logo40

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの国内分布調査結果(第一報)

(IASR Vol. 34 p. 303-304: 2013年10月号)

 

マダニ媒介性の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、2013年1月に国内の患者が初めて確認され、遺伝子検査(RT-PCR)法によるSFTSの診断検査体制が全国的に整備された。その結果、2013年春(マダニの活動開始期)以降、28名のSFTS患者が確定されている(8月26日時点)。遡り調査の結果も含めると、2005年から現在までに計39名の患者が九州・四国・中国・近畿地方の13県(兵庫、島根、岡山、広島、山口、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、宮崎及び鹿児島県)から報告されており、同地域にはSFTSウイルス(SFTSV)が分布していることが明らかである(http://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html)。

本病の発生が先に報告された中国では、SFTSVの主な媒介マダニはフタトゲチマダニとされ、また、ヤギ、ヒツジ、ウシ、イヌ等の動物がSFTSVの抗体を高率に保有している(すなわち、SFTSV感染歴がある)ことが報告されている。SFTSが流行している地域では、マダニとマダニに吸血される動物との間でSFTSVが循環・保持される仕組みが成立している。ヒトはSFTSVを有するマダニに咬まれることでSFTSに感染する。(なお、動物は感染しても発症しない。また、これまでに動物の血液等を介してSFTSVに感染し、SFTSに罹患した患者の報告はない)。日本国内には、命名されているものだけで47種のマダニが生息するとされるが、SFTSVを媒介するマダニの種類やその生息地域、SFTSVの保有率、動物との相互関係等、実態は明らかでない。SFTSVの国内分布状況を把握し、そのライフサイクルを明らかにすることは、患者発生のリスクを評価し、効果的な感染予防対策を立てる上で非常に重要である。

ヒトの患者血清からSFTSV遺伝子を検出する方法については既に確立され、診断検査に用いられているが、本年5月から開始された厚生労働科学研究「SFTSの制圧に向けた総合的研究(研究代表者 倉田毅)」において、マダニからのSFTSV遺伝子検出法及び動物のSFTSV抗体測定法が開発された。これらの新たに開発された検査法により、既に患者が発生している地域を中心に、一部、発生のない地域も含めて、これまでに入手できたマダニや動物血清の検体を用いて予備的調査を実施したところ、以下のことが明らかになった。

1)マダニについて: 中国、四国、近畿及び中部地方(9自治体)内のいくつかの地点について調査したところ、採取されたマダニ11種のうち、複数のマダニ種(フタトゲチマダニ、ヒゲナガチマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ及びタカサゴキララマダニ)から、SFTSV遺伝子が検出された。また、これらのSFTSV保有マダニは、既に患者が確認されている地域(島根、山口、徳島、高知、兵庫県)だけではなく、患者が報告されていない地域(近畿:和歌山県、中部:福井、山梨、静岡県)においても確認された。

2)動物のSFTSV抗体保有状況について: 保存血清等を用いて調査した結果、シカでは、検体が得られた地域(19自治体)のうち、九州(福岡、熊本、宮崎、鹿児島県)、四国(愛媛県)、中国(島根、広島、山口県)、近畿(和歌山県)及び中部(長野県)地方でSFTSV抗体陽性動物が確認されたが、その他の地域(北海道、岩手、栃木、千葉、静岡、兵庫、徳島、高知、大分県)では陽性のシカは見つからなかった。イノシシでは、検体が得られた地域(15自治体)のうち、九州(熊本、鹿児島県)、四国(徳島、香川、愛媛、高知県)及び中国(広島県)地方で抗体陽性動物が確認されたが、その抗体陽性率は、シカの抗体陽性率に比較して低かった。また、その他の地域(千葉、長野、静岡、三重、兵庫、島根、大分、宮崎県)では抗体保有イノシシは見つからなかった。さらに、猟犬では、検体が得られた地域(16自治体)のうち、九州(熊本、宮崎、鹿児島県)、四国(香川、高知県)地方以外に、患者が報告されていない地域(近畿:三重県、中部:富山、岐阜県)でも抗体保有動物が存在した。一方、患者発生のある広島及び長崎県やその他の地域(新潟、長野、静岡、愛知、滋賀、沖縄県)では陽性の猟犬はみつからなかった。

以上のように、新たに開発された検査方法(マダニからのSFTSV遺伝子検出法及び動物のSFTSV抗体測定法)を用いて調査したところ、SFTSV保有マダニやSFTSV抗体陽性動物が、これまでに患者発生の報告があった地域以外でも確認されたことから、今後、さらに調査を行う必要が認められた。

今回の調査は、過去に他の感染症の調査のために収集されたマダニや動物血清検体なども含め、限られた期間内に、限られた地点において採取された検体について実施されており、地域ごとの検体数にもばらつきがあるなど、全国や各地域の実態を網羅的に反映したものではなく、得られた結果は暫定的なものである。今後、研究班としては、各自治体や関係者の協力を得ながら、対象地域や検体採取地点、動物の種類・頭数を広げて調査を実施することにより、マダニと動物におけるSFTSVのライフサイクルや各地域内におけるSFTSV保有マダニの分布様式・密度など、より詳細な実態解明を行っていきたい。

なお、今回の調査にあたって御協力をいただいた、大日本猟友会ならびに関係者の皆様に深謝申し上げます。

 

国立感染症研究所 獣医科学部  
     森川茂、宇田晶彦、加来義浩、木村昌伸、今岡浩一
同 ウイルス第一部  
     福士秀悦、吉河智城、谷英樹、下島昌幸、安藤秀二、西條政幸
同 昆虫医科学部  澤辺京子
同 細菌第一部  川端寛樹
同 動物管理室  新倉綾
山口大学共同獣医学部  前田健、高野愛
岐阜大学応用生物科学部  柳井徳磨
馬原アカリ医学研究所  藤田博己
福井大学医学部  高田伸弘

logo40

麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)接種後に風疹に罹患した成人男性の1例-川崎市

(IASR Vol. 34 p. 310-311: 2013年10月号)

 

川崎市において、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の副反応と風疹の罹患との鑑別に苦慮し、PCR検査で風疹の自然感染と判明した症例を経験した。

症 例:39歳男性、川崎市における「風しんの流行に伴う緊急対策事業」の接種対象であったため、2013年6月に麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を接種した。接種時の体温は36.3℃で、過去1カ月以内に家族や友人に麻疹、風疹に罹患した者はいなかった。勤務先の会社には、約1カ月前および3週間前に中国に海外出張した職員がいたが発症はなく、他に風疹に罹患した職員もいなかった。本人の海外渡航歴はなかった。

MRワクチン接種12日後に顔面および頭部に散在性紅丘疹が出現し、接種14日後には全身に広がったが、発熱はなかった。同日、医療機関を受診した際には、全身性発疹、頚部リンパ節軽度腫脹、耳介前部リンパ節腫脹、眼球結膜充血、膝関節痛が認められた。体温は36.8℃であったが、発疹が全身におよんでおり、麻疹、風疹などのウイルス感染症に罹患したか、あるいはワクチンによる副反応であるかの判別が困難であったため、ウイルス診断目的で血液、咽頭ぬぐい液、尿を採取し、症状消失まで自宅療養となった。

川崎市健康安全研究所でのPCR検査およびDNAシークエンス解析で、採取したすべての検体から遺伝子型1E風疹ウイルスが検出された。ワクチン株である遺伝子型1a風疹ウイルスではなかったため、自然感染により風疹に罹患していたことが判明した。

考 察:わが国では2012年の夏以降風疹患者が急増している。川崎市においても、2008年以降の届出数は年間1~3件であったものの、2011年、2012年は11件、71件と増加し、2013年は診断週第27週までの集計で440件と著増している。市内での大きな流行に伴い、川崎市では2013年4月22日より「風しんの流行に伴う緊急対策事業」としてMRワクチン接種費用の一部助成を開始した1)。今回の症例は、この事業を利用したMRワクチンの接種後2週間以内の発症例であったが、検出された遺伝子型よりワクチン接種による副反応ではないことが確定している。風疹の潜伏期間は2~3週間であるため、接種の2~9日前に流行株に曝露し感染したと考えられる。

風疹ウイルスの遺伝子型分類(genotyping)は、これまでに13の遺伝子型(1a、1B、1C、1D、1E、1F、1G、1h、1i、1j、2A、2B、2C)が報告されている2, 3)。かつてわが国では、遺伝子型1a 、1D、1jウイルスが時代とともに変遷しながら流行してきたが4)、近年では世界的な流行が認められている2B型が主流であり、次いで1E型が多い5)。2B型ウイルスは中東、ヨーロッパ、中南米、アフリカ、南~東南~東アジアで報告されており、1E型ウイルスは、中東、ヨーロッパ、アフリカ、西太平洋地域で発生している。

川崎市内で流行している風疹ウイルスも、その遺伝子型は2B型が多く、過去に1E型が検出されたのは2011年と2012年に各1件ずつ、計2件のみであった。今回検出された1E型は、2012年に検出されたものと遺伝子配列が100%一致しており、2011年に検出された1E型とは配列が異なることが確認されている6)。本症例は、2013年には市内で検出されていない遺伝子型のウイルスに感染しているが、感染経路は特定できておらず、海外から輸入されたウイルスに偶然曝露したか、あるいは輸入されたウイルスが国内に定着し今回の感染に至ったかは不明である。いずれにしても、ワクチン接種後の発症であったため、ワクチンの副反応との鑑別は難しく、感染対策および疫学的な検討を行う上でもPCR法による病原体遺伝子の検索は非常に有用であった。

結 語:本症例は、MRワクチン接種後にもかかわらず、抗体獲得前に野生株ウイルスに感染した事例であった。風疹特異的IgM抗体の上昇のみではワクチンの副反応との鑑別が困難な場合もあり、症状の程度や発症時期を考慮して速やかに遺伝子検査を実施し、感染対策につなげる必要があると考える。

 

参考文献
1)予防接種費用(麻しん風しん混合ワクチン)の一部助成について 川崎市ホームページ, http://www.city.kawasaki.jp/350/page/0000047465.html [accessed on 2013/9/11]
2)Abernathy ES, et al., J Infect Dis 204 Suppl 1: S524-532, 2011
3)IASR 34: 91-92, 2013
4) IASR 32: 260-262, 2011
5) IASR風疹ウイルス分離・検出状況 2012~2013年(2013年7月4日現在), http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-rubella.html [accessed on 2013/9/11]
6)IASR 32: 258-259, 2011

 

川崎市健康安全研究所 
  三﨑貴子 中島閲子 大嶋孝弘 丸山 絢 清水英明 岩瀬耕一 岡部信彦
内科小児科 宮島医院 
  宮島真之
川崎市川崎保健所 
  小河内麻衣 占部真美子 瀧澤浩子 雨宮文明
川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当
  小泉祐子 平岡真理子 瀬戸成子

logo40

流行シーズン途中で臨床症状の変化が認められた長野県中部(松本市)における手足口病について   
 ―過去の臨床症状と比較した2013年の流行状況―

(IASR Vol. 34 p. 306-308: 2013年10月号

 

はじめに:手足口病は、国内ではヒトエンテロウイルスA群に属するコクサッキーウイルスA群16型(CA16)、エンテロウイルス71型(EV71)、コクサッキーウイルスA群10型(CA10)などが毎年の流行における主たる病原体として知られている。

近年、長野県中部では、2006年にEV71、2011年にコクサッキーウイルスA群6型(CA6)による手足口病の流行を経験した。今季においても、本県中部では手足口病が流行した。今季の臨床像と検出ウイルスについて報告する。

過去に流行したEV71 、CA6 の特徴:2006年、本県中部ではEV71による手足口病の流行を経験した。当院において観察された患者の特徴は次の通りである。1)平均年齢が他のウイルスによる手足口病と比較して高いと考えられること、2)約70%が最高体温37.5℃未満であったこと(必ずしも高熱を有する場合ばかりではない)、3)口腔粘膜疹は頬部および舌など口腔前方に1~2mm大程度であったこと、4)皮疹は手掌手背・足底足背、膝と肘、臀部を中心とする紅斑性小水疱であったこと、であった。

2011年には、ヘルパンギーナの主病因ウイルスのひとつであったCA6が、突然手足口病の流行ウイルスとして国内に登場したことは記憶に新しい。当院においても、受診した手足口病患者のうち43例からCA6、CA10、CA16が検出され、その割合は31:10:2であった。主因ウイルスであったCA6では、最初から四肢を中心とした皮疹で受診する患者以外に、発熱とヘルパンギーナ様の口腔粘膜疹(口蓋垂や口蓋弓)が先行した後、皮疹を認める例が全患者の約40%であった。また、発症年齢は2歳以下が多く、経過中の最高体温が37.8℃以上と高く、発疹は半数近くが従来の手足口病の分布範囲を超え、体幹、口唇周囲など広範囲に出現した。中には大きな水疱を認めたため水痘との鑑別に苦慮した例や、治癒後3~4週を経て、爪甲の層状変化や脱落を認めた例も散見された1,2))。これらはいずれも2008年のEV71を主因とする手足口病の臨床像と異なるものである。

今シーズンの流行状況と検出ウイルス:長野県中部地区(松本市)における2013年の手足口病の流行は、第25週(6/17~)から始まり第29週(7/15~)~第30週(7/22~)にピークを迎えた。第31週(7/29~)現在、当院のみにおいても、のべ200名近くが受診した(図1)。期間中、患者から無作為に抽出し、採取した26検体についてウイルスの検出を行ったところ、ウイルスはシーズン当初、EV71が検出されたが、7月中旬以降EV71に加えCA16やCA6も検出され混合流行となっていた。

臨床症状の違いを感じた第28週以前と以降:手足口病におけるEV71優位のCA16との混合流行と考えられる第28週以前と、さらにCA6が混在したと考えられる第29週以降で、患者の年齢や発熱(最高体温)、発疹等の臨床症状の違いがうかがわれた。すなわち、受診者の年齢は、第28週以前では、3~5歳が多くみられたが、それ以降は1~2歳も増加した(図2)。

また、発熱分布は、第28週以前は、患者の70%近くは37.5℃未満であったのに対し、それ以降では37.5℃未満は50%程度に減少した。逆に39.5℃以上の高熱例が10%程度に増加した(図3)。

このように、診療の現場でシーズン途中に疫学的および臨床症状の違いがうかがわれたのは、過去に経験したEV71、CA6が主病因ウイルスであった手足口病の特徴をふまえると、EV71主流の流行からCA6との混合流行に移行したためと推察された。

まとめ:今期前半を終えて、手足口病に関連するところとして、6月初旬にはEV71による無菌性髄膜炎例、7月初旬には、CA6による爪脱落例を伴う手足口病を経験した(いずれも原因ウイルスを特定できた)。また、今期流行内における反復感染例(二度かかり例)も散見された。さらにデータが蓄積されていけば、症候群としての手足口病における起因ウイルスごとの症状について、有意差を持った違いを明らかにすることができる可能性がある。エンテロウイルス属の持つ多様性に一層の関心を払いつつ、今期後半も臨床ウイルス学的なデータの蓄積を継続していきたい。

 

参考文献
1)松岡高史, 他, 小児科臨床 66: 1735- 1741, 2013
2)内山友里恵, 中沢春幸, 長野県環境保全研究所研究報告 8: 77-82, 2012

 

松岡小児科医院 松岡高史  
長野県環境保全研究所感染症部 内山友里恵

logo40

同一ツアー内におけるデング熱、チクングニア熱の発生事例

(IASR Vol. 34 p. 305-306: 2013年10月号)

 

カンボジアでの生活体験ツアーに参加した生徒のグループ内(小中学生8名、引率者1名)から、検疫所の入国時スクリーニングでデング熱およびチクングニア熱を同時に検出したので報告する。

ツアー内容:2013年8月2日成田国際空港から出国し、カンボジアの視察、生活体験後、8月12日に成田国際空港へ帰国のツアー。4~8日はコンポンチャム州内の村落でそれぞれホストファミリー宅に滞在。ツアー参加者が滞在した住居は蚊の侵入が容易な家屋であり、参加者は蚊の忌避剤、蚊取り線香を使用していたが、屋外、屋内にかかわらず蚊に刺されていた。

症例1:12歳女子生徒。検疫時の症状は、発熱(39.6℃)、頭痛、後眼窩痛、関節痛、水様性下痢、全身倦怠感。女子生徒は8月9日より発熱、頭痛、後眼窩痛、関節痛、全身倦怠感で発症し、12日より水様性下痢も認めた。12日の帰国時に、発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。検疫所健康相談室では、渡航地、渡航期間、蚊の刺咬歴から、マラリア、デング熱、チクングニア熱の血液検査が必要であると判断し、検疫医療専門職が説明の上、採血、検査を行った。

(検査結果)デング熱NS1抗原イムノクロマト検査(DENGUE NS1 Ag STRIP: BIO-RAD)陽性、デングウイルス特異的型別プライマーによるTaqMan RT-PCRでデングⅠ型、Ⅳ型陽性。マラリア迅速検査First Response  Malaria  Ag.  pLDH/HRP2  Combo(Premier Medical社製)およびアクリジンオレンジ染色法およびギムザ染色法によるマラリア原虫顕微鏡検査は陰性、チクングニアウイルス特異的プライマーを用いたTaqMan RT-PCRは陰性。以上の結果からデングウイルスⅠ型とⅣ型の重複感染疑いと診断した。重複感染を確定するために現在ウイルスを分離中である。

(経過)検査結果を当日中に保護者へ連絡した。女子生徒は8月12日に東京都内の病院に入院し、対症治療の下に経過観察を受け、8月17日の時点で解熱した。

症例2:14歳男子生徒。検疫時の症状は発熱(38.3℃)、頭痛、関節痛、全身倦怠感。男子生徒は8月9日に泥状便と腹痛を認めたが、消化器症状は1日でほぼ回復した。一方、10日から発熱、頭痛、関節痛、全身倦怠感が出現し、症状が帰国時まで持続した。滞在中の蚊の刺咬歴あり。12日の帰国時に、症例1と同様に発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。同様に、マラリア、デング熱、チクングニア熱の可能性を考慮し、血液検査を行った。

(検査結果)チクングニアウイルス特異的遺伝子陽性。マラリア迅速検査、原虫顕微鏡検査、デング熱NS1抗原、デングウイルス特異的遺伝子はいずれも陰性であった。以上の結果からチクングニアウイルス感染症と診断した。

(経過)検査結果を保護者へ連絡し、男子生徒は8月13日に近医を受診した。外来担当医は生徒の全身状態が良好であったことから、対症治療下に外来経過観察とした。

2012年はデング熱が220例、チクングニア熱が9例報告されている1)。IDWR速報データによれば 2013年第33週現在、131例のデング熱が報告され、チクングニア熱は本症例が2013年の第9例目である。今回の事例では、同一の旅行行程において両感染症が同時に発生していることにおいて注目される。

デングウイルスとチクングニアウイルスは日本には常在しない。デング熱は世界では熱帯地域を中心に毎年5,000万~1億人が感染している2,3)。また、デング熱の発生率は、50年の間で30倍に増加しており、今後も増加すると予想されている4)。一方、チクングニア熱は2011(平成23)年から検疫感染症および感染症法に基づく4類感染症に指定され、日本では年間10例前後の輸入例の報告がある。主な媒介蚊はデングウイルスと同じネッタイシマカと日本にも常在するヒトスジシマカである。今回、同一の村落での感染が疑われる2症例で、それぞれデングウイルス感染(I型、IV型重複感染疑い)、チクングニアウイルス感染がみられたことから、同一地域での両感染症の循環が示唆され、様々な年齢の旅行者がこのような地域に渡航する機会が増加するのに伴い、感染に対するリスクが増加していることは明らかである。

今回の事例では、蚊に対して忌避剤や蚊取り線香を用いるなど、蚊の刺咬に対する一般的な防御対策を行っていたが、感染を防御することはできなかった。蚊媒介性感染症が流行する地域への渡航では、渡航地域での流行状況の把握、感染リスクを低減する行動様式、旅行行程の配慮、蚊の刺咬防御に対する準備を慎重に行う必要がある。 

また、渡航中、帰国時に発熱を主とする症状がみられた場合は積極的に原因検索をすべきであり、特に、デング熱が疑われる症例では、チクングニア熱についても積極的に疑う必要があるといえよう。

 

参考文献
1)IDWR, http://www.niid.go.jp/niid/images/idwr/kanja/idwr2012/idwr2012-52.pdf,  p24 -25
2)Varatharaj A, Neurology India 58(4): 585-591, 2010
3)WHO media centre, Dengue and severe dengue, WHO Fact sheet N°117,   
     http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs117/en/index.html
4)WHO, Dengue Guidelines for Diagnosis, Treatment, Prevention and Control, WHO 2009
     http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/9789241547871_eng.pdf, p3

 

成田空港検疫所   
  検疫課 磯田貴義 本馬恭子 牧江俊雄 古市美絵子   
    検査課 久世敏輝 金川真澄 森 里美   
    所長 三宅 智

logo40

家族内発症2名の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)患者を含むSFTS患者5名の臨床的特徴

(IASR Vol. 34 p. 312-313: 2013年10月号)

 

2013年1月に国内で初めて重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルス(SFTSV)による感染症患者が報告された1)。その後、西日本にて38例の報告があり、うち16例が死亡している(2013年8月16日現在)。

2013年5~7月にかけて家族内発症の患者2名を含む5名のSFTS患者を経験した。国内のSFTS患者において高い死亡率が報告されているが、今回治療介入した5名のうち4名が回復した。その臨床的特徴と治療経過について報告する。

5名とも愛媛県中南西部在住者で、発症前の海外渡航歴や県外移動歴はなかった。5名の年齢は50歳以上(50代男性1名、70代女性2名と男性1名、90代女性1名)で、そのうち2名は同居している親子であった。5名とも何らかの形で農作業に従事し、4名にはダニ刺咬痕が認められた。5名で38℃以上の発熱、消化器症状(下痢、嘔気)、血小板減少、白血球減少、肝機能障害、血清フェリチンの上昇、DダイマーとFDP上昇が認められ,CRPは陰性であった。3名で尿検査にて顆粒円柱、蛋白尿など尿細管障害を示唆する所見が認められた。5名で骨髄穿刺にてマクロファージによる血球貪食像が確認された。全員の急性期血液からSFTSV遺伝子が検出され、SFTSと診断された。治療として消化器症状に対する対症療法、日本紅斑熱を考慮して4名にミノサイクリンを投与し、血球貪食症候群に対する治療として4名にステロイドを投与した。

患者:50代男性、70代女性、70代男性
3名に対してメチルプレドニゾロン1,000 mg/日を3日間投与した。数日内に白血球数、血小板数は増加に転じ、消化器症状も改善した。肝機能障害、フェリチンなどその他検査値異常も1週間前後の経過で正常化し、特に合併症なく退院した。

患者:90代女性
来院時発熱は認められたが、バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸状態)は安定していた。しかし、失見当識障害がみられ、意思疎通は困難であった。血清フェリチン値が6,507 ng/mlと著明に上昇し、血小板数は2.5万/μlと低下していた。メチルプレドニゾロン500 mg/日を3日間投与し、第3病日を境にして白血球数と血小板数は増加に転じた。第5病日に急性硬膜下血腫および肺炎を発症し、喀痰の分泌が増加し、呼吸状態も悪化し、さらに意識レベルが低下した。対症療法と抗菌薬治療を施行したが呼吸状態が改善せず第9病日に死亡した。

患者:70代女性
前述の90代女性の娘で、母親が発症した3日後に発熱と消化器症状が出現した。骨髄検査で血球貪食像を認めたが、顆粒系細胞の増加が認められた。血小板数は9万/μl、血清フェリチン値170 ng/mlと上昇していたが、その程度は軽度だったことから血小板数の自然回復が期待できたためステロイドを使用せず加療した。症状、血液検査異常も第2病日には改善傾向がみられ、徐々に軽快した。また、この患者から増幅されたSFTSV遺伝子の塩基配列が母親から増幅されたそれと一致し、由来を同じくするSFTSVによる感染と考えられた。SFTSVは体液を介してヒト-ヒト感染することが報告されている2)。本患者も母親の介助、汚物の処理や衣類の交換を行っていたが、本患者においても大腿部にダニ刺咬痕が認められていた。そのため、ヒト-ヒト感染による発症であるのか、ダニ刺咬による発症であるかは断定できていない。いずれにしても、消化器症状を伴う発熱患者を診察する医療機関においては普段から標準予防策を行い、SFTSが疑われる患者に対しては接触予防策を併せて行うことが重要である。

血球貪食症候群に対する治療として小児ではデキサメサゾン、エトポシドの使用が推奨されているが3)、成人において確立された治療法は存在しない。4名の回復患者に早期のステロイド投与がなされ、3名は合併症を発症することなく回復した。また、今回提示したようにステロイド未使用でも改善する患者の場合もある。今回の報告は、SFTSにステロイド投与を必ずしも推奨するものではない。これまでにSFTSに対してステロイド治療が有効だったという報告はなく、今後の報告の蓄積が待たれる。また高フェリチン血症を呈する疾患として一般的に血球貪食症候群、成人スチル病等が考えられ、その他の鑑別疾患として悪性リンパ腫など悪性腫瘍、SLEや血管炎など自己免疫疾患、血流感染、日本紅斑熱などダニ媒介性リッケチア感染症も考慮される。病歴聴取や身体診察、血液培養の採取など発熱患者に対する通常の診断アプローチは当然なされるべきである。

最後に、SFTSVの検出に協力いただいた国立感染症研究所の関係各位に深謝する。

 

参考文献
1) 西條政幸, 他,IASR 34: 40-41, 2013
2) Gai Z, et al., Clin Infect Dis 54: 249?252, 2012
3) Henter JI, et al., Pediatr Blood Cancer 48(2): 124, 2007

 

愛媛県立中央病院 総合診療科 本間義人 村上晃司     
            呼吸器内科 山本千恵    
伊方町国民健康保険瀬戸診療所内科 川上貴正    
市立大洲病院内科 清水祐宏    
愛媛県立衛生環境研究所  山下育孝 青木里美 菅 美樹 四宮博人

logo40

日本紅斑熱を疑われ血清診断にて発疹熱と診断した1例

(IASR Vol. 34 p. 313-314: 2013年10月号)

 

発疹熱は、主にネズミノミが媒介する発疹熱リケッチア(Rickettsia typhi)によっておこる感染症で、発熱、頭痛、発疹、関節痛などの症状を認める1)。近年では日本国内での発生報告例は稀で、海外からの輸入例の報告が散見される程度である。西日本での夏を中心としたリケッチア感染症としては、日本紅斑熱が散発しており、淡路島においても年に数例の発症をみている。今回我々は、発熱、発疹、刺し口の臨床症状より、当初は日本紅斑熱を疑って加療を行ったが血清診断にてR. typhi の抗体価上昇を認め、発疹熱と診断した症例を経験したので報告する。

症 例
70代男性。淡路島在住。海外渡航歴なし。職業は、観光牧場での運転業務。特にネズミとの接触歴なし。2013年6月に、発熱とともに全身に掻痒感のない皮疹が出現、全身倦怠感、食指不振も出現してきた。症状が改善しないため当院皮膚科を受診したが、肝逸脱酵素上昇も認め、当科を紹介受診した。四肢体幹にびまん性に紅斑が散在し、左そけい部、右膝窩部に虫刺痕を認めた。初診時の血液検査では白血球数14,980/mm3、好中球(St.8% Seg 86%)、血小板11.3万/mm3、CRP 20 mg/dL、プロカルシトニン12.3 ng/mL、AST 89 IU/L、ALT 95 IU/L、LDH 425 IU/L、FDP 24μg/mL、BUN 51.6 mg/dL、Cr 1.53 mg/dLと、白血球上昇、核の左方移動、CRP、プロカルシトニンの上昇と何らかの細菌感染を疑わせる所見、肝逸脱酵素の上昇、腎障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)の所見を認めた。

季節的、地理的に、また発熱、発疹、刺し口の症状から日本紅斑熱を疑い、ミノサイクリン200mg/日を開始したところ、入院後第3病日には解熱し、肝障害、腎障害、血小板減少も速やかに改善した。同日より黒色便を認め、上部消化管内視鏡にて多発する十二指腸潰瘍認め止血を行ったが、翌日にも再度下血、内視鏡にて十二指腸に新たな露出血管あり止血を行った。第6病日にも下血し、第7病日にHb 4.2 g/dLと著明な貧血を認め、上部内視鏡にて新たな露出血管を認め止血を行った。第8病日、第10病日,第13病日の上部内視鏡再検においても、新たな出血を認めたため、止血処置を行った。その後の内視鏡検査で止血確認できたため第28病日に退院となった。ミノサイクリンは第10病日まで投与し、炎症所見、皮疹の改善を見て中止した。各種リケッチア感染を疑って実施した入院当初の血清診断では、間接免疫ペルオキシダーゼ(IP)反応でOrientia tsutsugamushi の6型(Gilliam、Karp、Kato、Irie/Kawasaki、Hirano/Kuroki、Shimokoshi)とRickettsia japonica は、それぞれIgG <40倍、IgM <40倍、R. typhi はIgG 640倍、IgM 40倍、R. prowazekii にIgG 160倍、IgM <40倍、Weil-Felix反応はOX2、OX19、OXKともに<20倍であったが、2週間後にはIP反応O. tsutsugamushi はIgG、IgMともにすべての型別で<40倍、R. japonica IgG 5,120倍、IgM 320倍、R. typhi IgG 10,240倍、IgM 320倍、R. prowazekii IgG 1,280倍、IgM 320倍、Weil-Felix反応OX2 <20倍、OX19 40倍、OXK <20倍であった。陽転した日本紅斑熱と発疹熱の抗体価は近似していて、Weil-Felix反応でも紅斑熱と発疹熱の双方に反応するOX19が陽転したことから、これらの反応系からの両疾患の鑑別はできなかった。そこでリケッチアの多糖体抗原で感作した赤血球による間接赤血球凝集反応2)を試みたところ、凝集価は、初回血清では紅斑熱群と発疹チフス群ともに<40倍であったが、2週間目においては、紅斑熱群<40倍に対して発疹チフス群は160倍と有意に上昇していた。これらの血清診断における各リケッチアに対する抗体価と臨床経過を合わせて発疹熱と診断した。

考 察
発疹熱は、世界中で散発的な流行はあるものの、届出義務はないため近年での日本での報告例は少なく、海外からの輸入例をのぞけば、1977年の長崎県対馬3)、1986年の福島県4)、1994年の福井県5)、1997年の鳥取県6)と、2003年の徳島県の報告7)のみである。福井県での報告例では、同様の症状の患者が約30名認められ、確定診断はついていないものの、これらの患者も発疹熱であったと考えられている。現在でも地域によってはネズミがヒトの居住地域に多く生息している実態を考慮すると、実際にはネズミ寄生性のネズミノミを介して多くの発生が推測され、そのほとんどは確定診断されていない可能性がある。発疹性の発熱疾患であるリケッチア感染症は、わが国ではつつが虫病と日本紅斑熱が知られており、淡路島地方では両者のベクターの生息状況の違いからか、北部ではつつが虫病が、南部では諭鶴羽山系を中心に日本紅斑熱が認められている。いずれも毎年数例ずつの報告があり、臨床症状からの鑑別は困難だが、発生時期や発生場所により疫学的な鑑別がある程度可能である。本症例では、臨床症状より日本紅斑熱を疑ったが、治療経過からはミノサイクリン開始後の解熱までの経過が48時間以内であり、日本紅斑熱に比較し短期間であった。発疹チフス群のR. typhi R. prowazekii では明らかにR. typhi に対する抗体が高かったものの、痂皮を伴う刺し口を認め、ダニ刺咬があり、R. japonica の抗体価も上昇していたことから日本紅斑熱との混合感染の可能性も考えられた。しかし、間接赤血球凝集反応から日本紅斑熱は否定的とされた。R. japonica R. typhi の血清反応においては交差反応が報告されており8)、これまでに日本紅斑熱の軽症例とみなされていた症例のなかには、発疹熱の混在の可能性もあるものと考えられた。日本紅斑熱が疑われた場合には、鑑別診断としてつつが虫病だけでなく発疹熱も考慮することが必要である。

発疹熱は一般的に軽症が多いとされ、自然軽快例も多いとされるが、稀には重症化し多臓器不全をきたし死亡の転帰をとることもある。適切な抗菌薬を使用すれば死亡率は1%、使用しない場合には4%といわれている1)

R. typhi の自然界における媒介者はネズミノミが主体で、主にドブネズミや住家性のクマネズミに寄生しており、人への感染は、これらのネズミに由来するネズミノミの刺咬、または刺咬部位の痒みにより生ずる皮膚のかき傷からノミの糞便中にあるリケッチアが侵入して発症する。本症例では職歴でも家庭でも、とくにネズミとの目立った接触はないとのことであったが、クマネズミは一般的な住家性ネズミであり、近年日本の都会でも増加傾向にあるといわれており、今後発疹熱も再興感染症の一つとして注意が必要と考えられる。

 

参考文献
1) Civen R, et al., Clin Infect Dis 46: 913-918, 2008
2) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報31: 23-29, 1988
3) 坪井義昌, 他, 昭和52年国立予防衛生研究所年報 110, 1978
4) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報50: 37-40, 2010
5) 高木和貴, 他, 感染症学雑誌75: 341-344, 2001
6) 常井幹生, 他, 第61回山陰小児科学会 1998
7) Sakaguchi S, et al., Emerg Infect Dis 10: 964-965, 2004
8) Uchiyama T, et al., Microbiol Immunol 39: 951-957, 1995

 

兵庫県立淡路医療センター内科 野村哲彦 倉田啓史 池田宜央
馬原アカリ医学研究所 藤田博己

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan