近年のわが国における麻疹の発生動向
(IASR Vol. 45 p150-151: 2024年9月号)世界保健機関(WHO)は適切なサーベイランスシステムが存在する国または地域において, 12カ月間以上, 伝播を継続した麻疹ウイルスが確認されない状況を「麻疹排除」と定義している1)。日本は, 2015年に麻疹排除状態にあると認定を受けたが, 「麻しんに関する特定感染症予防指針〔平成19(2007)年厚生労働省告示第442号〕」(以下, 指針)に基づき, 排除状態の維持を目標に定め, 引き続き発生およびまん延の防止に努めている。一方で, 2016年以降も海外からの旅行者を発端とした集団発生や, 医療機関における集団発生, 麻しん含有ワクチン接種率が低い集団における集団発生等の複数の集団発生が報告され2-4), 2019年の年間届出数は排除達成後最多の744例であった。本稿では, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行(パンデミック)にともなう水際対策が緩和された5)以後の, 2023年第1週~2024年第26週(2023年1月1日~2024年6月30日)までに感染症発生動向調査へ届け出られた麻疹症例を対象に疫学情報や検査実施状況について記述した。
COVID-19パンデミック中の2020~2022年の年間麻疹届出数は10例以下と大きく減少していたが, 2023年は28例, 2024年(第26週時点)は24例の計52例と, 届出は増加した(図)。52例の基本属性は, 男性34例(65%), 女性18例(35%), 年齢中央値28歳(四分位範囲: 22-37歳)であった。うち33例(63%)は20~30代であった。麻しん含有ワクチン接種歴は, 接種なしが15例(29%), 1回接種が16例(31%), 2回接種が8例(15%), 不明が13例(25%)であった。2回接種を完了していない者と不明の合計である44例のうち, 2回の麻しん含有ワクチンの定期接種機会があった1990年4月2日生まれ以降の世代を含む20~30代は27例(61%)であった。
推定感染地域を国外とする届出症例は19例(37%)であり, 渡航先はアラブ首長国連邦やインドネシア, タイなどであった。海外輸入症例を発端として, 国内の航空機や新幹線などの公共交通機関内における国内での二次感染例も確認されたが, 麻しん含有ワクチン接種歴が2回接種であった例からの二次感染者は確認されなかった。
病型は, 麻疹(検査診断例)が42例(81%), 修飾麻疹(検査診断例)が10例(19%)であった。麻疹の診断までに複数の医療機関を受診していた症例も複数例確認された。また, 行政検査であるPCR検査で診断された症例は47例(90%)であり, うち遺伝子型解析結果も34例(65%)で報告されていた。型不明を除き, すべて東南アジアや西太平洋地域を中心に検出されているD8型であった(2024年5月27日時点)。
届出症例の潜伏期間は中央値8日(範囲: 7-10日), このうち修飾麻疹として届け出られた症例に限ると中央値13日(範囲: 10-20日)であった。
海外から日本国内への麻疹ウイルスの持ち込みリスクがあり, 日本の人口の中には2回の麻しん含有ワクチン接種未完了者が一定数存在することから, 渡航者本人の感染予防および帰国後の感染拡大防止のためには渡航前2回のワクチン接種歴があることの確認・実施が重要である。また, 麻疹の確実な診断のために遺伝子検査が求められている。引き続き検査体制の維持と麻疹が疑われる際の検体採取と遺伝子検査の実施の徹底が望まれる。
なお, 今回の記述疫学でも観察された通り, 修飾麻疹の潜伏期間は麻疹より長いことを踏まえて, 医療機関や保健所等における現場対応においても考慮していく必要がある。
謝辞: 日頃より感染症発生動向調査にご協力いただいている医療機関や各自治体の皆様に深謝いたします。
参考文献
- WHO, Measles and rubella strategic framework: 2021-2030
https://www.who.int/publications/i/item/measles-and-rubella-strategic-framework-2021-2030 - 中村麻子ら, IASR 40: 57-58, 2019
- 久髙 潤ら, IASR 40: 53-54, 2019
- 下尾貴宏ら, IASR 40: 60-61, 2019
- 内閣官房, 今後の水際措置について〔令和5(2023)年4月28日〕
https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdf2/20230428.pdf