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Mycobacterium ulcerans の産生するマイコラクトン

(IASR Vol. 33 p. 89-90: 2012年4月号)

 

はじめに
ブルーリ潰瘍にみられる痛みのない(少ない)皮膚潰瘍では、皮膚・皮下組織に特徴的な病変が認められる。すなわち、脂肪組織を中心とした広範な壊死があるにもかかわらず、一般の脂肪壊死で観察されるマクロファージや好中球などの炎症細胞がほとんどみられず、fat cell ghostと表現されている。古くなった線維化病変でも細胞核はまばらにしかみられない。これらの病変は菌の分布を超えて広い範囲にみられることから、病変の形成にはMycobacterium ulcerans が産生して菌外に分泌する毒素の存在が示唆されていた。その後の研究によって、毒性脂質のマイコラクトン(mycolactone)が関与していることが明らかになった。

マイコラクトンの構造と産生、測定法
マイコラクトンはマクロライドに属する化合物で、二つのポリケチド鎖(ラクトン核)のエステル結合によって作られる()。これらのラクトン核は、M. ulcerans の巨大プラスミドpMUM001にコードされているポリケチド合成酵素(Pks)によって合成される。M. ulcerans (subsp. shinshuense を含む)以外にも、類縁抗酸菌であるM. liflandii M. pseudoshottsii と一部のM. marinum がマイコラクトンを産生することが知られている。マイコラクトンには脂肪酸側鎖の種類によってA/B ~Gまでの構造亜型があり、アフリカのM. ulcerans M. ulcerans subsp. shinshuense はA/B(分子式 C44H70O9)を、オーストラリアのM. ulcerans はCを、アフリカツメガエルのM. liflandii はEを、魚のM. marinum はFを産生する。

マイコラクトンはプラスミドの遺伝子によって合成されることから、菌がプラスミドを失えばマイコラクトンは産生されなくなる。精製したマイコラクトンは黄色であるが、中永によると、M. ulceransの培養コロニーは継代培養中にしばしば黄色から白色に変異し、マイコラクトン産生能と細胞毒性を消失する。

岸 義人らはマイコラクトンの人工合成を行い、我々の実験(未発表)では合成マイコラクトンは精製マイコラクトンとほぼ同等の生物活性を示している。

病変組織あるいは血清から脂質を抽出し、高速液体クロマトグラフィーと質量分析の組み合わせでマイコラクトンを検出することができる。現時点では、精度の高い簡易測定法は報告されていない。

マイコラクトンの生物活性
マイコラクトンは毒性脂質であり、線維芽細胞、脂肪細胞、マクロファージ、角化細胞などに対して、用量依存性に壊死とアポトーシスの両方の機序による細胞傷害性があり、細胞を壊死させるために皮膚潰瘍を形成する。マイコラクトンが末梢神経のシュワン細胞も障害するために、潰瘍になっても痛み刺激に対する閾値が最終的に低下することを、我々は動物実験で明らかにした。マイコラクトンは側鎖構造によって生物活性が異なり、亜型の中ではA/Bが最も強い細胞毒性を示す。

マイコラクトンは免疫抑制作用も持っている。ブルーリ潰瘍患者の末梢血単核細胞では、細胞毒性よりはるかに低濃度でIFN-γ産生が抑制され、IL-4優位のTh2サイトカインパターンを示すことがわかっている。

 参考文献
1) George KM, et al ., Science 283: 854-857, 1999
2) Hong H, et al ., Nat Prod Rep 25: 447-454, 2008
3) Kishi Y, PNAS 108: 6703-6708, 2011
4) Sarfo FS, et al ., PLoS Negl Trop Dis 5: e1237, 2011
5) En J, et al ., Infect Immun 76: 2002-2007, 2008

国立療養所星塚敬愛園 後藤正道

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ブルーリ潰瘍の感染経路、自然宿主について

(IASR Vol. 33 p. 90-91: 2012年4月号)

 

感染経路
Mycobacterium ulcerans はヒト-ヒト間の感染は稀であり、患者発生の地理的分布から水系やその周辺に生息する何らかの媒介生物を介して感染すると考えられているが、特定の自然宿主や媒介生物は明らかにされていない。したがって、菌が一部の水系に高密度に分布し、傷口などから直接感染する可能性も否定できない。感染の危険因子として、沼地や河川での歩行、水泳、釣り、水田や河川の近くでの農作業、また生活用水に河川の水を使用することや、居住地がダムに近いことなどがあげられている。外傷は危険性を高めるが、農作業時に長ズボンを着用することや、創傷時に直ちに患部を洗浄したり、入浴時に石鹸を使用することで罹患率が低下するとの報告もある。蚊帳や虫除けの使用によって罹患率が低下し、四肢を蚊に刺されると上昇することから、蚊などの媒介生物が介在している可能性も考えられる。

自然宿主
PCR法によって、M. ulcerans ゲノム内の繰り返し配列IS2404 が、沼地やゴルフ場の水、水中の沈殿物や土壌から検出されている。また、蚊からも検出されて、その頻度と発症との相関が示されており、ボウフラから水棲昆虫の1種コオイムシに菌体が移行することが実験的に示された。コオイムシの他、コバンムシ、タイコウチ、ヤゴ、ゲンゴロウ、マツオムシ、ガムシなどからもM. ulcerans DNAが検出されている。これらの生物はすべて標的の体液を吸う捕食性の生物であり、まれにヒトも刺すことがある。コバンムシでは体外から取り込んだM. ulcerans 菌体が唾液腺に移行し、マウスに感染させると潰瘍を形成することや、アメンボからM. ulcerans の単離とマウスへの感染も報告されている。我々も本邦の家族発症例の住居敷地内の水路に生息するアメリカザリガニからM. ulcerans IS2404 を検出した。

一方、これら水棲昆虫以外にも、クモ、ツトガの幼虫といった陸生節足動物、ジャンボタニシやヨーロッパミズヒラマキガイなどの貝類、ティラピアを含む数種の魚類でもM. ulcerans が検出されている。また、M. ulcerans に感染し潰瘍を発症した動物として、コアラ、ウマ、フクロギツネ、ネコおよびネズミカンガルー、カメなどが報告されている。

M. ulcerans の細菌学的特徴
M. ulcerans の16S rRNA配列の系統解析により、M. marinum と極めて近縁であることが明らかにされている。しかし、M. marinum の全ゲノムサイズは 6.6Mbpであるのに対し、M. ulceransでは5.8Mbpと小さく、共通の祖先種から様々な遺伝子が脱落した結果、生息環境に制限が生ずるとともに、病原性プラスミドの獲得によりマイコラクトン産生能を得たと考えられる。M. ulcerans M. marinum はいずれも水系感染症でありながら、上記のような構成遺伝子の違いにより感染源や感染動物にも差異がみられるのであろう。

 参考文献
1) Aiga H, et al ., Am J Trop Med Hyg 71: 387-392, 2004
2) Brou T, et al ., PLoS Negl Trop Dis 2: e271, 2008
3) Fyfe JA, et al ., PLoS Negl Trop Dis 4: e791, 2010
4) Kotlowski R, et al ., J Med Microbiol 53: 927-933, 2004
5) Marion E, et al ., PLoS Negl Trop Dis 4: e731, 2010
6) Portael F, et al ., PLoS Negl Trop Dis 2: e178,2008
7) Pouillot R, et al ., PLoS Negl Trop Dis 1: e101, 2007
8) Quek TY, et al ., Emerg Infect Dis 13: 1661-1666, 2007
9) Raghunathan PL, et al ., Clin Infect Dis 40: 1445-1453, 2005
10) Stinear T, et al ., Appl Environ Microbiol 66:3206-3213, 2000
11) Stinear T, et al ., Microbes 2: 187-194, 2007
12) Wallace JR, et al ., Appl Environ Microbiol 76: 6215-6222, 2010
13) Williamson HR, et al ., PLoS Negl Trop Dis 2: e205, 2008

国立感染症研究所ハンセン病研究センター感染制御部第8室(感染診断室)
鈴木幸一 赤間 剛

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風疹髄膜脳炎を発症した成人男性の1例

(IASR Vol. 34 p. 102-103: 2013年4月号)

 

発熱、全身の紅斑、痙攣重積で当院へ救急搬送され、精査の結果、風疹による髄膜脳炎と診断した1例を経験したため報告する。

症 例
生来健康な25歳男性、2013年2月某日より発熱、両側眼球結膜の充血を認めた。第2病日には39℃を超える高熱を呈したため、近医を受診し、ロキソプロフェン、ガレノキサシンの内服を開始した。第3病日に体幹、四肢、顔面に点状の紅斑が出現した。その後も発熱は持続しており、第5病日に軽度の頭痛が出現し、同日深夜に軽度の嘔気を訴えた後、全身性痙攣を認めたため救急要請された。ワクチン接種歴は不明であり、過去1カ月以内の海外渡航歴はなかった。また、明らかな発疹を呈する患者との接触はなかった。

来院時も全身性痙攣が継続しており、ジアゼパム投与によりいったん止痙した。開眼は可能であったが意思疎通が困難な状態であり、バイタルサインは体温36.6℃、血圧120/60mmHg、脈拍68回/分、呼吸数22回/分、SpO2 99 %(室内気)であった。身体所見上、両側眼球結膜の充血・点状出血と、眼周囲に特に強く、四肢の中央と両上腕部、両大腿部に広がりわずかに隆起する紫斑および点状出血を認めた。発疹は一部癒合傾向を認めた。後頸部をはじめとしてリンパ節腫脹は明らかでなかった。項部硬直は認めず、Kernig signは陰性であった。胸部、腹部所見に異常は認めなかった。

血液検査所見は、WBC 7,760/μl、Plt 13.2万/μl、CRP 0.55 mg/dl、AST 30 IU/L、ALT 36 IU/L、LDH 393 IU/L、CK 81 IU/L、BUN 13.3 mg/dl、Cre 0.97 mg/dlと、軽度の血小板低下以外大きな異常は認めなかった。髄液検査では、細胞数 38.4/μl(好中球 6.7/μl、リンパ球31.7/μl)、糖 62 mg/dl、蛋白 130 mg/dlと異常を認めた。髄液のラテックス凝集反応、グラム染色は陰性であった。頭部CT検査では明らかな異常を認めなかった。インフルエンザ迅速検査、アデノウイルス迅速検査は陰性であり、咽頭ぬぐい液の麻疹PCRも陰性であった。

入院時より髄膜脳炎としてバンコマイシン、セフトリアキソン、アシクロビルによる治療を開始した。入院前に再度全身性痙攣を生じ、意識障害も遷延していることから詳細な持続時間は不明だが痙攣重積と判断し、痙攣コントロールのために挿管人工呼吸管理となった。第7病日には36℃台へ解熱し、皮疹は、入院後消退傾向を示し、経過良好であったため同日に抜管となり、第8病日には意識清明となり、髄液や血液培養検査は陰性であったため抗菌薬を中止した。第8病日の頭部MRI 検査では、脳溝にFLAIR 高信号域とGd造影によるpia-subarachnoid patternの増強があり、髄膜炎の所見と考えられた。脳波検査では、両側前頭極部に棘徐波複合、鋭波を認めた。身体所見上、明らかな神経学的異常を認めなかったが、脳波異常を認めたことからカルバマゼピンの内服を継続として、第16病日に退院となった。

近医を受診した第4病日の風疹抗体はIgM(0.13、抗体指数)、IgG(<2.0、EIA index)ともに陰性であった。第9病日の血液検査にて風疹IgM の陽転化(9.15、抗体指数)の所見を認めた。第6病日の髄液の風疹抗体についてもIgM 陽性(2.26、抗体指数)、IgG 陰性(0.14、EIA index)と抗体価上昇を認めていた。後日、第6病日の咽頭ぬぐい液PCR により風疹ウイルスが同定された。なお、髄液の風疹ウイルスPCRについては陰性であった。

上記の臨床経過と検査結果より、皮疹やその他の臨床所見が非典型的ではあったが、風疹による髄膜脳炎と診断した。

考 察
風疹は、微熱、頸部リンパ節腫脹、全身の発疹の三徴を呈するウイルス疾患である。不顕性感染も多く、発症者の多くは軽症例であるが、関節炎、血小板減少性紫斑病、甲状腺炎、脳炎を時に合併する。脳炎を呈するのは、 6,000人に1人の頻度と稀な合併症である1)。脳炎症状は、皮疹の出現から通常1~8日後に認められる。主要な神経学的所見は、頭痛、失調、片麻痺であり、意識の変容、昏睡、痙攣を呈するのは稀である。80%は後遺症なく回復するとされる1)。稀な合併症ではあるが、昨年にも1例の成人の脳炎症例が発生した2)

結 語
風疹の多くは軽症例であるが、時に脳炎などの重篤な合併症を呈する。現在の流行期においては、風疹患者数の増加に伴い、今後も風疹による重症合併症例の発生が懸念される。このような事実を含めて、妊婦を除く妊娠可能年齢の女性やそのパートナーのみならず一般成人に対しても、注意喚起とワクチン接種の勧奨を行っていく必要がある。国立感染症研究所や当院においても風疹流行に関しての啓発ポスター3,4)を作成し、注意を呼びかけている。

また風疹は、非典型的な症状を呈する例もみられることから、全身の紅斑を認める患者では、風疹を鑑別に挙げ精査を行うとともに、周囲の風疹ワクチン接種や抗体価の確認を含めた適切な感染拡大防止策を検討することが重要である。

 

参考文献
1) Figueiredo CA, et al., Infection 39: 73-75, 2011
2) IASR 33: 305-308, 2012
3)国立感染症研究所・風しん予防啓発ポスター  http://www.niid.go.jp/niid/ja/rubella-poster2013.html
4)国立国際医療研究センター・国際感染症センターWebページ  http://www.ncgm.go.jp/dcc/ [accessed on 2013/3/6]

 

独立行政法人国立国際医療研究センター
国際感染症センター
    福島一彰 山元 佳 上村 悠 忽那賢志 氏家無限 竹下 望 早川佳代子 加藤康幸 金川修造 大曲貴夫
救急科 長島彩子 萩原章嘉
神経内科 新井憲俊
皮膚科 蒲澤美代子

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ガーナにおけるブルーリ潰瘍

(IASR Vol. 33 p. 88-89: 2012年4月号)

 

ガーナの背景
ガーナ共和国は、アフリカ西部の赤道直下に位置し、人口は2,442万人、人口1人当たりの国民総所得(GNI)は1,240ドルで世界銀行の分類で低中所得国(Lower Middle Income Country)に位置づけられる。医療状況は、施設も人員も十分といえるレベルにはほど遠い(表1)。病院は大都市と州・県の行政機関がある街に限られ、他地域に居住する国民がアクセス可能な医療機関である保健センター(行政が設置したものが全国に1,081カ所)に常勤医師はいない。

疫 学
ガーナは、国別患者数でコートジボワールについで世界で2番目にブルーリ潰瘍の患者が多い1) 。1971年に初報告例があり、1993年以降で11,000人以上の患者が確認されている1) 。2010年の患者(再発例を含む)数は1,048例2) にのぼる。患者は、全国の全10州でみられている(図1)。2002年に報告された大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)によれば、全国平均有病率は20.8人(対人口10万人)3) 。また、National Buruli Ulcer Control Programmeによる2009年の調査結果では、全国平均で新規感染患者 3.55人(同)が罹患し、特にAshanti州において新規患者総数の50.3%、Central州で新規患者総数の19.1%と多い2) 。一方、1989年van der WerfがDensu川流域(Ashanti州)に多く患者が居ることに着目し、以降、水辺とブルーリ潰瘍に因果関係が疑われている3) 。National Buruli Ulcer Control Programmeも、湖沼地帯、大きな河川沿いで発生していると指摘している。男女比について、2002年大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)5,596例で51:49 3) 、2009年National Buruli Ulcer Control Programmeの調査851例では45.4:54.6 2)と報告している。発症年齢について、15歳以下に多いとの意見1)があるが、2009年846例の調査結果で0~5歳77例9.1%、6~15歳246例29.1%、16~49歳308例36.4%、50歳以上215例25.4%となっており2) 、2002年調査の5,596例では0.8歳~100歳で罹患者がみられ、平均は25歳、20歳以上は女性に、20歳未満は男性に多い3) と報告されている。

診断と治療
2002年のガーナにおけるブルーリ潰瘍の診断は、主に経験のあるHeath Workerによる臨床症状で行われていた3) 。近年では、臨床検査が併用され、実施率2004年4.1%、2005年15.9%、2006年23% 2) と、以降急速に普及している。Dorothy Yeboah-Manuによれば、現在ガーナでは、患部スメアおよび針穿刺組織の抗酸性染色検鏡、同培養、PCR(IS2404)が用いられるものの、PCRの普及は経済的理由で難しい4) 。このため抗酸性染色検鏡検査の精度を上げる努力がされている。患者が発生した場合、現在でも村落部では95%がまず伝統医療術師に相談する。このため大きな潰瘍に進展する例が多い5) 。運良くHealth Worker等にブルーリ潰瘍と診断されると、病院の医師へ紹介される。主には外科的治療となる6) 。この場合、再発は16~30% 6,7)。近年抗菌薬の役割が重要視され併用(または単独)されるようになった6) 。抗菌薬を使った場合、再発は2%程度となっている6,7) 。一般的に使用される化学療法は、WHOが推奨するRS8療法(Streptomycin 15mg/kg筋注1回/日+Rifampicin 10mg/kg経口1回/日を8週)または、同治療を4週行った後Rifampicin 10mg/kgとClarithromycin 7.5mg/kgを経口で1回/日で、良好な結果が得られている7) 。

問題点とその対応
ガーナの村落においては、ブルーリ潰瘍への偏見は根強く、「祟り」が原因と考え祈祷師や伝統医療術師に頼る者が多い。また、呪術師等により潰瘍創面に薬草を塗布され深刻化する例が後を絶たない5)。これに対し政府は、郡/市・集落ごとに保健センターや地域のHealth Workerを教育、教師等に学校衛生プログラムを実施、地域ごとに疫学ボランティアを養成する等を行い、ブルーリ潰瘍の正しい知識普及と早期発見に務めている8)。他方、患者が早期に診断を受けられた場合であっても、治療を行うための医療機関へのアクセスが難しい状況がある。解決すべき問題は少なくない。

 参考文献
1) WHO, http://www.who.int/buruli/en/
2) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/data.html
3) Amofah G, et al ., Emerg Infect Dis 8: 167-170, 2002
4) Yeboah-Manu D, et al ., J Clin Microbiol 49: 1997-1999, 2011
5) A Service of the UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, http://www.irinnews.org/printreport.aspx?reportid=92036
6) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/about%20us.html
7) Sarfo FS, et al ., Antimicrob Agents Chemother 54: 3678-3685, 2010>
8) Health Foundation of Ghana, 
    http://www.hfghana.org/hfg_maincat_SUBselect.cfm?tblNewsCatID=5&prodcatID=1

外務省(在ガーナ日本大使館) 栗田 実

 

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腸管出血性大腸菌O111集団食中毒事例疫学調査の概要

(IASR Vol. 33 p. 118: 2012年5月号)

 

2011年4月下旬より、富山県を中心に腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症が広域に発生し、重症者が多数報告された。本報告はEHEC血清群O111(以下O111)によるアウトブレイクの全体像と感染源および感染経路について検討およびO111による感染症の集団発生の重症化の早期検知の指標を検討した。

対象は2011年4月10~29日までに焼肉チェーンAで喫食をした者とし、健康状態、喫食状況等の情報を保健所および医療機関から収集した。このうち、消化器症状(下痢・血便・腹痛・嘔吐)があるか、溶血性尿毒症症候群(以下、HUS )と診断された者で、便検査あるいは血清抗体検査でO111 and/or血清群O157(以下O157)が検出された者を症例とした。なお、O111はVT検出の有無は問わないこととした。症例等と同行し、焼肉チェーンAで喫食したが、消化器症状および他の症状がない者を対照とした。感染リスクの推定はロジスティック回帰分析を用いオッズ比(OR)を算出した。また、そのORが有意な食品についてはSpearmanの相関係数をそれぞれの食品に対して算出した。ユッケとの相関係数が有意で絶対値が 0.1以上である食品はユッケを調整変数として調整オッズ比をロジスティック回帰分析で算出した。

全症例は96例で、そのうち喫食により発症したと考えられるO111陽性例(O157重複感染を含む)は85例(男性42例、女性43例、年齢中央値20歳)であった。症例の年齢は15~19歳が最も多かった。HUSの発症はO111陽性例85例中34例(40.0%)であった。また、脳症はO111陽性者85例中21例(24.7%)が発症し、HUS発症者34例中では61.8%であった。HUSの発症は16歳以上の成人女性が16例(47.1%)で多かった。死亡者は85例中5例(5.9%)であった。

HUSや脳症を発症するような重症例では、早期に結腸壁の著明な肥厚を認め強い腹痛が出現するため、臨床症状の注意深い観察に加え画像診断を用いた重症化の予測が重要と考えられた。また、HUS発症例では発症前に尿蛋白が出現し持続する傾向にあり、HUSの発症を検知するためには有用であると思われた。脳症発症例においては血小板減少が急激かつ高度なため、頻回な検査による推移の確認は重症化予測の一助になると考えられた。経過中に異常言動・行動、意識障害、けいれんなどの神経症状がみられる場合は、脳症の発症を念頭に速やかに中枢神経系の画像診断を行うことが望ましく、可能な限りMRI 検査が推奨される。O157によるEHEC感染症と同様に、O111においても小児と女性は重症化のリスクが高い傾向にあり、早期から臨床症状の強い例は注意が必要であると思われた。治療効果や予後については、今後さらなる検討が必要と考えられる。

ヒトの便検体から分離されたO111の菌株と店舗に残っていた1パックの肉から分離されたO111の菌株はパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)の結果、由来が同一と考えられた。EHEC感染症の集団発生および重症化にはO111の関与が考えられた。O111感染リスクについては、ロジスティック回帰分析からユッケのオッズ比が大きく、ユッケ喫食者が発症と強い関連があり(OR=26.181, 95% CI:8.106-84.561)、「やわらかハラミ」喫食および「ポンジリ」喫食の調整オッズ比が有意でないことからユッケがO111に汚染され、EHEC感染症による集団食中毒を発生させたと考えられた。遡り調査では汚染源は特定できなかったが、ユッケは店舗でのオペレーションの聞き取りに差がみられず、マニュアルに沿った加工を行っており、さらに複数店舗で症例が発生し、店舗に残っていた未開封のブロック肉の1つからO111が分離されていることから、特定の店舗での交差汚染等によりアウトブレイクが発生した可能性は低いと考えられる。本事例は店舗に納入される前のいずれかの過程でブロック肉が汚染され、除去されることなく提供された可能性が高いと考えられた。

謝辞:ご協力いただきました各医療機関および行政機関等の皆様および先生方に厚く御礼申し上げます。

症例の情報提供:富山大学附属病院、富山市民病院、富山県立中央病院、富山赤十字病院、砺波総合病院、津田産婦人科医院、高岡市民病院、富山県済生会高岡病院、社会保険高岡病院、南砺市民病院、厚生連高岡病院、射水市民病院、真生会富山病院、金沢大学附属病院、金沢医科大学病院、金沢医科大学氷見市民病院、福井赤十字病院、福井総合病院、福井大学医学部附属病院、淀川キリスト教病院、仙台市立病院、聖隷横浜病院、かみいち総合病院、北陸中央病院、今立中央病院、福井県済生会病院、富山県厚生部、富山県内各厚生センター、富山市保健所、福井県健康福祉部、福井保健所、石川県健康福祉部、金沢市保健所、横浜市保健所、相模原市保健所、藤沢市保健所、東京都福祉保健局、板橋区保健所

腹部骨盤画像所見:国立成育医療研究センター放射線診療部(医長・野坂俊介先生、医長・宮崎治先生) 

脳症に関する画像所見:亀田メディカルセンター(小児科部長・高梨潤一先生)、順天堂大学(小児科准教授・奥村彰久先生)、徳島大学(放射線科教授・原田雅史先生)

国立感染症研究所FETP 三崎貴子 柳楽真佐美
国立感染症研究所感染症情報センター 八幡裕一郎 多田有希 谷口清州 岡部信彦
富山県厚生部生活衛生課 出村尚子
富山県衛生研究所 佐多徹太郎

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ガーナにおけるブルーリ潰瘍

(IASR Vol. 33 p. 88-89: 2012年4月号)

 

ガーナの背景
ガーナ共和国は、アフリカ西部の赤道直下に位置し、人口は2,442万人、人口1人当たりの国民総所得(GNI)は1,240ドルで世界銀行の分類で低中所得国(Lower Middle Income Country)に位置づけられる。医療状況は、施設も人員も十分といえるレベルにはほど遠い(表1)。病院は大都市と州・県の行政機関がある街に限られ、他地域に居住する国民がアクセス可能な医療機関である保健センター(行政が設置したものが全国に1,081カ所)に常勤医師はいない。

疫 学
ガーナは、国別患者数でコートジボワールについで世界で2番目にブルーリ潰瘍の患者が多い1) 。1971年に初報告例があり、1993年以降で11,000人以上の患者が確認されている1) 。2010年の患者(再発例を含む)数は1,048例2) にのぼる。患者は、全国の全10州でみられている(図1)。2002年に報告された大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)によれば、全国平均有病率は20.8人(対人口10万人)3) 。また、National Buruli Ulcer Control Programmeによる2009年の調査結果では、全国平均で新規感染患者 3.55人(同)が罹患し、特にAshanti州において新規患者総数の50.3%、Central州で新規患者総数の19.1%と多い2) 。一方、1989年van der WerfがDensu川流域(Ashanti州)に多く患者が居ることに着目し、以降、水辺とブルーリ潰瘍に因果関係が疑われている3) 。National Buruli Ulcer Control Programmeも、湖沼地帯、大きな河川沿いで発生していると指摘している。男女比について、2002年大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)5,596例で51:49 3) 、2009年National Buruli Ulcer Control Programmeの調査851例では45.4:54.6 2)と報告している。発症年齢について、15歳以下に多いとの意見1)があるが、2009年846例の調査結果で0~5歳77例9.1%、6~15歳246例29.1%、16~49歳308例36.4%、50歳以上215例25.4%となっており2) 、2002年調査の5,596例では0.8歳~100歳で罹患者がみられ、平均は25歳、20歳以上は女性に、20歳未満は男性に多い3) と報告されている。

診断と治療
2002年のガーナにおけるブルーリ潰瘍の診断は、主に経験のあるHeath Workerによる臨床症状で行われていた3) 。近年では、臨床検査が併用され、実施率2004年4.1%、2005年15.9%、2006年23% 2) と、以降急速に普及している。Dorothy Yeboah-Manuによれば、現在ガーナでは、患部スメアおよび針穿刺組織の抗酸性染色検鏡、同培養、PCR(IS2404)が用いられるものの、PCRの普及は経済的理由で難しい4) 。このため抗酸性染色検鏡検査の精度を上げる努力がされている。患者が発生した場合、現在でも村落部では95%がまず伝統医療術師に相談する。このため大きな潰瘍に進展する例が多い5) 。運良くHealth Worker等にブルーリ潰瘍と診断されると、病院の医師へ紹介される。主には外科的治療となる6) 。この場合、再発は16~30% 6,7)。近年抗菌薬の役割が重要視され併用(または単独)されるようになった6) 。抗菌薬を使った場合、再発は2%程度となっている6,7) 。一般的に使用される化学療法は、WHOが推奨するRS8療法(Streptomycin 15mg/kg筋注1回/日+Rifampicin 10mg/kg経口1回/日を8週)または、同治療を4週行った後Rifampicin 10mg/kgとClarithromycin 7.5mg/kgを経口で1回/日で、良好な結果が得られている7) 。

問題点とその対応
ガーナの村落においては、ブルーリ潰瘍への偏見は根強く、「祟り」が原因と考え祈祷師や伝統医療術師に頼る者が多い。また、呪術師等により潰瘍創面に薬草を塗布され深刻化する例が後を絶たない5)。これに対し政府は、郡/市・集落ごとに保健センターや地域のHealth Workerを教育、教師等に学校衛生プログラムを実施、地域ごとに疫学ボランティアを養成する等を行い、ブルーリ潰瘍の正しい知識普及と早期発見に務めている8)。他方、患者が早期に診断を受けられた場合であっても、治療を行うための医療機関へのアクセスが難しい状況がある。解決すべき問題は少なくない。

 参考文献
1) WHO, http://www.who.int/buruli/en/
2) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/data.html
3) Amofah G, et al ., Emerg Infect Dis 8: 167-170, 2002
4) Yeboah-Manu D, et al ., J Clin Microbiol 49: 1997-1999, 2011
5) A Service of the UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, http://www.irinnews.org/printreport.aspx?reportid=92036
6) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/about%20us.html
7) Sarfo FS, et al ., Antimicrob Agents Chemother 54: 3678-3685, 2010>
8) Health Foundation of Ghana, 
    http://www.hfghana.org/hfg_maincat_SUBselect.cfm?tblNewsCatID=5&prodcatID=1

外務省(在ガーナ日本大使館) 栗田 実

 

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