国立感染症研究所

 

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2023/24シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 45 p182-186: 2024年11月号)
 
1.流行の概要

2023/24シーズン(2023年9月~2024年8月)のインフルエンザは, 世界的には, 過去2シーズンにみられたはっきりとした二峰性のピークではなく, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)流行前のようなピークが1つの流行であった。流行のピークは, これまで多くの場合1月であったが, 今シーズンは12月にみられ, 若干早い流行であった。ウイルスの型としては, A型・B型ウイルスともに検出され, A型ウイルスの検出数がB型ウイルスのそれよりも多かった。国・地域により割合は異なるが, 全体としてはA型ウイルスではA(H3N2)が多く検出され, B型ウイルスはすべてがVictoria系統であった。日本の流行は, 冬の流行が3シーズンぶりにみられた2022/23シーズンのピーク(2023年第6週)後, 全国の定点当たり患者報告数は減少したが1.0以下になることなく, そのまま2023/24シーズンに入った。2023年第36週以降報告数は増加し, 第49週でピークとなり年末に向かって減少したが, 2024年第1週以降再び増加後, 第6週でピークとなり, それ以降減少するという二峰性のピークが確認された。亜型・系統別では, 2023年中はA/H3とA/H1pdm09が多く報告された(A/H3>A/H1pdm09)が, 年明けからB型(Victoria系統のみ)が多く報告された。

2.各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析

2023/24シーズンに分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は, 各地方衛生研究所(地衛研)において, 国立感染症研究所(感染研)から配布された同定用キットを用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。HI試験が困難な場合はPCR法による亜型同定が推奨されている。感染研では, 感染症サーベイランスシステム経由で地衛研および保健所から報告された情報を収集し, 分離および型・亜型同定されたウイルス株の分与を受けた。分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について, ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清・ヒトワクチン接種後血清を用いたHI試験あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

遺伝子系統樹解析図1: 臨床検体を含む国内294株および海外(韓国, モンゴル, ラオス)34株について解析を実施した。最近の流行株はクレード6B.1A.5a.2a(略名: 5a.2a=新クレード名C.1)(K54Q, A186T, Q189E, K308R)に属している。C.1(5a.2a)内には, クレード5a.2a.1(P137S, K142R)(=C.1.1)(代表株A/Wisconsin/67/2022), C.1.7(D94N, I533V), C.1.7.2(K142R), C.1.8(V47I, T120A), C.1.9(T120A, K169Q)などが派生している。またC.1.1(5a.2a.1)内にはサブクレードD(T216A)(代表株A/Victoria/4897/2022), D.1(R45K), D.2(R113K)などが派生しており, 世界的にはD, D.1, D.2, C.1.8, C.1.9が主流となっている。解析した国内株の61.9%が5a.2a.1に, 38.1%が5a.2aに属した。新(サブ)クレードの分類では, D.2(49.3%), C.1.9(26.9%), C.1.7.2(5.8%), D.1(5.4%), C.1.1(5.4%), C.1(4.4%)などであった。

抗原性解析: 8種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 国内分離株251株および海外(韓国, モンゴル, ラオス)分離株31株について, HI試験による抗原性解析を行った。その結果, 分離株はいずれも2023/24シーズンワクチン株A/Victoria/4897/2022(Dに属する), C.1, C.1.1およびC.1.7に属するウイルスに対するフェレット感染血清のいずれともよく反応した。ワクチン接種を受けたヒトの血清を用いた解析においては, C.1C.1.1に属するウイルスとよく反応したが, C.1.7に属するウイルスとは反応性が若干低下した。

2-2)A(H3N2)ウイルス

遺伝子系統樹解析図2: 国内334株および臨床検体を含む海外(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)43株について解析を実施した。最近の流行株は, HA遺伝子系統樹上のクレード3C.2a1b.2a.2(Y159N, T160I, L164Q, G186D, D190N)(略名: クレード2=新クレード名G)に属している。クレード2内ではさらに2a(H156S)(=G.1)(代表株A/Darwin/9/2021), 2b(E50K, F79V, I140K)(=G.2)に分岐している。2a内には現在, 2a.1b(I140K, R299K)(=G.1.1.2), 2a.3a.1(I140K)(=J)(代表株A/Thailand/8/2022)などが分岐している。2a.3a.1J)にはさらに, J.1(I25V, V347M), J.2(N122D, K276E), J.3(V505I)などが派生しており, 世界的には2a.3a.1J)内のJ.1およびJ.2が主流である。国内株はすべてクレード2に属し, 96.7%が2a.3a.1であり, 他に2a.1b, 2bも検出された。新(サブ)クレードの分類では, J.1(66.8%), J.2(18.0%), G.2.1(1.6%), G.1.1.2(1.3%), J(0.8%)であった。

抗原性解析: 国内分離株300株および海外(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)分離株31株について, 8または9種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を行った。国内外の流行株については, 試験したほとんどの株が, 2023/24シーズンワクチン株のA/Darwin/9/2021(G.1に属する)に対するフェレット血清とおおむねよく反応したが, JあるいはJ.2に属するウイルスに対するフェレット感染血清との反応性の方がより良い傾向にあった。J.2に属するウイルスのうちN158K変異をもつ株はA/Darwin/9/2021およびJ.2クレードに属するウイルスのフェレット感染血清の両方に対して反応性が低下した。ワクチン接種を受けたヒトの血清を用いた解析においては, J.1J.2に属するウイルスとの反応性が顕著に低下した。

2-3)B型ウイルス

遺伝子系統樹解析

山形系統: 国内外ともに検出報告はなかった。

Victoria系統図3: 国内200株および臨床検体を含む海外(韓国, モンゴル, ミャンマー, ラオス)26株について解析を行った。近年のウイルスは, 成熟HAに3アミノ酸欠損をもつクレードV1A.3(162-164アミノ酸欠損, K136E)(新クレード名A.3)内のV1A.3a.2(略名: 3a.2=C)(A127T, P144L, K203R)(代表株B/Austria/1359417/2021)に属している。C内にはC.1(H122Q), C.3(E128K, A154E), C.5(D197E)などが派生しており, C.5にはさらにC.5.1(E183K), C.5.6(D129N), C.5.7(E183K, E128G)などが派生している。世界的にはC内のC.5.1, C.5.6, C.5.7が主流である。国内株はC.5.7(46.0%), C.5.1(23.9%), C.5.6(11.9%), C.5(6.2%)であった。

抗原性解析

山形系統: 世界的に解析された株はなかった。

Victoria系統: 8種類の参照ウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 国内分離株188株および海外(韓国, モンゴル, ラオス)分離株20株について, HI試験による抗原性解析を行った。試験したすべての株が, 2023/24シーズンのワクチン株のB/Austria/1359417/2021(Cに属する)に対するフェレット感染血清とよく反応した。ワクチン接種を受けたヒトの血清を用いた解析においても, 流行株とよく反応した。

3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状

季節性インフルエンザウイルスに対する抗インフルエンザ薬としては, M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル), 4種類のNA阻害剤オセルタミビル(商品名タミフル), ザナミビル(商品名リレンザ), ペラミビル(商品名ラピアクタ)およびラニナミビル(商品名イナビル), そしてキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤バロキサビル(商品名ゾフルーザ)が承認されている。M2阻害剤はB型ウイルスに対して無効であり, さらに, 現在国内外で流行しているA型ウイルスはM2阻害剤に対して耐性を示す。したがって, インフルエンザの治療には, 主に4種類のNA阻害剤およびバロキサビルが使用されている。薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し, 国や地方自治体, 医療機関ならびに世界保健機関(WHO)に対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地衛研と共同で, 薬剤耐性株サーベイランスを実施している。

NA阻害剤については, 地衛研においてA(H1N1)pdm09ウイルスのNA遺伝子解析によるオセルタミビル・ペラミビル耐性変異H275Yの検出を行い, 感染研において薬剤に対する感受性試験および既知の耐性変異の検出を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては, 地衛研から感染研に分与された分離株について薬剤感受性試験および既知の耐性変異の検出を行った。バロキサビルについては, 地衛研においてPA遺伝子解析によるバロキサビル耐性変異I38Xの検出を行い, 感染研において薬剤感受性試験および既知の耐性変異の検出を実施した。アマンタジンについては, 感染研において既知の耐性変異の検出を実施した。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

NA阻害剤については国内分離株1,016株および海外分離株(韓国, モンゴル, ラオス)31株, バロキサビルについては国内分離株436株および海外分離株(韓国, モンゴル, ラオス)34株の解析を行った結果, 国内でオセルタミビル・ペラミビル耐性株が5株, バロキサビル耐性変異株が2株検出された。アマンタジンについては国内分離株259株および海外分離株(韓国, モンゴル, ラオス)34株の解析を行った結果, すべて耐性であった。

3-2)A(H3N2)ウイルス

NA阻害剤については国内分離株296株および海外分離株(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)25株, バロキサビルについては国内分離株762株および海外分離株(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)43株の解析を行った結果, 国内でバロキサビル耐性変異株が4株検出された。アマンタジンについては国内分離株312株および海外分離株(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)43株の解析を行った結果, すべて耐性であった。

3-3)B型ウイルス

NA阻害剤については国内分離株323株および海外分離株(韓国, モンゴル, ラオス)22株, バロキサビルについては国内分離株194株および海外分離株(韓国, ミャンマー, モンゴル, ラオス)25株の解析を行った結果, 耐性株は検出されなかった。

本解析は, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行にともなう感染症発生動向調査事業に基づくインフルエンザサーベイランスとして, 医療機関, 保健所, 地衛研との共同で実施された。さらに, ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために, 新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター〔米国疾病予防管理センター(CDC), 英国フランシスクリック研究所, 豪州ビクトリア州感染症レファレンスラボラトリー, 中国CDC〕から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績をまとめたものであり, 個々の成績は感染症サーベイランスシステム内の病原体検出情報サブシステムにより毎週地衛研に還元されている。また, 本稿は上記事業の遂行にあたり, 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 

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 インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
 第一室・WHOインフルエンザ協力センター
  岸田典子 中村一哉 藤崎誠一郎 高下恵美 佐藤 彩
  秋元未来 三浦秀佳 森田博子 永田志保 白倉雅之
  菅原裕美 渡邉真治 長谷川秀樹                
 インフルエンザ株サーベイランスグループ

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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