
魚介類とトキソプラズマ
(IASR Vol. 46 p13-14: 2025年1月号)はじめに
トキソプラズマは, すべての哺乳類, 鳥類の食肉中に含まれる組織シストまたはネコ科動物から糞便とともに排出されるオーシストを感染源とする。本稿ではこれらのうち, 海産の魚介類や海獣類について取りあげる。中でも特に, 貝類はトキソプラズマの宿主ではないが, 濾過摂食性であるため水中のオーシストを濃縮する可能性がある。また, 海獣類は哺乳動物であるため筋肉中に組織シストを含んでいる可能性がある。
トキソプラズマ感染におけるリスク要因解析
2002~2007年に, 米国での急性トキソプラズマ感染例を対象とした多変量解析によるリスク解析を行った結果, 牛生ひき肉, 生ラム肉, 現地生産の塩漬け肉・干し肉・燻製肉, 肉を扱う仕事への従事, 未殺菌の山羊乳, 子猫の飼育とともに, 生のカキ類(oyster)・二枚貝類(clam: アサリ・ハマグリ類等)・イガイ類(mussel: ムール貝等)の喫食がリスク因子として同定された1)。また, 2008~2013年に台湾全土を対象とした急性トキソプラズマ症例についての多変量解析の結果, 二枚貝類の生食, およびネコの飼育がそれぞれ有意性を示したが, 一方で魚やカキの生食は有意性が棄却され, また加熱不十分な牛, 豚, 羊肉の摂食, ガーデニング等土壌との接触も有意性が示されなかった2)。これらの報告の違いが, 人種や文化面等のどこに起因するのか非常に興味深いが, いずれにしても洋の東西を問わず, 二枚貝類が共通のリスク因子として浮かび上がってきた。わが国においても二枚貝類の喫食が一般的であることから, 二枚貝類によるトキソプラズマ感染リスクについて調査, 検討の必要性があると思われる。
貝類のトキソプラズマ汚染
貝類からのトキソプラズマ検出は世界中で報告があるが, 本稿では特に魚市場から入手したサンプルのトキソプラズマ汚染について紹介する。例えば, ブラジルのサンパウロ州の魚市場で2008年に入手したカキ類とイガイ類を調べたところ, 3.3%のカキ(マングローブカキ: Crassostrea rhizophorae)のみがトキソプラズマ陽性であった3)。イタリア, サルデーニャ島におけるイガイ類の調査では, 7.5%のムラサキガイ(Mytilus galloprovincialis)および6.7%のヨーロッパイガイ(Mytilus edulis)からトキソプラズマが検出された4)。カナダにおいてはイガイ類とカキ類が調査され, 1.6%のイガイ類のみからトキソプラズマが検出された5)。アジアでも中国において調査がなされている。中国山東省の4つの市の市場から入手したカキを調べたところ, 2.61%がトキソプラズマ陽性であった6)。また, 市場から調達したイガイ類についても調査がなされており, 山東省において2.51%, 遼寧省で2.26%, 浙江省で2.69%のトキソプラズマ陽性率であった7)。オセアニアにおいては, ニュージーランド沿岸の固有種であるモエギイガイ(Perna canaliculus)を市場調達し調査した結果が報告されている。その報告によると, 16.4%がトキソプラズマ陽性であると見積もられ, さらに陽性率は夏季に有意に増加した8)。また, これら陽性例のうち31%が感染型であるスポロゾイト特異的遺伝子のmRNAを発現していた。これらの報告から, 貝類によるトキソプラズマ汚染は世界中で広く認められ, また特定の貝にのみ見出される現象ではなく, かなり普遍的な現象のように思われる。しかしこれらの貝類が, 感染可能な生存原虫を感染可能な数保持しているのかについては明らかではない。一方で, 実験室内においてトキソプラズマに曝露されたイガイ類は, 少なくとも3~21日間にわたりマウスへの感染性を保持することが報告され9,10), また海水中のトキソプラズマは数カ月間感染性を維持することが知られている11)。
その他の魚介類および海獣類のトキソプラズマ汚染
貝類のような濃縮効果はないが, その他の魚介類についても調査が進められつつある。中国の山東省威海市で地元漁師から調達した魚介類の解析によると, マガキ属のトキソプラズマ陽性率が場所により5.00-11.67%であったのに対し, クロソイが最高で3.33%, アイナメが6.67%, イシガニが4.17%であった12)。日本における調査はなされていないものの, これらのうちイシガニ以外は日本では生食されるようである。また前述の通り, トキソプラズマはすべての哺乳動物に感染する。したがってアザラシやイルカ, クジラなどの海獣類も中間宿主であり, 特にアザラシやクジラを介したヒト感染の可能性が強く示唆されている13,14)。一例として, イヌイットのトキソプラズマ抗体陽性率は60%にものぼるが, その原因としてアザラシ肉の生食の慣習が考えられている。また実際に, 最近わが国においてミンククジラの生食に起因することが強く疑われる有症事例が発生した15,16)。わが国は2019年に国際捕鯨委員会から脱退し, 商業捕鯨が再開されたことから, 今後さらに新鮮なクジラ肉の流通が想定される。さらなる調査, 対策が必要であると考えられる。
参考文献
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