印刷
IASR-logo

急性期病院におけるバンコマイシン耐性腸球菌のアウトブレイクとその感染制御に関する報告

(IASR Vol. 43 p193-194: 2022年8月号)

 
はじめに

 バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)による院内感染事例の報告が近年わが国において増加し, 医療機関ではその対応に苦慮している。大阪市内の急性期病院でVREアウトブレイクが発生したが, 感染対策の強化により早期に終息した。その経緯について報告する。

アウトブレイクの経過

 X年7月からX+1年6月にかけ, A, B, C, D病棟の入院患者5名の臨床検体からVREが検出された(症例1-5)。症例と排泄ケアスタッフが共通していた入院患者を対象に便検体によるVRE保菌者スクリーニング検査を実施したが, すべて陰性であった。

 X+1年7月, 外来で採取したA病棟入院歴のある患者の尿よりVREが検出され(症例6), A病棟の全入院患者スクリーニング検査を実施, 1名の便からVREが検出された(症例7)。X+1年8月にはE病棟入院患者の血液からVREが検出され(症例8), E病棟全入院患者スクリーニング検査でさらに7例の陽性者(症例9-15)が確認された。E病棟では定期的なスクリーニング検査の継続によりX+2年1月に入院患者の便からVREが検出されたが(症例16), その後の新規症例の検出はなかった。経過中に実施した延べ約400カ所の病棟環境培養検査ではVREは検出されなかった。

 X+2年4月にB病棟入院患者の入院後7日目に採取した尿検体よりVREが検出されたが(症例17), 直後に実施したB病棟入院患者のスクリーニング検査はすべて陰性であった。

対 策

 症例に対しては接触予防策を実施していたが, X+1年7月以降, A病棟とE病棟においてスクリーニング検査で新たな症例が検出され, VREが入院患者間で伝播していたと考えられたため, 感染対策の強化を行った。図1にA病棟およびE病棟において実施した感染対策と病棟入院患者数の経緯を示す。

 A病棟では, 手指衛生・環境整備の強化とともに, X+1年9月(図1A, day0)に新規入院を中止し, 全病室空室となったday9から5日間をかけ, 施設および移動可能な物品すべてに紫外線照射を行った。Day 14より新規入院を再開するとともに入院患者に対して入院時と1週ごとのスクリーニング検査を行い, 新たな症例が検出されなかったためday36にてA病棟におけるスクリーニング検査を終了した。

 E病棟においては, 病棟稼働を継続しつつ, 新規入院の中止(図1B, day0)により順次空室を設け, 紫外線照射を行った。A病棟同様の手指衛生と環境整備の強化に加えて症例を担当するスタッフの固定化を実施していたが, day18に症例15が検出された。追加対策として, 13日間にわたりE病棟全職員が感染対策行動の可視化を目的として作成されたチェックシートに記入しながら病棟業務を実施した。次にその結果をもとに手指衛生, 環境清掃, 個人防護具の着脱, 物品管理方法についての行動を相互に分析評価し, 徹底した行動改善を目指した。追加対策実施後, day36に新規入院を再開した。A病棟と同様のスクリーニング検査にてX+2年1月に症例16を検出したが, その後は新規検出がなく, X+2年3月にE病棟のアウトブレイクは終息したと判断した。ただしE病棟は患者特性上, 保菌者によりVREが持ち込まれる可能性がより高く, スクリーニング検査は継続することとした。

分離菌株のタイピング解析

 症例由来のVREはすべてvanAを保有するEnterococcus faeciumであった。パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)によるタイピング解析を実施し, 類似度85%以上を基準として群別したところ, 17株中15株が3群(①-③)に分類された(図2)。全ゲノム解析によるmultilocus sequence typing (MLST)を実施した14株はsequence type (ST)78(5株), ST17(7株), ST54(2株)の3つのSTに分かれ, PFGE群別の①群がST78, ②群がST17, ③群がST54であった。

考 察

 本事例において, B, C, D病棟では散発的に症例が発生しており, 分離されたVREもそれぞれ異なるPFGEパターンを示していた。一方, A, E病棟では症例の集積がみられ, 一部の症例間では分離されたVREのPFGEパターンも類似していた。以上より, 本事例では, 異なる系統の株が別々の機会に持ち込まれ, そのうちの一部が院内で複数の患者に伝播したと考えられた。

 大阪府は感染症発生動向調査(NESID)においてもVRE感染症の届出数が多く, 腸管等に保菌する患者によりVREが病棟内に持ち込まれる可能性が高い地域である。しかし, 入院患者の臨床検体からVREが検出された際, 病棟入院患者を対象としたスクリーニング検査による院内伝播の早期評価に加え, 院内伝播を把握した後の紫外線照射を含めた環境整備, 行動の可視化による基本的な感染対策の徹底が事例の早期終息に有効であったと考えられた。これらの介入や診療にまで影響する入院制限の迅速な実施を可能とした要因として, 日常からの感染対策や感染制御チームと病棟スタッフ間の信頼関係に加え, アウトブレイク発生時に状況を客観的に理解し, 発言力と調整力を持つチームリーダーの存在があった。

 謝辞:アウトブレイク終息のため, 徹底的な感染対策にご尽力いただいた関西電力病院A病棟, E病棟を含め, 多くの職員に感謝いたします。


関西電力病院            
 小柗美雪 井尾克宏 清地秀典 眞継賢一
 有島友美 鎗野りか 山田祐一郎            
大阪健康安全基盤研究所       
 中村寛海 原田哲也        
国立感染症研究所薬剤耐性研究センター
 鈴木里和 稲嶺由羽 松井真理 菅井基行

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan