国立感染症研究所

 

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欧米諸国および本邦における重症急性呼吸器感染症(SARI)サーベイランスについて

(IASR Vol. 45 p200-201: 2024年11月号)
 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを契機に, 国際的にも急性呼吸器感染症(ARI)に関する包括的なサーベイランス体制への移行が求められている。本邦においても, 将来のパンデミックに備え, 「インフルエンザに関する特定感染症予防指針」をインフルエンザウイルスだけでなく, COVID-19, RSウイルス(RSV)感染症を含むARI全体に拡大する包括的な策定が議論されている。本稿では, 特にリスクが高い「重症」急性呼吸器感染症(SARI)について, 諸外国の状況と日本の取り組みを紹介する。なお, SARIの症例定義は以下としている。

以下1), 2)の重症呼吸器感染症の基準を両方満たす

1)A~Dすべてを満たす

A.呼吸器感染病原体が検出されているまたは強く疑う

B.咳嗽など気道症状がある

C.発症から10日以内である

D.入院時点において, 「施設入所中・気管切開中・著明な嚥下機能低下を有することが確認されている」のいずれにも該当しない

2)E~Gのうちいずれか1つ以上を満たす

E.胸部画像検査で, 浸潤影がある

F.室内気吸入下でSpO2 94%以下

G.新たな酸素投与/侵襲的機械換気/非侵襲的機械換気が導入された

除外基準

結核と診断されている, または結核が強く疑われている

米国では, 既存のインフルエンザ, COVID-19, RSV感染症に関するサーベイランスを統合した形で, Respiratory Virus Hospitalization Surveillance Network(RESP-NET)1)が開始されている。このシステムでは, 検査室ベースでSARI症例を監視し, 入院患者の臨床情報を収集することで, 感染症の重症度や医療機関への負担がモニタリングされている。RESP-NETは州ごとの病院ネットワークを通じてリアルタイムでデータを提供し, 公衆衛生上の意思決定に役立てられている。しかし, 既存のサーベイランスを統合したことから, 参加している州はそれぞれの感染症で異なっている。また, 病原体データは公衆衛生研究機関へ提供され, 疫学研究や新薬開発にも活用され, パンデミック対策や病原体の変異株監視も進められている。

英国では, 2020年にSARI-Watch2)が設立され, 既存のインフルエンザとRSV感染症の監視に加え, COVID-19の重症呼吸器感染症を監視している。特に, インフルエンザやRSV感染症では, 体外式膜型人工肺(ECMO)を含む集中治療を要するケースのデータが収集されている。ECMO治療は, インフルエンザやRSV感染症の重症患者にとって重要な生命維持手段であり, SARI-Watchはこのような高度医療を受けた症例に注目している。このシステムでは, 年齢, 性別, 合併症, 治療法などの詳細な臨床情報が併せて収集され, 公衆衛生政策の立案に活用されている。また, COVID-19症例の重症度やICU入院率に関するデータも詳細に分析され, 英国政府のパンデミック対応の指針としても役立てられている。SARI-Watchは, 感染症拡大の早期警戒システムとして機能し, 今後のパンデミック対策においても重要な役割を果たしている。

欧州連合(EU)では, European Respiratory Virus Surveillance Summary(ERVISS)3)が主要なSARI監視システムとして機能しており, 2014年に開始された。このシステムは, EU加盟国のうちSARI監視体制の整った11カ国の定点医療機関からSARI症例が報告され, インフルエンザ, RSV感染症, COVID-19などの呼吸器ウイルスの流行状況を監視している。EU加盟国内でのデータ収集は, 感染症の動向やパンデミックのリスク評価を行うために非常に重要である。これらのデータは欧州疾病予防管理センター(ECDC)に集約され, 加盟国間での公衆衛生対策に役立てられている。EU内では, インフルエンザとRSV感染症が冬季において特に流行するため, ERVISSはその動向を把握し, 各国の対応策を調整する役割を果たしている。また, COVID-19パンデミック時には, 各国の病床逼迫状況やICUの稼働率も含めたデータが迅速に共有され, 加盟国の公衆衛生機関が協力し, 対応策が強化された。

日本でも, COVID-19の経験を踏まえ開始された患者情報と検体を収集管理する事業である新興・再興感染症データバンク事業ナショナル・リポジトリ(REpository of Data and Biospecimen of INfectious Disease: REBIND)4)において, 2024年9月にSARI症例が対象感染症として追加された。対象は, 先に挙げた定義に加え, 公衆衛生上重要な呼吸器疾患病原体も収集できるようにしている。感染症臨床研究ネットワーク下でレポジトリ機能を持つREBINDは, 入院患者の同意を得たうえで臨床情報や検体を収集・保管し, 国や研究者, 企業による公衆衛生および研究開発目的での利活用が期待されている。REBINDで得られる臨床データと病原体データや分離された病原体等の利活用により, 診断薬, 治療法, ワクチンの研究開発等に役立てられる。特に, 新興感染症のリスク評価や早期対応を可能にするための研究による利活用に重点が置かれており, 国内での感染症対策が強化されるとともに, 国際的なパンデミック対策にも貢献できる。REBINDでのSARIは, 発熱の有無にかかわらず, 原則として酸素需要をともなう入院症例を対象とし, COVID-19, インフルエンザ, RSV感染症のほか, 病原体が不明な症例も対象となっている。

REBINDでは, いくつかの課題も浮上している。特に, 病原体が不明な症例に対する検体解析をどこまで行うかや, どこまで詳細なデータを収集すべきかについてはさらなる議論が必要である。これらを解決するために研究が行われている。1つは, レポジトリへの患者情報の入力の負担を軽減する方法を検討することを目的とした, レセプト情報や電子カルテから収集可能な情報を活用した症例報告書を作成する研究である。加えて既存検体をもちいた, 病原体の探索を現実的かつ効率的に進めるための研究も実施されている。これらの取り組みにより, 日本国内での感染症対策が一層強化されるとともに, 国際的な感染症監視システムとの連携が深まり, 次なるパンデミック対策に貢献することが期待されている。

 

参考文献
国立国際医療研究センター病院
 松永展明 大曲貴夫

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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