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令和5(2023)年度インフルエンザワクチン用製造株とその推奨理由

(IASR Vol. 44 p179-180: 2023年11月号)
 
1.ワクチン株決定の手続き

わが国における令和5(2023)年度インフルエンザワクチン用製造株は, 厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて, 2月中旬~4月上旬にかけて3回に分けて国立感染症研究所(感染研)で開催された『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され, その推奨株が『厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会季節性インフルエンザワクチンの製造株について検討する小委員会』(以下, 小委員会)へ報告され, 同小委員会において審議され決定された。その結果は厚労省健康局長へ報告され, 健康局長から決定通知が交付された(IASR 44: 109, 2023)。本稿は, 『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され, 小委員会へ推奨された株についての推奨理由を記載したものである。

本稿に記載したウイルス株分析情報は, ワクチン株が推奨された2023年3月時点での集計成績に基づいており, それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2022年9月~2023年8月)での成績は, 総括記事「2022/23シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号7ページ)を参照されたい。

2.ワクチン株について

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の流行時, 2020/21および2021/22シーズンの国内のインフルエンザウイルスの流行は, 例年と比べて大変小さいものであった。しかし, 2022/23シーズンは, SARS-CoV-2の流行以前よりは小さいが, 全国的にインフルエンザの流行がみられた。世界的には, 概して流行の立ち上がりが早く, いったん落ち着き再度流行する二峰性の流行がみられた。世界の流行状況は, 2023年第5週時点においてA型が約94%を占め, そのうち亜型まで同定された株ではA/H3が約70%であった。B型は, すべてビクトリア系統であった。山形系統は, 弱毒生ワクチンに含まれていた山形系統のウイルスの検出であり, 自然界で流行しているウイルスは確認されなかった。国内では, 約95%がA/H3であった。感染研では, 世界保健機関(WHO)ワクチン推奨株選定会議(2023年2月20~23日)で議論された流行株の解析成績, 令和4年度(2022/23シーズン)ワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との反応性, およびワクチン製造候補株の製造効率などを総合的に評価して, 令和5年度(2023/24シーズン)のインフルエンザワクチン製造候補株として, 以下に示すA型2株およびB型2株を選定し, 小委員会へ推奨報告した。

A型株

A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09

A/ダーウィン/9/2021(SAN-010)(H3N2)

B型株

B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)(B/ビクトリア系統)

B/プーケット/3073/2013(B/山形系統)

3.ワクチン株推奨理由

3-1.A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09

最近分離されたA(H1N1)pdm09亜型ウイルスは, 赤血球凝集素(HA)遺伝子系統樹上では, 6B.1A.5a.1(以下, 5a.1)群と6B.1A.5a.2(以下, 5a.2)群に分かれている。5a.2群はさらに5a.2a群および5a.2a.1群に分かれる。2022年9月以降では, 5a.2a群あるいは5a.2a.1群に属するウイルスの報告が多かった。国内からの分離・検出報告は少なかったが, 5a.2a群に属するウイルスであった。フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 5a.2a群のウイルス(2023シーズン南半球のワクチン推奨株A/シドニー/5/2021類似株)および5a.2a.1群のウイルス(例えばA/ビクトリア/4897/2022類似株)に対する血清は, 5a.2a群および5a.2a.1群のウイルスとよく反応した。A/ビクトリア/2570/2019類似株(5a.2群)を含む2022/23シーズンワクチンを接種したヒトの血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離A/ウィスコンシン/588/2019類似株(5a.2群)に対する反応性と比較した場合, 5a.2a群と5a.2a.1群に属するウイルスに対する反応性が低下した。5a.2a.1群に属する株が増えてきたこと, およびワクチン接種者血清の反応性が5a.2a群と5a.2a.1群に属するウイルスに対して低かったことから, WHOは, 2023/24シーズンの北半球用のA(H1N1)pdm09ワクチン推奨株を, 5a.2群に属するA/ビクトリア/2570/2019類似株から, 5a.2a.1群に属するA/ビクトリア/4897/2022類似株に変更した。国内では, A/ビクトリア/4897/2022類似ワクチン製造候補株として, 高増殖株A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)が入手された。増殖性・ウイルスタンパク収量・生産性・抗原性など総合的に評価され, 令和5(2023)年度のA(H1N1)pdm09亜型ウイルスのワクチン株として高増殖株のA/ビクトリア4897/2022(IVR-238)を推奨した。

3-2.A/ダーウィン/9/2021(SAN-010)(H3N2)

2022/23シーズンのH3N2ウイルスの流行は国内外で主流であった。最近のA(H3N2)亜型ウイルスはHA遺伝子系統樹上多様化しているが, 直近のほとんどすべてのウイルスは3C.2a1b.2a群に属した。3C.2a1b.2a群は3C.2a1b.2a.1(以下, 1)群と3C.2a1b.2a.2(以下, 2)群に分かれるが, 今シーズンのほとんどのウイルスは2群に属した。2群は, HA上の特徴的なアミノ酸変異により, 2a~2d群に分かれ, 2a群はさらに2a.1~2a.3群に, またその中でも細かく分かれた。世界的には, 2a.1群, 2a.3a.1群, 2a.1b群あるいは2b群に属するウイルスがよく検出された。国内の多くの分離株は, 2a.3a群, 2a.3a.1群あるいは2b群に属した。フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 今シーズンのワクチン推奨株である細胞分離A/ダーウィン/6/2021あるいは卵分離A/ダーウィン/9/2021類似株(2a群)に対する血清は, 概して2群のウイルスとよく反応した。A/ダーウィン/9/2021類似株を含む2022/23シーズンワクチンを接種したヒトの血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離のA/ダーウィン/6/2021株に対する反応性と比較した場合, 2b群のウイルスとの反応性の低下がみられる血清群もあったが, 概して試験に供した2群に属する流行株と良好な反応性を示した。以上の成績から, WHOは, 2023/24シーズンの北半球用のA(H3N2)ワクチン推奨株として, 2022/23シーズンと同じA/ダーウィン/9/2021類似株を推奨した。国内のA(H3N2)亜型ワクチン製造用としては, 令和4年度において高増殖株A/ダーウィン/9/2021(SAN-010)が使用されており, また本株以外に新たにワクチン候補株の性状解析は実施されていなかったことから, 令和5年度のA(H3N2)亜型ウイルスのワクチン株として, 令和4(2022)年度と同一株であるA/ダーウィン/9/2021(SAN-010)を推奨した。

3-3.B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)(Bビクトリア系統)

最近のB/ビクトリア系統のウイルスは, HA遺伝子系統樹上で, HAタンパク質に3アミノ酸欠損(162-164番目)とK136E変異を持つV1A.3群内の, さらに変異を有するV1A.3a群に属した。V1A.3aは, さらにV1A.3a.1(以下, 3a.1)群とV1A.3a.2(以下, 3a.2)群に分かれた。2022年9月以降では, ほとんどの報告が3a.2群のウイルスで, 北・中米においてV1A.3群のウイルスが少数報告された。フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2022/23シーズンのワクチン推奨株B/オーストリア/1359417/2021類似株(3a.2群)に対する血清は, 同じ3a.2群のウイルスとよく反応した。また, B/オーストリア/1359417/2021類似株(3a.2群)を含む2022/23シーズンワクチンを接種したヒトの血清を用いた血清学的試験では, B/オーストリア/1359417/2021株に対する反応性と比較した場合, 3a.2群のウイルスに対してよく反応していた。以上の成績から, WHOは, 2023/24シーズンの北半球用のB/ビクトリア系統ワクチン推奨株として, 2022/23シーズンと同じB/オーストリア/1359417/2021類似株を引き続き推奨した。国内のB/ビクトリア系統ワクチン製造用としては, 令和4(2022)年度において高増殖株B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)が使用されており, また本株以外に新しくワクチン候補株の性状解析は実施されていないことから, 令和5(2023)年度のB/ビクトリア系統ウイルスのワクチン株として, 令和4(2022)年度と同一株であるB/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)を推奨した。

3-4.B/プーケット/3073/2013(B山形系統)

2022/23シーズンにおける山形系統ウイルスは, 弱毒生ワクチン由来の株の検出であり, 自然界における流行で解析された株はなかった(2020年3月以降なし)。しかし, 完全になくなったという確証がないため, WHOでは引き続き山形系統のウイルスを4価ワクチン用のウイルス株として推奨した。これまで推奨されていたB/プーケット/3073/2013類似株から変更する理由がないため, WHOは, 2023/24シーズンの北半球用のB/山形系統ワクチン株にB/プーケット/3073/2013類似株を再度推奨した。国内では, B/プーケット/3073/2013はワクチン製造株としての製造実績もあることから, 令和5(2023)年度のB/山形系統のワクチン株として, 令和4(2022)年度と同一株であるB/プーケット/3073/2013を推奨した。

 
国立感染症研究所インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
 長谷川秀樹

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