logo

腸管出血性大腸菌O111集団食中毒事例疫学調査の概要

(IASR Vol. 33 p. 118: 2012年5月号)

 

2011年4月下旬より、富山県を中心に腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症が広域に発生し、重症者が多数報告された。本報告はEHEC血清群O111(以下O111)によるアウトブレイクの全体像と感染源および感染経路について検討およびO111による感染症の集団発生の重症化の早期検知の指標を検討した。

対象は2011年4月10~29日までに焼肉チェーンAで喫食をした者とし、健康状態、喫食状況等の情報を保健所および医療機関から収集した。このうち、消化器症状(下痢・血便・腹痛・嘔吐)があるか、溶血性尿毒症症候群(以下、HUS )と診断された者で、便検査あるいは血清抗体検査でO111 and/or血清群O157(以下O157)が検出された者を症例とした。なお、O111はVT検出の有無は問わないこととした。症例等と同行し、焼肉チェーンAで喫食したが、消化器症状および他の症状がない者を対照とした。感染リスクの推定はロジスティック回帰分析を用いオッズ比(OR)を算出した。また、そのORが有意な食品についてはSpearmanの相関係数をそれぞれの食品に対して算出した。ユッケとの相関係数が有意で絶対値が 0.1以上である食品はユッケを調整変数として調整オッズ比をロジスティック回帰分析で算出した。

全症例は96例で、そのうち喫食により発症したと考えられるO111陽性例(O157重複感染を含む)は85例(男性42例、女性43例、年齢中央値20歳)であった。症例の年齢は15~19歳が最も多かった。HUSの発症はO111陽性例85例中34例(40.0%)であった。また、脳症はO111陽性者85例中21例(24.7%)が発症し、HUS発症者34例中では61.8%であった。HUSの発症は16歳以上の成人女性が16例(47.1%)で多かった。死亡者は85例中5例(5.9%)であった。

HUSや脳症を発症するような重症例では、早期に結腸壁の著明な肥厚を認め強い腹痛が出現するため、臨床症状の注意深い観察に加え画像診断を用いた重症化の予測が重要と考えられた。また、HUS発症例では発症前に尿蛋白が出現し持続する傾向にあり、HUSの発症を検知するためには有用であると思われた。脳症発症例においては血小板減少が急激かつ高度なため、頻回な検査による推移の確認は重症化予測の一助になると考えられた。経過中に異常言動・行動、意識障害、けいれんなどの神経症状がみられる場合は、脳症の発症を念頭に速やかに中枢神経系の画像診断を行うことが望ましく、可能な限りMRI 検査が推奨される。O157によるEHEC感染症と同様に、O111においても小児と女性は重症化のリスクが高い傾向にあり、早期から臨床症状の強い例は注意が必要であると思われた。治療効果や予後については、今後さらなる検討が必要と考えられる。

ヒトの便検体から分離されたO111の菌株と店舗に残っていた1パックの肉から分離されたO111の菌株はパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)の結果、由来が同一と考えられた。EHEC感染症の集団発生および重症化にはO111の関与が考えられた。O111感染リスクについては、ロジスティック回帰分析からユッケのオッズ比が大きく、ユッケ喫食者が発症と強い関連があり(OR=26.181, 95% CI:8.106-84.561)、「やわらかハラミ」喫食および「ポンジリ」喫食の調整オッズ比が有意でないことからユッケがO111に汚染され、EHEC感染症による集団食中毒を発生させたと考えられた。遡り調査では汚染源は特定できなかったが、ユッケは店舗でのオペレーションの聞き取りに差がみられず、マニュアルに沿った加工を行っており、さらに複数店舗で症例が発生し、店舗に残っていた未開封のブロック肉の1つからO111が分離されていることから、特定の店舗での交差汚染等によりアウトブレイクが発生した可能性は低いと考えられる。本事例は店舗に納入される前のいずれかの過程でブロック肉が汚染され、除去されることなく提供された可能性が高いと考えられた。

謝辞:ご協力いただきました各医療機関および行政機関等の皆様および先生方に厚く御礼申し上げます。

症例の情報提供:富山大学附属病院、富山市民病院、富山県立中央病院、富山赤十字病院、砺波総合病院、津田産婦人科医院、高岡市民病院、富山県済生会高岡病院、社会保険高岡病院、南砺市民病院、厚生連高岡病院、射水市民病院、真生会富山病院、金沢大学附属病院、金沢医科大学病院、金沢医科大学氷見市民病院、福井赤十字病院、福井総合病院、福井大学医学部附属病院、淀川キリスト教病院、仙台市立病院、聖隷横浜病院、かみいち総合病院、北陸中央病院、今立中央病院、福井県済生会病院、富山県厚生部、富山県内各厚生センター、富山市保健所、福井県健康福祉部、福井保健所、石川県健康福祉部、金沢市保健所、横浜市保健所、相模原市保健所、藤沢市保健所、東京都福祉保健局、板橋区保健所

腹部骨盤画像所見:国立成育医療研究センター放射線診療部(医長・野坂俊介先生、医長・宮崎治先生) 

脳症に関する画像所見:亀田メディカルセンター(小児科部長・高梨潤一先生)、順天堂大学(小児科准教授・奥村彰久先生)、徳島大学(放射線科教授・原田雅史先生)

国立感染症研究所FETP 三崎貴子 柳楽真佐美
国立感染症研究所感染症情報センター 八幡裕一郎 多田有希 谷口清州 岡部信彦
富山県厚生部生活衛生課 出村尚子
富山県衛生研究所 佐多徹太郎

logo

ガーナにおけるブルーリ潰瘍

(IASR Vol. 33 p. 88-89: 2012年4月号)

 

ガーナの背景
ガーナ共和国は、アフリカ西部の赤道直下に位置し、人口は2,442万人、人口1人当たりの国民総所得(GNI)は1,240ドルで世界銀行の分類で低中所得国(Lower Middle Income Country)に位置づけられる。医療状況は、施設も人員も十分といえるレベルにはほど遠い(表1)。病院は大都市と州・県の行政機関がある街に限られ、他地域に居住する国民がアクセス可能な医療機関である保健センター(行政が設置したものが全国に1,081カ所)に常勤医師はいない。

疫 学
ガーナは、国別患者数でコートジボワールについで世界で2番目にブルーリ潰瘍の患者が多い1) 。1971年に初報告例があり、1993年以降で11,000人以上の患者が確認されている1) 。2010年の患者(再発例を含む)数は1,048例2) にのぼる。患者は、全国の全10州でみられている(図1)。2002年に報告された大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)によれば、全国平均有病率は20.8人(対人口10万人)3) 。また、National Buruli Ulcer Control Programmeによる2009年の調査結果では、全国平均で新規感染患者 3.55人(同)が罹患し、特にAshanti州において新規患者総数の50.3%、Central州で新規患者総数の19.1%と多い2) 。一方、1989年van der WerfがDensu川流域(Ashanti州)に多く患者が居ることに着目し、以降、水辺とブルーリ潰瘍に因果関係が疑われている3) 。National Buruli Ulcer Control Programmeも、湖沼地帯、大きな河川沿いで発生していると指摘している。男女比について、2002年大規模調査(National Search for Cases of Buruli Ulcer)5,596例で51:49 3) 、2009年National Buruli Ulcer Control Programmeの調査851例では45.4:54.6 2)と報告している。発症年齢について、15歳以下に多いとの意見1)があるが、2009年846例の調査結果で0~5歳77例9.1%、6~15歳246例29.1%、16~49歳308例36.4%、50歳以上215例25.4%となっており2) 、2002年調査の5,596例では0.8歳~100歳で罹患者がみられ、平均は25歳、20歳以上は女性に、20歳未満は男性に多い3) と報告されている。

診断と治療
2002年のガーナにおけるブルーリ潰瘍の診断は、主に経験のあるHeath Workerによる臨床症状で行われていた3) 。近年では、臨床検査が併用され、実施率2004年4.1%、2005年15.9%、2006年23% 2) と、以降急速に普及している。Dorothy Yeboah-Manuによれば、現在ガーナでは、患部スメアおよび針穿刺組織の抗酸性染色検鏡、同培養、PCR(IS2404)が用いられるものの、PCRの普及は経済的理由で難しい4) 。このため抗酸性染色検鏡検査の精度を上げる努力がされている。患者が発生した場合、現在でも村落部では95%がまず伝統医療術師に相談する。このため大きな潰瘍に進展する例が多い5) 。運良くHealth Worker等にブルーリ潰瘍と診断されると、病院の医師へ紹介される。主には外科的治療となる6) 。この場合、再発は16~30% 6,7)。近年抗菌薬の役割が重要視され併用(または単独)されるようになった6) 。抗菌薬を使った場合、再発は2%程度となっている6,7) 。一般的に使用される化学療法は、WHOが推奨するRS8療法(Streptomycin 15mg/kg筋注1回/日+Rifampicin 10mg/kg経口1回/日を8週)または、同治療を4週行った後Rifampicin 10mg/kgとClarithromycin 7.5mg/kgを経口で1回/日で、良好な結果が得られている7) 。

問題点とその対応
ガーナの村落においては、ブルーリ潰瘍への偏見は根強く、「祟り」が原因と考え祈祷師や伝統医療術師に頼る者が多い。また、呪術師等により潰瘍創面に薬草を塗布され深刻化する例が後を絶たない5)。これに対し政府は、郡/市・集落ごとに保健センターや地域のHealth Workerを教育、教師等に学校衛生プログラムを実施、地域ごとに疫学ボランティアを養成する等を行い、ブルーリ潰瘍の正しい知識普及と早期発見に務めている8)。他方、患者が早期に診断を受けられた場合であっても、治療を行うための医療機関へのアクセスが難しい状況がある。解決すべき問題は少なくない。

 参考文献
1) WHO, http://www.who.int/buruli/en/
2) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/data.html
3) Amofah G, et al ., Emerg Infect Dis 8: 167-170, 2002
4) Yeboah-Manu D, et al ., J Clin Microbiol 49: 1997-1999, 2011
5) A Service of the UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, http://www.irinnews.org/printreport.aspx?reportid=92036
6) National Buruli Ulcer Control Programme-Ghana, http://www.burulighana.org/about%20us.html
7) Sarfo FS, et al ., Antimicrob Agents Chemother 54: 3678-3685, 2010>
8) Health Foundation of Ghana, 
    http://www.hfghana.org/hfg_maincat_SUBselect.cfm?tblNewsCatID=5&prodcatID=1

外務省(在ガーナ日本大使館) 栗田 実

 

ブルーリ潰瘍の疫学―WHO戦略と世界・日本

(IASR Vol. 33 p. 87-88: 2012年4月号)

 

ブルーリ潰瘍は、1897年にSir Albert Cookがウガンダにおける慢性皮膚潰瘍の記載をしたのが初めての報告とされる。皮膚抗酸菌感染症として初めて認知されたのは、MacCallum らが、1935年頃よりオーストラリアのBairnsdale地方の農村地帯を中心に発生していた無痛性の慢性皮膚潰瘍の原因菌としてMycobacterium ulcerans を分離同定した1948年である1) 。現在では、ブルーリ潰瘍は、結核・ハンセン病に次ぐ第三の抗酸菌感染症として知られ、熱帯地域の他に亜熱帯地域、また日本のような温帯地域など世界30カ国以上の国からの報告がある(図1) 2)。

1998年に、世界保健機関(World Health Organization: WHO)は、西アフリカ(特にベナン、ガーナ、コートジボワール)および中央アフリカにおける患者が増加傾向にあることを受けて、世界ブルーリ潰瘍戦略(Global Buruli Ulcer Initiative: GBUI)を設立した。GBUIの指揮のもと、WHOや各国政府、非政府組織(non-governmental organization: NGO)、研究機関などが協力して啓発活動、早期診断・治療、研究推進、治療法開発、予防法開発などに尽力している。しかし一方で、ブルーリ潰瘍は顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases: NTD)のひとつとしても指定されている疾患であり、戦略の推進は資金や人材の確保などの面において難渋している実態がある。

WHOは、年間少なくとも5,000例の新規症例があると報告している2) 。しかし、ブルーリ潰瘍が多い途上国では、本疾患の認知度・診断率が低く、報告義務もないため、正確な症例数の把握が困難なことが多く、実際にはそれ以上の患者が存在することが推測される。日本では、1980年に御子柴らの報告(文献発表は1982年)による初の症例以来3) 、計32例のブルーリ潰瘍の報告(2011年末現在)がある。特に、2007年以降28例と、次第に増加傾向にある。その背景としては、疾患の認知度が高まってきていることが重要な要因として考えられている。ブルーリ潰瘍というと熱帯地域の疾患のようだが、日本と同様の温帯地域に分類されるオーストラリアでも、年間約30~40例の報告がある4) 。その他、中国に渡航歴のあるブルーリ潰瘍患者から日本で分離同定されているM. ulcerans  subsp. shinshuense がヨーロッパにおいて発見された報告があり5) 、日本以外のアジアにも本疾患が分布している可能性が示唆されている。

地域別における年齢、性別、好発部位、臨床像を分類した表を示す(表1、WHO提供)。それによると、アフリカでは5~15歳の子供に発症する場合が多いのに対して、日本やオーストラリアでは中高年に一番多いことが分かる。性差は明らかなものはなく、男女共に1:1程度である。好発部位としては、四肢、特に下肢に多い。これは、感染経路がまだ不明の疾患であるが、水環境近辺での発症が多いという事実とともに、環境因子が関与しているという仮説を支持する特徴である。ブルーリ潰瘍の臨床経過は、皮下結節期(nodule)、硬結期(plaque)、浮腫期(edema)、潰瘍期(ulcer)の主に4病期に分けることができ、潰瘍期が最重症とされる。興味深いことに、日本やオーストラリアではほとんどが潰瘍化した症例であるのに対して、アフリカでは潰瘍期以前の患者が26%を占めている。これは、病気の認知度を反映してのものだろう。残念ながら、日本では医療者間での認知度が低いため、患者が医療機関にかかっていても診断が遅れる場合がある。

GBUIは、重症度別に治療方針を決定・予後予測をするために、ブルーリ潰瘍の病変を潰瘍の大きさから3つに分類している(カテゴリーI:5cm未満の病変、カテゴリーII:5cm以上15cm未満の病変、カテゴリーIII:15cm以上の病変、骨髄炎の合併、多発性など)。アフリカでは各々のカテゴリーの患者がほぼ1/3 ずつである(表1)。日本・オーストラリアでは潰瘍化している症例が多いにもかかわらずその程度が軽いのは、潰瘍後に早期の対応が行われているためであろう。なお、オーストラリアでは日本に比較してカテゴリーIの比率が高いのは、疾患の認知度が高いことが考えられる。ブルーリ潰瘍で特に問題となるのが、潰瘍が四肢・関節部にまたがるための瘢痕拘縮の後遺症である。ベナンにおける 271名のブルーリ潰瘍患者の後遺症の調査では、カテゴリーIIIに分類された患者45名のうち35名(78%)が何らかの生活に支障をきたす後遺症を残していると報告している6)。早期発見・早期治療することでこの後遺症は回避することができるため、カテゴリーII、カテゴリーIIIの患者割合を減らすことが、現在の最重要課題といえる。

ブルーリ潰瘍の疫学を、その背景を若干交えながら紹介した。ここから分かることは、各国でブルーリ潰瘍における問題点は異なるということである。それぞれの国に適したブルーリ潰瘍対策が求められる。

 参考文献
1) MacCallum P, et al ., J Pathol Bacteriol 60: 93-122, 1948
2) Walsh DS, et al ., Dermatol Clin 29: 1-8, 2011
3) Tsukamura M, et al ., Microbiol Immunol 26: 951-955, 1982
4) World Health Organization, Buruli ulcer endemic countries: http://www.who.int/buruli/country/en/
5) Faber WR, et al ., Trans R Soc Trop Med Hyg 94: 277-279, 2000

6) Barogui Y, et al ., Am J Trop Med Hyg 81: 82-87, 2009

国立国際医療研究センター病院皮膚科 四津里英

 


 

2017年の週報ダウンロードはこちらから 


 

2016年の週報ダウンロードはこちらから 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan