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麻疹 2023年7月現在

(IASR Vol. 44 p133-135: 2023年9月号)
 

麻疹は麻疹ウイルス感染により引き起こされる急性感染症であり, 主な症状は発熱, 発疹, カタル症状である。麻疹ウイルスの感染力は極めて強い。感染経路としては, 飛沫感染, 接触感染のみならず空気感染も成立する。また麻疹ウイルスは免疫細胞にも感染するため, ウイルスは感染者の免疫機能を抑制し, 様々な臓器に合併症を引き起こす。呼吸器(肺炎, 中耳炎, 喉頭気管気管支炎), 消化器(下痢, 口内炎)における合併症の頻度が高い。神経系合併症は, 頻度は低いが重篤であることが多く, 感染から約2週間以内に発症する麻疹脳炎(1,000症例に1例程度), 感染・回復後数年~十数年後に発症する予後不良の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)(数万症例に1例程度)が知られている。世界保健機関(WHO)は2021年には麻疹により推定で12.8万人が死亡し, そのほとんどが5歳未満の子どもであると報告している(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles)。

一方麻疹は, 安全で有効なワクチンが利用可能なこと, 不顕性感染が少なく正確な診断法が利用できること, 自然宿主がヒトのみであること, 等から, 排除が可能な感染症と考えられており, WHOでは麻疹の排除を目指している。日本が所属するWHO西太平洋地域(WPR)の地域委員会では, WPRから麻疹を排除することを2005年に決議した。これを受け日本では, 2006年から麻しん含有ワクチンの2回接種(第1期, 第2期)を導入, さらに2007年12月に厚生労働省は「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下指針)を告示し, 当時の国内流行の中心であった10代の集団免疫を強化するため, 中学1年生(第3期), 高校3年生相当年齢者(第4期)を対象に, 5年間(2008~2012年度)の補足的ワクチン接種を予防接種法に基づく定期接種として実施するなど, 麻疹排除に向けた対策を強化した。これらの対策により2009年以降, 国内麻疹患者数は大幅に減少し, 2015年にはWPR麻疹排除認証委員会より日本は麻疹排除状態であると認定された。排除状態の維持は2021年までは確認, 認定されており, 2022年の状況については, 現在, 同委員会による検証が行われている。

感染症発生動向調査: 麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数届出になった2008年の年間届出数は11,013例であった。それ以後2021年までは6-744例で推移し, 特に2019年は2009年以降で最多となる744例が届出されたが, 2020年以降は10例以下と大きく減少しており, 2022年は6例であった(図1および図2)。

2022年に届出された患者(n=6)を病型別でみると, 修飾麻疹(発熱, 発疹, カタル症状の3主徴のうち1ないし2症状のみの非典型例かつ検査陽性例)が6例中3例であり, 6例はすべて検査診断が実施されていた。推定感染地域は2例が国内, 2例は国外(インドネシア), 2例は不明であった。患者の年齢群別にみると, 1~4歳の患者が1例, 20歳以上の患者が5例であった(図2)。予防接種歴は未接種が3例, 接種歴不明が3例であり(), ワクチン接種が明らかな症例および定期接種対象年齢に達していない1歳未満の症例の届出はなかった。

検査診断の状況: 指針では, 原則, すべての麻疹疑い症例に対してIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査を実施することを求めている。IgM抗体検査用検体は医療機関から民間検査機関に, 遺伝子検査用検体は医療機関から主に地方衛生研究所(地衛研)に送られ検査が行われている。2022年は全6例が検査診断例として届け出されたが, 遺伝子検査は3例で実施され, うち陽性となったのは2例であった。ウイルス遺伝子検査はreal-time RT-PCR法で遺伝子の検出を試み, 陽性であった検体は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の解析をすることを指針で推奨している。得られた塩基配列情報は遺伝子型の確認のみでなく, ワクチン株との鑑別, 集団発生時のリンクの確認や輸入例かどうかの鑑別のためにも利用されている(本号6ページ)。

ウイルス検出状況: 2022年に地衛研でウイルス遺伝子が検出され, 感染症サーベイランスシステムの病原体検出情報に報告されたものは, ワクチン株を除くと, 2件(全麻疹症例数6例)であった(図3)。報告されたウイルス遺伝子型はいずれもD8型に分類された。

ワクチン接種率: 2006年度より1歳児(第1期)ならびに小学校就学前1年間の児(第2期)に対し, 麻疹の定期接種が実施されている。2021年度の定期接種率は第1期が93.5%, 第2期が93.8%といずれも前年より低下し, 目標とされる95%の接種率を下回った。特に第1期の接種率は前年よりマイナス5ポイントと大きく低下した(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html)。

抗体保有状況: 2022年度の感染症流行予測調査において, 22都道府県の地衛研で, ゼラチン粒子凝集(PA)法による麻疹抗体価測定が行われた(本号8ページ)。麻疹抗体陽性率は全体で96.2%であり, 流行阻止に必要とされる95%を上回っていた。2020年度の調査で69.8%と低下していた1歳児の抗体保有率は2022年には77.2%と, 2021年(75.5%)よりさらに上昇した(図4)。

今後の対策: 2019年には世界で541,247例報告されていた麻疹症例は2020年以降減少し, 2021年には59,168例が報告されている。しかしながら2022年の世界の全麻疹症例数は171,431例と大きく増加した(本号4ページ)。2020~2021年の麻疹症例報告数の減少は, 世界的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行による人の往来の減少や基本的な衛生対策が寄与したものと考えられる。また2022年以降の麻疹症例報告数の増加は, これらの制限が緩和されてきたこと, またCOVID-19の流行により麻しんワクチン接種の機会が奪われたこと, 等に起因すると考えられる(本号7ページ)。また, COVID-19流行中は麻疹サーベイランスの質の低下や受診控え等による実態把握の低下なども麻疹症例報告数に影響を与えた可能性も考えられる。

日本においては, 2019年に約3,200万人を数えた来日客数が, 2020年, 2021年にはそれぞれ約411万人, 約25万人と大きく減少したが, 2022年は約385万人と2021年から増加しており, 2023年は4月までに約675万人とさらに増加している(https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph--inbound--travelers--transition)。2020~2021年は来日客の減少により麻疹の持ち込みリスクが低下していると考えられた。一方で2022年6月に来日客の受け入れ再開, 2023年4月にはCOVID-19対応としての水際対策の緩和がなされたことなどから, 今後, 海外からの麻疹ウイルスの持ち込みリスクが上昇するものと考えられる。実際に, 2023年には輸入症例と考えられる麻疹の発生が相次いで報告されている(本号5ページ&6ページ, https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/yobo/kiki/yobo/kansen/idwr/press/documents/mashin.pdf)。海外からの麻疹ウイルスの持ち込みを未然に防ぐことは困難であることから, ウイルスが持ち込まれた場合でも感染が拡大しない環境を整えておくことが求められる。そのためには指針に示されるように, ①2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 抗体保有率を高くすること, ②早期に患者を発見して適切な感染拡大阻止策が行えるように, 迅速かつ確実な検査法に基づくサーベイランス体制を維持すること(本号10ページ), ③感染するリスクの高い医療関係者, 空港等不特定多数と接する機会の多い職場や, ウイルスが持ち込まれた場合に多数の患者が発生することが懸念される児童福祉施設, 学校などで働く人等に対して, 必要に応じたワクチン接種を勧奨すること, 等が求められる。さらに質の高いサーベイランス実施のために, 医療機関と自治体や自治体間での情報共有や国際協力の推進も必要となる。

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