麻疹の抗体保有状況―2023年度感染症流行予測調査(暫定結果)
(IASR Vol.45 p152-153: 2024年9月号)はじめに
感染症流行予測調査における麻疹の感受性調査(抗体保有状況調査)は, 国民の抗体保有状況を把握することで, 効果的な予防接種施策の立案ならびに麻疹を含むワクチン予防接種疾患の発生を防ぐことを目的としており, 乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層における予防接種状況ならびに抗体保有状況について1978年度に開始後, ほぼ毎年実施されてきた。本事業は, 都道府県の各地方衛生研究所(地衛研)と国立感染症研究所(感染研)との密接な連携のもとに, 予防接種法に定められた疾病の血清疫学調査および感染源調査を全国規模で行っており, 調査結果は感染研webサイトでも公開している。2023年度は, わが国における麻疹排除認定(2015年3月)から8年後の調査となる。
国内の麻疹に対する予防接種は, 1966年に任意接種として始まり, 1978年10月に予防接種法に基づく定期接種となった。当時の定期接種対象年齢は, 生後12か月以上72か月未満であったが, 1995年度から定期接種対象年齢が生後12か月以上90か月未満に変更となり, 2006年度からは第1期(生後12か月以上24か月未満), 第2期(5歳以上7歳未満で小学校就学前1年間の者)の2回接種となった。また, 2008~2012年度の5年間は, 10代への免疫強化を目的として第3期(中学1年生), 第4期(高校3年生相当年齢の者)の定期接種が実施された。この間, 1989年4月~1993年4月の4年間は, 麻疹の定期接種として麻しんワクチンあるいは麻しんおたふくかぜ風しん混合ワクチンの選択が可能であった。2006年度からは麻しん風しん混合ワクチンが導入されている。
調査対象
2023年度の麻疹感受性調査は21都道府県で実施され, 各地衛研において酵素免疫測定(EIA)法により麻疹IgG抗体価が測定された。なお, ゼラチン粒子凝集(PA)法による調査はPAキットの販売中止にともない, 2022年度で終了した。採血時期は, 原則として毎年7~9月とし, 0~1歳, 2~3歳, 4~9歳, 10~14歳, 15~19歳, 20~24歳, 25~29歳, 30~39歳, 40歳以上の9年齢区分, 22名ずつ, 計198名を対象として実施した。
抗体保有状況
2023年度は5,483名, 0歳0か月~93歳までの抗体価が報告された(https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/12596-measles-yosoku-serum2023.html)。2.0以上のEIA抗体保有率をみると, 全体で96.2%であった。ほとんどの年齢および年齢群で95%以上の抗体保有率であったが, 0~5か月(77.8%), 6~11か月(35.1%), 1歳(84.3%), 10歳(94.1%), 12歳(92.4%), 13歳(92.4%), 14歳(94.9%), 15歳(93.3%), 16歳(93.2%), 17歳(89.6%)が95%未満であった。加えて, 麻疹抗体陽性と判断される4.0以上のEIA抗体保有率は, 全体で86.0%(4,716/5,483名)であった。年齢別にみると, 40~44歳群まではすべての年齢で95%を下回り, 45~49歳群以上では95%以上の抗体保有率であった。EIA法では, 2.0以上4.0未満までの間に判定保留域が設定されており, 判定には注意が必要である。EIA16.0以上の高い抗体価の割合は, 7歳から40~44歳群で50%を下回り, この年齢層において高いEIA抗体価を保有する人の割合が低いことを示している。EIA法, PA法により測定された抗体価は必ずしも麻疹に対する発症予防効果の強さを反映しないと考えられるが, 2022年度まで実施されていたPA法による調査においても, 10代を中心にPA抗体価1: 128以上の抗体保有者が90%に満たない年齢層が複数確認されている。
まとめ
2023年度感染症流行予測調査より, 麻疹の抗体保有状況をまとめた。移行抗体は, おおむね生後6か月以降に漸減し始め, 1歳時にはほぼ消失するとされている。そのため, 1歳に到達した直後の小児へのワクチン接種を推奨している。2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行では, 定期接種(1歳の第1期と小学校入学前1年間の第2期の2回接種)の一時的な接種控えが発生し1), 厚生労働省2)ならびに日本小児科学会1)では予防接種を遅らせないように積極的な勧奨を行った。しかし, 今回の結果では, 1歳児や10代の抗体保有率の低さが目立つ結果となった。これは昨年度のPA法による調査結果と同様の傾向である。2009年以降最多の患者届出数となった2019年には, 20歳以上の成人における麻疹が多くみられており, 全患者のうち35.6%は1回または2回の麻しん含有ワクチン接種歴のある者であった3)。麻疹の集団発生を抑え込むためには, 高い予防接種率とすべての年齢層における95%以上の抗体保有率の維持が重要である。しかしながら, 高いEIA抗体価を持つ者の割合が低い年齢層が多く存在することは明らかであり, ワクチン接種者から患者の発生が続いていることからも, 患者発生状況を注視する必要がある。
参考文献
- 公益社団法人日本小児科学会, 新型コロナウイルス感染症流行時における小児への予防接種について
http://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=345(2024年6月28日アクセス) - 厚生労働省, 遅らせないで!子どもの予防接種と乳幼児健診~新型コロナウイルス対策が気になる保護者の方へ~
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11592.html(2024年6月28日アクセス) - IASR 41: 53-55, 2020