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本邦で初めて確認された重症熱性血小板減少症候群のヒト−ヒト感染症例

(速報掲載日 2024/3/19) (IASR Vol. 45 p62-64: 2024年4月号)

重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は、SFTSウイルス(SFTSV)により引き起こされる新興ウイルス感染症である。SFTSを発症した患者には、突然の発熱、下痢や下血といった消化器症状とともに血小板減少と白血球減少がみられ、重症例は多臓器不全に陥り死亡する。日本における致命率は27%と高く1)、現在までにSFTSに対して確立した特異的治療はない。感染経路は主にはマダニ刺咬と考えられているが、ヒトからヒトへの感染例が中国や韓国からは報告されている2)。2013年に日本で初めてのSFTS患者が報告されて以来3)、わが国ではヒト−ヒト感染は認められていなかったが、今回我々は日本で初めてのヒト−ヒト感染例を確認したため報告する。

症例

医師Aは20代男性で当院に勤務していた。2023年4月に、90代男性患者が食思不振、発熱、体動困難にて当院の救急外来を受診した。医師Aはサージカルマスクを装着して患者の問診と、手袋をせずに身体診察を行ったが、患者の体液に直接触れるような診察や処置はしなかった。血液検査で白血球減少、血小板減少、LDHや肝酵素の上昇があり、SFTSが疑われて患者は緊急入院となり、医師Aは担当医となった。入院後に別医師が、キャップ、ゴーグル、サージカルマスク、ガウン、一重手袋を装着し、中心静脈カテーテルを挿入した。患者は個室管理され、医療従事者はゴーグル、サージカルマスク(またはN95マスク)、ガウン、一重手袋を着用して診療にあたった。患者は入院後翌日にSFTSと確定診断されたが、その後に意識障害やけいれんが出現して急速に全身状態が悪化し、3日間の経過で死亡した。死後に医師Aは、サージカルマスク、ガウン、一重手袋を着用して留置していた中心静脈カテーテルを抜去し、出血が止まりにくかった抜去部の縫合処置を行った。その際にはゴーグルは着用していなかった。また、縫合処置の際の針刺し事故は生じなかった。

患者との初めての接触から11日後(患者死亡の9日後)に、医師Aは38℃の発熱と頭痛を自覚した。次第に関節痛、下痢、食思不振、乾性咳嗽をともなうようになり、発症5日後の血液検査でSFTSを疑う異常所見(白血球2000/μL、血小板7.8×104/μL、AST 76 IU/L、LDH 276 IU/L)がみられたことから、SFTSVのRT-PCR検査が行われ、SFTSの確定診断に至った。経過観察のみで症状は徐々に軽快し、発症12日目には血液検査所見も改善した。医師Aには、SFTS発症前にマダニに刺されるような野外活動歴はなく、ペット飼育歴もなかった。

患者および医師Aの血清検体より逆転写リアルタイムPCRで検出されたウイルスのコピー数は、それぞれ7.2×106コピー/mL、3.9×102コピー/mLであった。それぞれのSFTSV遺伝子を、サンガー法および次世代シーケンサーを用いて配列決定し比較したところ、配列を決定し得たM segment(ウイルス相補鎖RNAにおける1382番目から2042番目の661塩基)とS segment(ウイルス相補鎖RNAにおける389番目から651番目の263塩基)部分においては100%の相同性が認められた。両者のSFTSVは同一のウイルスと考えられたため、患者から医師Aへのヒト−ヒト感染事例と診断した。

なお、患者に接した他の医療従事者には、SFTS感染を疑う症状は認めなかった。患者入院中、家族は面会時にサージカルマスク、ガウン、手袋を装着していた。病院から自宅へ遺体の搬送を行った葬儀関係者は、マスクと手袋のみの装着であった。その後当院の周辺地域管轄の保健所に確認をしたところ、患者家族および葬儀関係者の感染の報告はなかった。

考察

SFTSのヒトからヒトへの感染は中国や韓国から複数報告2)されているが、本例は国内で初めてのヒト−ヒト感染事例となる。SFTS患者の診療における医療現場での個人防護具使用については、粘膜を保護するマスクやアイガードに加えて、血液や体液で汚染されやすい手指や体幹前面には、二重手袋とエプロンの装着が推奨されている4)。さらに、心肺蘇生術や気管挿管などエアロゾルの発生し得る行為に際しては、N95マスクの装着が望ましい。本件の聞き取り調査からは、患者から医師への感染が成立した機会として2つの可能性があげられた。第1は初診救急外来にてサージカルマスクのみ装着して行った診察時であり、第2は死後処置時である。特に死後処置時には、医師Aは一重手袋、ガウン、サージカルマスクは装着していたが、アイガードは使用していなかった。中心静脈カテーテルの抜去や縫合処置は、直接ではないにしても血液に曝露される機会であった。結膜からの飛沫感染、あるいは個人防護具を外す際に血液に接触した可能性も考えられた。

今後、本例のようなヒト−ヒト感染を予防するためには、SFTSの診療の手引きに準じ4)、標準予防策および経路別予防策をさらに徹底すべきである。特に、本症例のような重症患者であれば、中心静脈カテーテル挿入や止血処置などの、観血的手技・処置を実施する可能性がある。そのような処置で血液が飛散する可能性がある場合は、目の防護(フェイスシールドやアイガードなど)も行うなど、感染予防対策を徹底するように医療従事者への注意喚起が必要である。また、SFTSクラスター感染を検討した報告では遺体の血液との接触はより感染リスクが高いとの報告もある5)。死後処置においても血液が飛散する可能性がある場合は、同様の感染対策を行うことが必要である。

 

参考文献
  1. Kobayashi Y, et al., Emerg Infect Dis 26: 692-699, 2020
  2. Fang X, et al., PLoS Negl Trop Dis 15: e0009037, 2021
  3. Takahashi T, et al., J Infect Dis 209: 816-827, 2014
  4. 加藤康幸, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)診療の手引き改訂新版2019年
  5. Chen Q, et al., Infect Dis Poverty 11: 93, 2022
JA山口厚生連周東総合病院
 消化器内科 清時 秀 
 研修医 黒高遼太郎 
 感染対策室 田中宏壮 
山口大学医学部附属病院
 第三内科 德永良洋 
国立感染症研究所ウイルス第一部
 下島昌幸 吉河智城 海老原秀喜

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