マイコプラズマ肺炎 2012年9月現在
(Vol. 33 p. 261-262: 2012年10月号)
マイコプラズマ肺炎は1999年4月に施行された感染症法に基づく感染症発生動向調査で5類感染症に位置づけられており、基幹定点医療機関*から毎週患者数(入院・外来の総数)が報告されている。2011年4月の改正で、「菌の分離・同定」、「抗体検出」に加えて「PCR法又はLAMP法による病原体の遺伝子の検出」も届出基準に加えられた(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-38.html)。近年、マイコプラズマ肺炎患者の報告数は増加傾向が見られる(図1)。
*全国約500カ所の小児科および内科医療を提供する300床以上の病院
マイコプラズマ肺炎流行の周期性と2011年からの流行:マイコプラズマ肺炎は3~8年程度の周期で大流行が起きることが世界的に報告されている。この要因はよくわかっていないが、ヒトの集団の免疫の状態と病原体との相互作用によるものと推測される。患者報告数は例年、秋~冬期に多く、初夏にやや増加する年もある(図1)。
日本では1970年代後半~80年代に、オリンピック開催年と重なる4年周期で大流行が起こっていた。1981年7月~1999年3月まで旧感染症発生動向調査で行われていた臨床診断による「異型肺炎」患者報告では、1984年と1988年に報告数の大きな増加がとらえられている(IASR 28: 31-32, 2007)。異型肺炎の主要な病原体は肺炎マイコプラズマであり、異型肺炎患者数の増加はマイコプラズマ肺炎の流行と考えられる。しかし、日本では1990年代以降、マイコプラズマ肺炎の周期的な大流行がみられなくなり、近年は、2006年に報告数の増加が認められた程度だった(図1)。最近、2010年秋から患者報告数の増加がみられたのに続いて、2011年は夏頃から全国的に報告数が大きく増加し、冬期の報告数のピークは2006年や2010年と比べても2倍以上高い大流行となった。2012年の報告数は2011年の同時期よりもさらに高いレベルで推移している。2010年以降、英国、フランス、北欧やイスラエルでもマイコプラズマ肺炎患者数の増加が報告されている。
患者の年齢と地域別の発生状況:患者の年齢をみると、1~14歳までの小児が約8割を占めている。2011年以降、4歳以下の割合がやや減少し、10~14歳の割合が増えているが(図2)、この程度の変動は過去にもみられ(IASR 28: 31-32, 2007)、大流行に関連したものではないと考えられる。
また、地域別に見ると、2007年以降、青森、宮城、福島、群馬、埼玉、沖縄の各県で定点当たり報告数が特に多い。2010年以降はこれらの県に加えて、岩手、栃木、富山、愛知、岐阜、大阪、愛媛、佐賀も報告が多い(図3)。報告数の少ない県でも、2011年以降はほとんどの県で、それ以前より報告数が増加している。
肺炎マイコプラズマ:マイコプラズマ肺炎の原因菌である肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae )はMollicutes 綱Mycoplasma 属の細菌であり、ゲノムサイズが小さく(約800kb)人工培地で純培養が可能な最小クラスの生物である。Mollicutes 綱の細菌はペプチドグリカン細胞壁を完全に欠くのが特徴で、β- ラクタム系の抗菌薬が無効である。M. pneumoniae は 0.3×2μm 程度の細長い細胞形態をしており、その一方の端に細胞膜が突出した構造体(接着器官)をもつ。M. pneumoniae はこの構造体を介してヒトの呼吸器上皮細胞に付着して病原性を発揮する(本号3ページ)。接着器官の表面には分子量170kDaの細胞接着タンパク質P1が多数集まっている。P1には多型が見られ、その遺伝子塩基配列を調べることによってM. pneumoniae を1型菌と2型菌、およびそれらの亜型に分類することができる。これまで日本の臨床分離株からは、1、2、2a、2b、2c型の菌が見つかっている。菌型の違いによって、M. pneumoniae の病原性に大きな違いはないと考えられるが、それぞれの菌型が出現する割合は年と地域で変動がみられる。また最近、欧米では、MLVA(multiple-locus variable-number tandem repeat analysis)法も疫学調査に利用されるようになり、M.pneumoniaeのMLVA型が30種以上報告されている。
マクロライド耐性菌の増加:臨床でのマイコプラズマ肺炎の治療には、おもにマクロライド系の抗菌薬が使用されている。しかし、2000年に日本で初めてマクロライド耐性のM. pneumoniae 臨床分離株が報告されて以降、マクロライド耐性菌はアジアを中心に増加し(IASR 32: 337-339, 2011)、現在は、地域差もあると考えられるが、日本の臨床分離株の50%以上はマクロライド耐性菌になっていると推定される(本号4ページ、5ページ&7ページ)。しかし、2010年以降に日本と同様にマイコプラズマ肺炎の流行が起こっている欧州では、M. pneumoniae 臨床分離株のマクロライド耐性率は低く、10%以下である。マクロライド耐性菌は小児のマイコプラズマ肺炎患者から分離される頻度が高く、成人患者からの分離率は低い。耐性菌による症例であっても多くの場合は通常の治療で治癒する。しかし、第一選択薬であるマクロライドによる治療では、耐性菌の場合は感性菌より有熱期間が少し長くなる傾向がある(IASR 28: 41-42, 2007、本号6ページ)。マクロライド耐性菌には、キノロン系やテトラサイクリン系の薬剤が有効である。現時点で、国内外でキノロン系やテトラサイクリン系の抗菌薬に耐性を示すM. pneumoniae 臨床分離株の報告はない。しかし、副作用などの観点から、重症な場合を除いて小児への投与は慎重に行われている(本号8ページ)。
マイコプラズマ肺炎の実験室診断:マイコプラズマ肺炎の実験室診断は、培養法、血清診断法、核酸増幅検査などがある。培養法は最も確実な診断法だが、結果が得られるまで1~4週間程度の培養が必要である。PA法やEIA法などの血清診断キットは臨床現場で普及しているが、正確な判定を得るにはペア血清の検査が望まれ、早期診断は難しいこともある。現在、早期診断法として信頼性が高いのは、PCR法やLAMP法などの核酸増幅検査である(本号8ページ)。2011年10月よりLAMP法による検査は保険適用になっている。
おわりに:国内のマイコプラズマ肺炎流行は現在進行中であり(http://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1659-18myco.html)、今後の患者発生動向を見ながら、臨床分離株の薬剤耐性状況や病原性の変化の監視を継続する必要がある。