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日本国内を広域に移動した外国人グループからの麻疹発生例

(IASR Vol. 39 p57-59: 2018年4月号)

現在わが国は麻疹排除状態にあるが, 海外には麻疹が流行している国が多く, 海外からの訪問者や海外渡航者が麻疹ウイルスを国内に持ち込む事例が散見されている1)。今回, 我々は, 麻疹流行国から来日した外国人グループが, 約1カ月間で12都府県を移動中に麻疹を発症した事例を経験した。広域的な感染拡大が懸念されたので, その対応および経過について報告する。

発端症例概要

2017年10月5日, 富山市保健所より宮城県疾病・感染症対策室に対し, 麻疹と臨床診断された患者(以下, 患者I)が自家用車で宮城県に向かったとの連絡があった。

患者Iは外国籍の20代の女性。麻疹罹患歴, 予防接種歴は不明。2017年9月13日に同国籍の同行者数人とともに日本に入国し, 以後, 国内を移動していた。2017年10月1日に発熱と発疹が出現, 5日に富山市内の医療機関にて麻疹と臨床診断され, 富山市保健所に発生届が提出された。富山市衛生研究所においてreal-time RT-PCRを実施し, 6日に陽性と判明, 麻疹と確定診断された。

症例行動調査, 接触者調査の概要

患者Iは同行者とともに, 10月5日深夜に宮城県大崎市内の小規模宿泊施設に到着。宮城県大崎保健所が, 10月6日から症例行動調査および接触者調査を行った。このグループは, 10月7日に宮城県内のイベントに参加し, 10月9日に帰国予定であった。また, 同行者AおよびBが国内移動中に発熱したことが判明した。

同行者Aは外国籍の20代の女性。麻疹罹患歴, 予防接種歴は不明。患者Iとともに9月13日に入国。9月23日から軽度の発熱, 発疹, 咳, 結膜充血が認められ, 27日(発症4日後)に解熱していた。滞在先近くの医療機関で溶連菌感染症が疑われたが, 病原体診断には至らなかった。

同行者Bは外国籍の20代の女性。麻疹罹患歴, 予防接種歴は不明。患者Iとともに9月13日に入国。10月6日に発熱と咳が出現していた。

滞在先である大崎市内の宿泊施設での接触者は, 40代および70代の女性職員2名であった。

保健所における初期対応

大崎保健所は, この患者グループに対し, 感染拡大防止のため, 外出の自粛, 10月7日のイベント参加の自粛, 10月9日の航空機搭乗の自粛を要請した。しかし, 国内での滞在を延長する場合には, 滞在先の確保, 航空券の変更, それらに伴う費用負担等の課題がみられたことから, 科学的なリスク評価を求めて国立感染症研究所に相談し, 10月7日および8日に宮城県保健環境センターにおいて, 病原体検出マニュアルに従って, 同行者AおよびBについて麻疹の病原体検査を行った2)。検査結果を表に示す。

同行者Aは, 10月8日(発症15日後)の咽頭ぬぐい液および尿のreal-time RT-PCRが「陽性」であったことから(), 臨床症状とあわせて麻疹の確定例と判断した。9月27日には解熱し, 感染可能期間が9月30日までであったことから3), 10月9日には航空機内で感染を伝播する可能性はないと考え, 同日の航空機で帰国した。同行者Aの発疹出現時期が入国10日後であったこと, 入国後に麻疹患者との接触歴が明らかでないこと, 検出ウイルスの遺伝子型が同行者Aの母国で流行している型に一致していたことから, 麻疹ウイルスの海外からの持ち込みの可能性が示唆された。

同行者Bは, 10月7日(発症1日後)に解熱した。同日の咽頭ぬぐい液および血液のreal-time RT-PCRは「判定保留」であったものの, 尿のreal-time RT-PCRおよび各検体のconventional RT-PCRが「陰性」であったことから(), 麻疹の病原体診断は「陰性」と判断した2)。臨床症状は咳と発熱のみで, 発疹がみられなかったことから, 麻疹の臨床診断例にも該当しなかった。10月8日(発症2日後)に採取した血液でのreal-time RT-PCRおよびconventional RT-PCRが「陰性」であったことから, 体内での麻疹ウイルス増幅は否定的であり, さらに, PA法が1:1,024であったことから, 今回の曝露前から麻疹の免疫を有していた可能性が示唆された。同行者Bは, 他のメンバーとともに10月9日の航空機で帰国した。

患者Iは, 10月7日(発症6日後)に解熱した。診断は富山市保健所において麻疹と確定されていたので, 解熱後3日間までを感染可能期間として3), 10月10日までは航空機搭乗を自粛して国内で静養することとなった。

無症状の同行者については, 潜伏期である可能性を説明して航空機搭乗の自粛を求めたが, 協力を得られず, 10月9日の航空機で帰国した。

大崎市内の宿泊施設での接触者2名のうち40代の職員には, 10月7日(曝露後48時間以内)に麻疹含有ワクチンの緊急接種を行った。70代の職員は, 年齢から既感染と考えられたため, 健康観察とした。

関係自治体間の情報共有

大崎保健所が行った症例行動調査に基づき, 同グループが立ち寄った自治体に対し, 10月7日, 8日および9日に, できる限り詳細な情報を提供した。患者Iに先駆けて発症していた同行者Aが麻疹と診断されたことにより, 接触者調査を必要とする感染可能期間が延長され, 移動先は12都府県に及んだ。保健所を設置している指定都市, 中核市, 特別区等を含めると20自治体となり, 推定される接触者数は, 特定できただけでも700人以上であった。幸いなことに, これらの接触者からの発病は確認されなかった。また, 麻疹発生動向調査においても, リンクが想定される患者の報告はなく, 11月8日に終息を確認した。

考 察

今回, 麻疹の感染可能期間中にある患者を有するグループが日本国内を広域に移動していたことから, 大規模なアウトブレイクが懸念されたが, 結果的にはグループ外への感染拡大はみられなかった。その要因としては, このグループが国内の移動に自家用車を利用していたこと, 滞在先として比較的小規模な宿泊施設を利用していたことにより, 部外者との接触が最小限であったことがあげられる。

航空機内での麻疹伝播の可能性については, 搭乗時間や, 発端例からの座席の距離にかかわらず, 感受性者は麻疹に罹患するリスクが高いと報告されている4)。今回, 我々は, 学校保健安全法で「麻疹患者は解熱した後3日を経過するまで出席停止」とされていることに準拠し, 解熱した後3日を経過するまでの航空機搭乗の自粛を要請した。あわせて, real-time RT-PCR法およびPA法によるリスク評価を試みた。real-time RT-PCR法は, 陰性であってもその後の発症を否定できないものの, 陽性であればその時点での体内でのウイルス増幅および体外への排出リスクが高いと推測できる。また, PA法は, IgGとIgM鑑別はできないものの, IgMは感染早期には高値を示さないため, 発症早期の検体でPA法が高値である場合には, 曝露前からの抗体の保有あるいは修飾麻疹の早期が示唆される。この2つの検査は, 感染拡大リスクを推測するために, 試みてみる価値のある検査であると考えられた。

本症例でもっとも重要であったのは, 20自治体との情報共有であった。患者が外国人である場合, 帰国後には患者行動調査が困難になることから, 保健所における初期の調査が極めて大切であると考えられた。麻疹流行国からの渡航者においては, 麻疹に対する警戒感が麻疹排除状態にあるわが国とは異なることから, 丁寧な説明が必要であったが, 通訳を介したために多くの時間を要した。全国どこの保健所においても, 迅速に外国人の麻疹患者に対応できるよう, さらなる準備が必要であると考えられた。

最後に, 国籍および行程などの詳細な情報については, 患者の人権に配慮して, 記載しなかったことをお断りさせていただく。

謝辞:ご協力をいただいた, 国立感染症研究所ウイルス第三部(竹田 誠先生)および同感染症疫学センター(多屋馨子先生)へ深謝します。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 麻疹の発生に関するリスクアセスメント第一版
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/655-disease-based/ma/measles/idsc/7800-measles-ra-1.html
  2. 駒瀬勝啓, 染谷健二ら, 病原体検出マニュアル「麻疹」(第3.3版)
  3. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 麻疹発生時対応ガイドライン(第2版)
  4. ECDC発行Risk assessment guidelines for diseases transmitted on aircraft(RAGIDA), Part 2: Operational guidelines Second edition
    http://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data?s=RAGIDA

 

宮城県保健福祉部
 大内みやこ 西條尚男 鈴木 陽 櫻井雅浩 鹿野和男 照井有紀
宮城県保健環境センター微生物部
 佐々木美江 植木 洋 畠山 敬

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