国立感染症研究所

複数国で報告されている小児の急性肝炎について
(第5報)

2023年4月20日

国立感染症研究所

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状況の評価

  • 報告のあった各国で、症例が著しく増加している兆候はないため、患者の周囲に容易に感染し急速に感染者が増加するような状況ではないと考えられる。
  • 引き続き、国内で小児の急性肝炎、アデノウイルス感染症が増加している兆候はない。
  • 英国では、小児の急性肝炎の増加、アデノウイルス40/41型、アデノウイルス随伴ウイルス2の検出が一部で指摘された一方、米国では小児の急性肝炎、便検体からのアデノウイルス40/41型の検出が増加している徴候はない。
  • 欧州疾病予防管理センター(ECDC)は2022年12月に月次報告を終了した。
  • 原因としてアデノウイルスやアデノウイルス随伴ウイルスの関与が示唆される所見はあるものの、複合的な要因、感染症以外の原因も含めて引き続き調査が進められている。諸外国で症例の把握や原因探索が行われてきたが、症例の増加や顕著な要因が把握されるに至っていない。今後は、これらの進捗から知見を踏まえつつ、調査・分析を進めていく必要がある。

 

 

国内症例の概要

厚生労働省(および国立感染症研究所)の調査における暫定症例定義は以下の通りである。(令和4年4月27日付厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡「欧州及び米国における小児の原因不明の急性肝炎の発生について(協力依頼)」、5月13日一部改訂)

2021年10月1日以降に診断された原因不明の肝炎を呈する入院例のうち、以下の①、②、③のいずれかを満たすもの:

 

①確定例 現時点ではなし
②可能性例  

アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)又はアラニントランスアミナ
ーゼ(ALT)が500 IU/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児
のうちA型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者

③疫学的
  関連例 
②の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎を呈する者のうち、A型
~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者

 

上記の暫定症例定義を満たす可能性例が、国内で162例報告されている(表.)。

 

表. 暫定症例定義に該当する国内の入院症例の発生状況(2023年3月16日10時時点)

可能性例数

うちSARS-CoV-2

PCR検査陽性数

うちアデノウイルス

PCR検査陽性数

162

12

17

 

国内症例の詳細な疫学情報については「国内における小児の原因不明の急性肝炎について(第3報)」を参照。

 

 

国内の状況

    • 感染症発生動向調査(NESID)において「ウイルス性肝炎(E型肝炎・A型肝炎を除く)」の小児の症例数の報告が増えている兆候は見られていない。

    • アデノウイルスに起因する症候群が流行している兆候は見られない。

    • 病原体検出情報システム(病原体サーベイランス)における報告状況から、アデノウイルスが大きく流行している兆候は見られていない。

 

国内症例の詳細な疫学情報については「国内における小児の原因不明の急性肝炎について(第3報)」を参照。 

 

なお、学会等の医師ネットワークや、小児肝移植を行う医療機関においても、小児の重症肝炎や移植例が増えているという報告は現在のところ確認されていない。

 

 

国外の状況(2023年4月20日時点)

  • 現時点までに公開された報告等によると、英国からは2022年7月19日時点で270例の報告があったほか、全世界で少なくとも1,010例の症例が報告された。
    2022年4月15日に世界保健機関(WHO)より小児の急性重症肝炎患者の増加が報告されたのち、英国から2022年7月19日時点で270例(UKHSA, 2022a)、英国のほか欧州連合/欧州経済領域(EU/EEA)の計22カ国(オーストリア、ベルギー、ブルガリア、キプロス、デンマーク、フィンランド、フランス、ギリシャ、アイルランド、イスラエル、イタリア、ラトビア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、モルドバ、セルビア、スペイン、スウェーデン)から2022年11月24日時点で572例の可能性例(ECDC, 2022)、米国から2023年4月12日時点で10歳未満の症例391例の報告があった(CDC, 2023)。また、そのほかの地域では2022年7月8日時点でアルゼンチン、ブラジル、カナダ、コロンビア、コスタリカ、メキシコ、パナマ、日本、シンガポール、インドネシア、モルディブ、パレスチナ、カタールから報告があり、全世界で少なくとも1,010例の報告があった(WHO, 2022)。なお、いずれの報告も上記以降、2023年4月20日時点で更新されていない。
  • 世界で46例の肝移植症例の報告があった。米国では13例の死亡例が報告された。
    2022年7月8日時点で世界で46例の肝移植例の報告があり(WHO, 2022)、このうち英国で15例の肝移植症例が報告されたが、2022年7月19日時点で英国内で死亡例は報告されていない(UKHSA, 2022a)。また、米国からは2022年8月17日時点で22例の肝移植症例と13例の死亡例の報告があり、死因については調査中であった(CDC, 2022)。しかしながら、その後の知見やまとめなどは公開されておらず、特段の懸念となる知見等は現時点では報告されていない。
  • 英国、米国でアデノウイルスが多くの症例から検出されているが、原因については各国で引き続き幅広く調査中である。
    英国で最も多く検出された病原体はアデノウイルス、次いでSARS-CoV-2であった。英国では251例に対してアデノウイルスの検査が実施され、170例(67.7%)が陽性であった。アデノウイルスがこれらの症例で最も検出頻度の高いウイルスであることから、肝炎との関連が疑われている(UKHSA, 2022b)。また、SARS-CoV-2の検査は196例で実施され、34例(17.3%)から検出されているが(UKHSA, 2022c)、イングランドの症例ではデータの得られた162例中16例(9.7%)と英国全体と比較して低い割合となっている(UKHSA, 2022b,c)。米国では224例でアデノウイルスの検査が実施され、100例(45%)でアデノウイルスが陽性であり、うちアデノウイルスの型の判定が実施された13例からは、41型が6例、C1型が1例から検出された。また、36例の肝臓組織の病理学的検査では25例で急性肝炎の所見が見られたが、ウイルス封入体やウイルス粒子は確認されなかった(Cates J. et al., 2022)。アデノウイルスに関連して、異常な免疫反応が起きた、通常より大きな流行が起きたことにより稀な合併症が多く見られるようになった、他の感染症の既感染もしくは重複感染による異常な免疫反応が起きた、など複数の可能性が指摘された(UKHSA, 2022d)。
    英国での分析では、限られた検体ではあるものの、メタゲノム解析によりアデノウイルス随伴ウイルス2(AAV2)との関連が示唆されており(UKHSA, 2022b,c,d)、その後、2022年に把握された事例の中から、3報の症例対照研究が報告され、いずれも症例群において、アデノウイルスなど他のウイルスの共感染のもとでのAAV2の存在との関連が示唆された(Ho et al., 2023, Morfopoulou et al., 2023, Servellita et al., 2023)。ただし、AAV2はこれまで疾患との関連に直接結びつくとは考えられておらず、これら3報の中でも、免疫反応の影響の可能性が示唆されている。具体的には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴う学校等の閉鎖などにより、小児がさまざまな環境に曝露する機会が減少したことに伴い、本来であれば影響のない感染でも大きな反応を惹起してしまう可能性がある。これらの報告でAAV2の存在は指摘されたものの、そのAAV2が肝炎を引き起こす原因、と結論が示されたわけではないことに留意すべきである。引き続き、各国でウイルス以外も含めた複数の可能性について、調べられていくものと考えられる。なお、英国においては2022年7月以降、新規症例数の減少も受けて、研究の枠組みにより探索を続けることが示されている(UKHSA,2022b)。
  • 英国では、小児の肝炎やアデノウイルス40/41型感染症が多く、またAAV2の検出が一部で指摘された一方、米国ではいずれの増加等も見られていない。
    英国では、2021年と比較して、2022年は1-4歳で小児の肝炎の増加が報告されており、またCOVID-19流行以前と比較して、1-4歳の小児の糞便からのアデノウイルスの検出が増えていたとの報告がある(UKHSA, 2022b,c,d)。一方、米国内の救急外来の受診データ、臓器移植ネットワークなどから、小児の肝炎の発生状況及びアデノウイルス40/41型の糞便からの検出割合を、①2021年10月から2022年3月までと➁COVID-19流行以前とで比較した報告では、原因不明の肝炎または肝移植に関連する小児の救急外来受診に変化は見られず、また0-4歳、5-9歳のいずれの年齢群でも、アデノウイルス40/41型の検出増加は見られなかった (Kambhampati Et al., 2022)。ただし、いずれの報告もCOVID-19流行による受診行動への影響を考慮していないこと、使用されている受診や検査のデータが各国の全ての地域を網羅していないことなどから、小児の肝炎やアデノウイルス感染症の流行を同じ条件で比較することはできない。
    特段の確定的な知見に至っていないが、英・米での事例の分析から、アデノウイルス、ヘルぺスウイルスなどの他のウイルスの共感染のもとでのAAV2の関与の可能性を示唆する報告がある(Ho et al., 2023, Morfopoulou et al., 2023, Servellita et al., 2023)。これらの報告では症例群でのAAV2の存在のほか、HHV6BやEBVなどの存在も症例群で有意に高いことを確認している。しかしながら、組織検体等の分析からは、これらの共感染のウイルスが疾患を引き起こしたのではなく、AAV2を増殖させた可能性が示唆された。さらに現時点においても、比較的高率に検出されていたアデノウイルスや他のウイルス同様、AAV2が今回の原因不明の肝炎の原因との結論に至っているわけではない。
    英国は研究の枠組みにより探索を続けることとしているが(UKHSA,2022b)、AAV2の寄与の検証については適切に計画された調査が必要とも指摘されている(Tacke,2023)。我が国においてもAAV2と原因不明の肝炎の原因の関係性は研究の枠組みにより探索をする必要がある。
  • 欧州疾病予防管理センター(ECDC)では2022年12月に小児肝炎の月次報告を終了した。
    欧州疾病予防管理センター(ECDC)では原因不明の小児肝炎の報告数が少ないことを踏まえて月次報告を終了した。(ECDC Weekly Communicable Disease Threats Report)。

 

用語解説

アデノウイルス:
アデノウイルス科マストアデノウイルス属に属するヒトアデノウイルス(Human mastadenovirus)は、エンベロープを持たない2本鎖DNAウイルスであり、 物理化学的に比較的安定している。現在A-Gの7種に分類され、100を超える型が存在している。アデノウイルスは、急性上気道炎などの呼吸器疾患や、流行性角結膜炎 (epidemic keratoconjunctivitis, EKC)などの眼疾患、咽頭炎や結膜炎を併発する咽頭結膜熱(pharyngoconjunctival fever, PCF)、感染性胃腸炎などの消化器疾患を起こす。また、出血性膀胱炎、尿道炎などの泌尿器疾患、さらに肝炎なども起こす。アデノウイルスの種によって流行状況や炎症反応が異なる(Nakamura et.al, 2018)。
詳細は特集記事(IASR 42(4), 2021【特集】アデノウイルス感染症2008~2020年)を参照。

 

アデノ随伴ウイルス:
パルボウイルス科ディペンドウイルス属に属するアデノウイルス随伴ウイルス(adenovirus associated virus: AAV)は、エンベロープを持たない1本鎖DNAウイルスであり、物理化学的に比較的安定している。これまでに13の血清型が知られている。アデノウイルス随伴ウイルスは、アデノウイルスの精製において混在していたことで発見され、アデノウイルスなど他のウイルスの共感染により再生産されると考えられてきたが、持続感染をして一定のストレス下において再生産能があることが判明している。ヒトにおいてAAVの抗体保有率は高いものの、ヒトの疾患とは結び付いていない (Berns & Giraud, 1996)。

 

   参考文献

 

謝辞

当該事例の調査報告、及び日頃より感染症発生動向調査にご参加、ご協力をいただいている全国の医療機関、保健所、自治体本庁、そして地方衛生研究所の関係各位に心より感謝申し上げます。

 

添付資料

 

関連項目

 

更新履歴

第5報 2023/4/20時点

第4報 2022/7/04時点

第3報 2022/5/27時点

第2報 2022/5/10時点 注)第1報からタイトル変更

「複数国で報告されている小児の急性肝炎について」

第1報 2022/4/25時点

「欧米での小児重症急性肝炎の発生について」  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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