, 小冊子「デング熱予防の手引き」(https://www.tra-dis.org/assets/data/dengue_guide.pdf)を配布するなどの対応を行った。
出国前の予防対策
海外渡航者のデング熱予防には出国前の情報提供が大切であり, 海外渡航予定者を対象にした2つの知識状況の調査を行った。
1つは, インターネット調査会社のモニターによる調査である4)。調査対象者は「半年以内に発展途上国に渡航予定のある者」500人で, 調査は2017年に実施した。その結果, デング熱は「蚊が媒介する」を知っていた者は414人(82.8%)であったが, 「媒介蚊は昼間吸血する」は100人(20.0%)と少なかった。
もう1つは, 東京医科大学病院・渡航者医療センターを受診した発展途上国への渡航予定者(140人)の調査で, 2017~2018年に実施した5)。デング熱は「蚊が媒介する」を知っていた者は116人(82.9%)であったが, 「媒介蚊は昼間吸血する」は21人(15.0%)と大変少なかった。本調査の対象は海外渡航予定者の中でもトラベルクリニックの受診者であり, 滞在先の感染症への関心が高い集団であるが, デング熱予防に関する知識が不十分であることが明らかになった。
以上の調査結果から, 出国前にデング熱予防に関する情報提供を, トラベルクリニックなどで十分に行う必要があると考え, 海外での蚊媒介感染症対策を目的にした動画を作成した。この動画は次のサイトから視聴できる(https://www.tra-dis.org/infection/movie.html)。
筆者らは10年以上にわたり, アジアを中心に海外渡航者へのデング熱予防に関する情報提供を行ってきた。マニラの日本人会診療所でのデング熱患者数調査は2019年まで行われており, 2016~2019年は110人と, 2012~2015年の175人よりやや減少傾向にあった6)。我々の情報提供の効果が, こうした要因の1つになっていると考えることもできるであろう。
参考文献
- Hamada A, et al., Tropical Medicine and Health 44: 27, 2016
- 多田有希ら, 日本渡航医学会誌 9: 20-25, 2015
- 吉川みな子ら, 日本渡航医学会誌 11: 15-21, 2017
- 栗田 直ら, 感染症学雑誌 92: 863-868, 2018
- 大野ゆみ子ら, 日本渡航医学会誌 13: 8-12, 2019
- 菊地宏久ら, 日本渡航医学会誌15: 69-73, 2021