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小児マイコプラズマ感染症の疫学, 2024年1月現在

(IASR Vol. 45 p9-10: 2024年1月号)
 
はじめに

肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae, 以下MP)によるマイコプラズマ感染症は, 小児では肺炎などの下気道感染症を起こし, 主に学童を中心に流行する。

以前はオリンピック肺炎といわれ, 周期的な流行を繰り返していたが, 近年はその流行周期が崩れることもあり, 特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行後, マイコプラズマ感染症もCOVID-19の影響を受けているといえる。

また, 小児では使用できる抗菌薬が限定されていることもあり, 治療薬であるマクロライド耐性MPの出現が近年問題とされ, この点も含め, 以下, 小児マイコプラズマ感染症の疫学について概説する。

小児マイコプラズマ感染症のこれまでの流行状況

マイコプラズマ感染症は, 過去には4年ごとの大きな流行を繰り返し, オリンピック肺炎といわれてきた(疫学については, 本号特集および本号8ページもご参照いただきたい)。しかしながら, 2000年以降, 大きな流行がみられなくなっていたが, その後, 後述するマクロライド耐性MPの出現が問題となった。そして, 2011年から久しぶりの大流行を認めた。

筆者の研究室では, この大流行の少し前の2008年より, 小児マイコプラズマ感染症の全国調査を, 日本全国の85の医療機関のご協力のもと, 継続して施行している。

図1の棒グラフにみられるように, 症例数は2011年に急増し, 2012年がピークとなり, その後一旦減少したが, 2015および2016年に, 2011および2012年ほどではないものの再度増加した。その後減少し, それ以降現時点まで大きな流行はみられず, 特に2020年のCOVID-19流行以降はほとんど症例を認めていない。

以前の周期的な流行は, MPに対する免疫が関与し, 集団免疫が持続している期間が約4年であることによると考えられた。しかしながら, 2000年以降はおそらく十分効果が期待できるマクロライド系抗菌薬〔クラリスロマイシン(CAM)やアジスロマイシン(AZM)など〕の登場により, 治療によって十分な除菌が可能となったため, 流行拡大が抑えられていたが, 次項で述べるマクロライド耐性MPの出現により, 十分な除菌ができず, 菌が広く伝播し, 大きな流行拡大につながったと考えられる。

COVID-19流行後のマイコプラズマ感染症の流行抑制は, マイコプラズマ感染症は飛沫感染が主であるため, 感染対策の徹底によるものと考えられる。

小児マイコプラズマ感染症におけるマクロライド耐性の状況

筆者の教室では, MPの症例数のみならず, マクロライド耐性の有無についても2008年より継続して調査をしている。

MPにおけるマクロライド耐性獲得の機序は, マクロライド結合部位であるMPの23S rRNAのドメインVにおける, 点突然変異であるため, 当教室ではこの変異についてシーケンス解析を行っている。

図1の折れ線グラフのとおり, 2012年に検出された全MPのうち, マクロライド耐性MPの占める割合(マクロライド耐性率)が81.8%とピークとなったが, その後漸減した。2015年からの再度の流行でマクロライド耐性率も再び増加したが, その後は著明に減少した。

このように流行とマクロライド耐性率の増減とは相関があるようにみられるが, この理由としては, 小児のマイコプラズマ感染症の第一選択薬がマクロライド系抗菌薬であるため, その処方数の増加の分, 除菌できずに残存するマクロライド耐性MPがさらに伝播し, その流行が拡大するものと考えられる。

近年のマクロライド耐性率の急速な減少には2つの理由が考えられる。

1点目は, ガイドライン等による小児のマイコプラズマ感染症に対する抗菌薬の適正使用である。これまでは, 小児のマイコプラズマ感染症に対しては, ほぼマクロライド系抗菌薬が使用されていたが, マクロライド使用後も48時間以上改善がない場合は, ニューキノロン系抗菌薬のトスフロキサシン(乳児除く)もしくはテトラサイクリン系抗菌薬(8歳以上)への変更がなされるようになり, マクロライド耐性MPも効率よく除菌されるようになったこと, である。

もう1点は, これまで10年ごとに, MPの宿主細胞への接着性に必須なP1タンパクのタイプが変化することがいわれていたが, 当研究室のデータにおいて, 2011~2012年の大きな流行ではP1タンパクの1型がほとんどを占めていたが, 2015~2016年の流行では2型が多くを占めるようになり(図2), さらに, この2つのタイプにおけるマクロライド耐性率が大きく異なっていた。具体的には, 1型ではほとんどがマクロライド耐性であったのに比し, 2型ではマクロライド感性が多くを占めていた。すなわち, 既にマクロライド耐性を獲得した1型株が減少し, その後まだマクロライド耐性を獲得していない2型が優勢になったことも, マクロライド耐性率減少の大きな理由と考えられる。

今後の展望

COVID-19流行以降, マイコプラズマ感染症の流行は抑制されているが, 既に海外ではマイコプラズマ感染症の検出が増加しており, 中国でも, 小児の間でマイコプラズマ肺炎の流行があったというニュースもある。

したがって, 日本国内で再びマイコプラズマ感染症が小児で流行し始めるのも時間の問題であり, 今後も引き続き, その流行状況に留意が必要である。

 
川崎医科大学臨床感染症学教室
 大石智洋

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