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海外より来日した患者から検出されたNDM-1 メタロ- β- ラクタマーゼとOXA-181 カルバペネマーゼ等を同時に産生する広範囲抗菌薬耐性肺炎桿菌

(IASR Vol. 34 p. 237-238: 2013年8月号)

 

NDM型メタロ- β-ラクタマーゼ(MBL)を産生する多剤耐性菌は、2010年以降インド/パキスタン地域から世界各地に拡散している1,2)。MBLは、セフェム系やカルバペネム系を含む広範囲のβ-ラクタム薬を分解する。NDM型MBL産生株は、同時に各種の基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(CTX-M型などのESBL)やセファロスポリナーゼ(CMY型等)の遺伝子、さらに、アミノ配糖体系抗菌薬への高度耐性に関わるArmA、RmtC、RmtBなどの16S rRNAメチルトランスフェラーゼの遺伝子も保持していることが多い。加えて、キノロン薬の標的分子でありDNAの複製に関与するDNAジャイレースやトポイソメラーゼIVのキノロン決定領域(QRDR)に特定のアミノ酸置換も獲得していることが多い。つまり、NDM型MBL産生株の多くは、臨床的に用いられるほとんどの薬剤に耐性を獲得している点が特徴であり、この種の多剤耐性株による感染症は予後不良なことが多いため、国際的に大きな懸念事項となっている。

2013年6月、アジア地域の医療機関で治療を受けたアジア系の70代の男性患者が、6月中旬に日本での治療継続のため、東日本地域の医療機関に入院した。患者の喀痰などから、コリスチン以外のグラム陰性菌感染症に有効とされているセフェム系、カルバペネム系、モノバクタム、アミノ配糖体系、フルオロキノロン系、ホスホマイシン、ミノサイクリンなどの多くの抗菌薬に対し汎耐性を示す肺炎桿菌が分離された。メロペネム(MEPM)とメルカプト酢酸ナトリウム(SMA)のdiskを用いた「modified SMA-disk method」(https://www.nih-janis.jp/material/material/modified%20SMA-disk%20method.pdf)によるMBL 検出法では、明瞭な結果が得られなかったが、modified Hodge test (MHT)3)を実施したところ、「陽性」の結果が得られたため、カルバペネマーゼ産生株であることが強く示唆された。PCRによりカルバペネマーゼおよびその他のβ-ラクタマーゼの遺伝子などの検出とともにPCR産物の塩基配列を解析した。その結果、この菌株からは、NDM-1、セリン型のカルバペネマーゼOXA-181(OXA-48のvariant)、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼCTX-M-15、プラスミド媒介性のCMY-4(AmpC型セファロスポリナーゼ)などの産生に関与する各種の遺伝子、さらに、広範囲アミノ配糖体高度耐性に関与するArmAの遺伝子も検出され、薬剤感受性試験結果のデータとから、広範囲抗菌薬耐性(extensively drug-resistant, XDR)株4)であると判定された。

今回、この医療機関では初期の段階でこの菌株を検出し、適切な感染対策が取られたことから、院内での患者間伝播は発生しなかった。

最近、カナダや米国内では、NDM-1 産生株による院内感染が散発的に発生している5,6)。米国では、近年KPC型カルバペネマーゼを産生する腸内細菌科の細菌が広く蔓延してきたため、2013年3月にCDC が警告を発している(http://www.niid.go.jp/niid/ja/drug-resistance-bacteria-m/3305-carbapenem.html)。日本国内では2010年以降、輸入例を中心に数例のNDM-1 等産生株の分離の報告があるが(http://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/34/395/graph/kt39521.gif)が、幸いにも院内感染は発生していない。OXA-48型カルバペネマーゼ産生菌は、ヨーロパなどで院内感染を引き起こす主要な原因菌の一つとして警戒されているが、日本国内においては数例の輸入例が報告されているのみである。OXA-181 カルバペネマーゼはOXA-48型カルバペネマーゼのvariant(変種)であり、カルバペネムの分解活性がより高いと報告されている。OXA-181 産生株は、インドから近隣の国々やオセアニア、北欧、北米などに拡散しつつあることから、OXA-48産生株とともに今後も国内への流入が続くと予想される。流入初期の段階でそれらを見逃すと、気がつかれないまま入院患者間で伝播拡散する恐れもある。わが国と同様に、NDM-1 型やOXA-48型カルバペネマーゼ産生株がまだendemic になっていない米国やカナダでは、近年、海外からの患者の入院時検査が推奨されている6,7)。国内の医療機関においても、海外の医療機関で診療を受けた経歴を有する患者についてはこれらの多剤耐性菌の存在を念頭においた検査や感染対策の実施を検討する必要がある。

なお、今回分離された株のように、複数のカルバペネマーゼを産生する菌に関しては、チュニジアでNDM-1とOXA-48を同時に産生する多剤耐性肺炎桿菌の分離が報告されている8)。ノルウェーでもNDM-1とOXA-181を同時に産生する株が分離されている9)。今後、わが国でも、NDM型などのMBLのみならずKPC、OXA-48、OXA-181などの多様なカルバペネマーゼを同時に産生する株が出現する可能性もある。

カルバペネム耐性株や、多剤耐性株が分離された場合、遺伝子などの詳しい解析については、以下の厚生労働省事務連絡を参考に、国立感染症研究所細菌第二部(taiseikin[アットマーク]nih.go.jp )に相談いただきたい。

*[アットマーク]は@に置き換えて送信してください。

厚生労働省 事務連絡(平成25年3月22日)
 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/130322.pdf

 

参考文献
1) Kumarasamy KK, et al., Lancet Infect Dis 10:  597-602, 2010
2) Nordmann P, et al., Trends Microbiol 19: 588-595, 2011
3) Girlich D., et al., J Clin Microbiol 50: 477-479, 2012
4) Magiorakos AP, et al., Clin Microbiol Infect 18: 268-281, 2012
5) CDC, MMWR 61: 446-448, 2012
6) Borgia S, et al., Clin Infect Dis 55: e109-117, 2012
7) Ahmed-Bentley J, et al., Antimicrob Agents Chemother 57: 3085-3091, 2013
8) Ben Nasr A, et al., Antimicrob Agents Chemother (Epub ahead of print), 2013
9) Samuelsen O, et al., J Antimicrob Chemother 68: 1682-1685, 2013

 

<解説>
NDM 型カルバペネマーゼ:メタロ- β-ラクタマーゼの一種で、2013年7月2日時点で、NDM-1 からNDM-10までのvariant (変種)がデータベースに登録されている。variant の同定には塩基配列を決定する必要がある。

OXA-48型カルバペネマーゼ:セリン型のカルバペネマーゼの一種で、OXA-48およびそのvariant であるOXA-181などのカルバペネマーゼが含まれる。variant の同定には塩基配列を決定する必要がある。

 

国立感染症研究所細菌第二部
    外山雅美(協力研究員) 長野由紀子(協力研究員) 柴山恵吾
名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学/耐性菌制御学分野
  長野則之(客員研究員) 荒川宜親

 

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わが国におけるNDM型、KPC型およびOXA-48型カルバペネマーゼ産生菌分離状況(2013年7月現在)

(IASR Vol. 34 p. 238-239: 2013年8月号)

 

海外で蔓延して問題となっているNDM型、KPC型、およびOXA-48型カルバペネマーゼ産生菌について、2013年7月までに国内の医療機関で検出された症例をに示す。いずれも今のところ、ほとんどが輸入例である。実態調査報告例、解析依頼例は、国立感染症研究所細菌第二部で分離同定した例である。その他の報告例は、論文等により発表された例である。

 

国立感染症研究所細菌第二部
     鈴木里和 松井真理 鈴木仁人 甲斐久美子 吉村由美子 瀧世志江 柴山恵吾

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外傷患者の血液培養で分離された新型カルバペネ マーゼTMB-2 産生Acinetobacter soli

(IASR Vol. 34 p. 239: 2013年8月号)

 

近年、グラム陰性菌におけるカルバペネム耐性の獲得が問題となっている。Acinetobacter 属菌の中で最も分離頻度が高いA. baumanniiでは、カルバペネム耐性はOXA 型カルバペネマーゼ産生によるものが多く、これらは時として院内でアウトブレイクを引き起こす1)。一方、A. baumannii以外のAcinetobacter 属菌では、OXA 型カルバペネマーゼとは分子構造が全く異なるメタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)を産生するものが多い。これまでにVIM 型やIMP 型、NDM 型などのMBL が、Acinetobacter nosocomialisAcinetobacter pittiiなどでよく見出されている2,3)

2013年5月、土木工事用重機による外傷の治療のため愛知県内の総合病院に入院した60代の男性患者の血液培養によりAcinetobacter 属菌が分離された。病院検査室における薬剤感受性試験の結果、この菌株はカルバペネム系を含む多くの広域β-ラクタム系薬に耐性と判定された。各種の抗菌薬の最小発育阻止濃度(MIC, [μg/ml] )を以下に示す。MEPM [>4]、CTX [>8]、CAZ [>8]、CFPM [>8]、CMZ [>16]、SBT/ABPC [>8]、PIPC [>64]、TAZ/PIPC [64]、GM [1]、AMK [4]、CPFX [0.12]。代表的な抗菌薬のMICを、名古屋大学細菌学教室で再検査した結果、次のように判定された。MEPM [32]、IPM [8]、DRPM [32]、CTX [>64]、CAZ [>64]、AZT [64]。

以上から、本菌株はカルバペネマーゼ産生株であることが強く示唆され、PCRによるカルバペネマーゼ遺伝子の解析により、TMB-1 型カルバペネマーゼ遺伝子が「陽性」と判定された。さらに詳細にPCR産物の塩基配列を解析した結果、最近国内で新たに発見されたTMB-2カルバペネマーゼの遺伝子と一致した。rpoB4)およびgyrAの解析により、この菌株はAcinetobacter soliである可能性が強く示唆された。

この菌株が分離された医療機関では、初期の段階でこの菌株を検出し、適切な感染対策が取られたことから、院内での患者間伝播は発生していない。

TMB-1 カルバペネマーゼ遺伝子は、2012年にリビアのトリポリで分離されたAchromobacter xylosoxidansで最初に見出されたものである5)が、それ以降はまだ分離の報告が無い。TMB-2 カルバペネマーゼの遺伝子は、最近国内でAcinetobacter pittiiAcinetobacter genospecies 14BJにおいて新たに発見されたものである6)。TMB-2 カルバペネマーゼは、TMB-1 カルバペネマーゼと比較すると228番目のセリンがプロリンに置換したものである。TMB-2 カルバペネマーゼ産生菌の分離はこの報告が3例目となるが、A. soli としては、世界で最初の分離例である。A. soli は、2007年に韓国の山岳の森林の土壌から最初に分離され、新しく認定されてAcinetobacter 属に追加された菌種である7)。外国では、複数の新生児の血流感染症の起因菌として分離されている8)。国内では最近、血液からIMP-1型カルバペネマーゼとOXA-58型カルバペネマーゼを同時に産生するカルバペネム耐性株の分離が報告され9)、専門家の間で関心事となっている。今回も血液からの分離であった。

Acinetobacter 属菌は、様々な環境に定着し易い特性を有している。またAcinetobacter 属菌が獲得した耐性遺伝子は、同属の他の菌種や他の属の菌種にも伝達されることが知られている。今後、Acinetobacter 属菌のみならず、他のブドウ糖非発酵菌や腸内細菌科の菌群にTMB型カルバペネマーゼ遺伝子が伝播拡散していく可能性があり、カルバペネム耐性菌や多剤耐性菌による感染症例では治療に困難をきたすことから、医療機関においては注意が必要である。このような耐性菌が分離された場合、遺伝子などの詳しい解析については、以下の事務連絡を参考に、国立感染症研究所細菌第二部(taiseikin[アットマーク]nih.go.jp)に相談いただきたい。

*[アットマーク]は@に置き換えて送信してください。

厚生労働省 事務連絡 (平成25年3月22日)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/130322.pdf

 

参考文献
1) Garlantezec R, et al., J Hosp Infect 77: 174-175, 2011
2) Endo S, et al., J Antimicrob Chemother 67: 2533-2534, 2012
3) Yamamoto M, et al., Clin Microbiol Infect, doi: 10.1111/1469-0691.12013, 2012
4) La Scola B, et al., J Clin Microbiol 44: 827-832, 2006
5) El Salabi A, et al., Antimicrob Agents Chemother 56: 2241-2245, 2012
6) Suzuki S, et al.,J Antimicrob Chemother 68: 1441-1442, 2013
7) Kim D, et al., J Microbiol 46: 396-401, 2008
8) Meohas MM, et al., J Clin Microbiol 49: 2283-2285, 2011
9) Endo S, et al., Antimicrob Agents Chemother 56: 2786-2787, 2012

 

名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学/耐性菌制御学分野   
     北仲博光 和知野純一 荒川宜親

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男性同性愛者間で感染した侵襲性髄膜炎菌感染症事例、2012年10月~2013年5月―ドイツ

(IASR Vol. 34 p. 240: 2013年8月号)

 

侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD)は稀だが重篤な疾患で、小児を中心に罹患を起こすが、年齢が上がるとともに重症化傾向がある。2013年7月2日までにドイツで報告された 208例(例年と大きな違いはない)中、ベルリンで報告された17例のうち3例の男性同性愛者(MSM)がC群髄膜炎菌(MenC)に罹患した。

髄膜炎菌の12の血清群のうちドイツではBとCが多く、年間のIMD 罹患率は2010~2012年まで平均して人口10万人当たり0.45、若年成人(20~29歳)では0.65。致死率は2012年で 9.3%、MenCは最も高く13%だった。ドイツでは2006年からMenCワクチンが1歳時に定期接種勧奨され、キャッチアップ接種も勧奨されているが具体的な接種促進策は行われていない。2010年の小学校入学時のMenCワクチンカバー率は53~90%と、州ごとにばらつきがある。勧奨されたワクチンについて接種費用は無償だが、それ以外で医師に処方される場合は有料での接種となる。

MSM 間の3例については、症例1は20代前半の男性で、悪寒、発熱および激しい腹痛を2月初旬に訴え入院したが、緊急腹部手術中に死亡した(入院の10時間以内)。血液培養からMenC陽性。発症前日には複数のゲイバーへ立ち寄っていた。症例2と症例3はいずれも20代なかばで、5月に同じゲイ向けナイトクラブに行き夜をともにした。2日後に症例2は発熱、嘔気、嘔吐、易刺激性、頸部硬直をきたし、入院のうえ集中治療室で加療された。生存こそしたものの、脳に不可逆な後遺症を残した。症例3は1日後に易刺激性、発熱、嘔気をきたしたが医療機関を受診しないまま自宅で翌日に死亡。解剖により敗血症性ショックとDIC による死亡と診断され、髄液からMenCを検出。喫煙およびゲイバー以外にリスク要因は見つからず、HIV 陽性の診断もなく、MenC予防接種歴もなかった。症例2と症例3の関連は想像できるが、症例1とこの2例との関連は不明で、過去にMSM 間での流行が見られたパリやニューヨークとの関連も不明。

分子タイピングの結果、この3例ともMenCのST11、ET15とわかり、ドイツで1998年から頻繁に小流行を起こしていた株であった。PorAとFetAはET15で従前より関連していることが知られているため、porB と fHbppenA のタイピングが追加で行われた。いずれも同一と分かり、上記3例の関連を示唆した。

後ろ向き疫学調査として、発生動向調査に報告された症例のうちMSM の事例を検索し、2例が追加で同定された(発症は2013年2月と2012年10月)。いずれも20代後半で、2012年10月の症例は敗血症から死亡。検体はいずれも髄膜炎菌のレファレンスラボで検査され、同じくST11だった。追加の分子タイピングでは、2013年2月の症例は上記3例とは異なる株と示唆され、複数の流行系統が示唆された。

公衆衛生的な対応としては、ベルリンでの2012年10月~2013年6月までのMSM コミュニティでのMenCによるIMD 罹患率が調べられた。10万人当たり 6.3症例で、エピデミックとは認められなかった(ドイツでは3カ月以内に特定の地域で10万人当たり10症例以上をエピデミックと定義)が、全血清型の罹患率と比べても同世代の期待値(0.65)からは10倍の高さであった。

MSM 間でのIMD の集積はドイツの感染症サーベイランスネットワークとベルリンの医療従事者に通報され、症例の積極的探索が勧められた。AIDS患者支援団体はウェブサイトでIMDに関する情報をMSM 向けに発信し、HIV 陽性者は無料で髄膜炎菌予防接種が勧奨されていることを周知した。地域での流行の際には勧奨の拡大が可能であり、MSMのIMD症例のなかでHIV 陽性者が今のところいないことから、より広範なMSMに対する髄膜炎菌予防接種を検討している。

(Euro Surveill. 2013;18(28):pii=20523 )
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黄熱に対するワクチンと予防接種-2013年WHO 方針

(IASR Vol. 34 p. 240-241: 2013年8月号)

 

この黄熱に対するワクチンと予防接種のWHO 方針は2003年の方針の改訂である。

背景:黄熱は現在アフリカと南米の44カ国で蔓延している。予防接種キャンペーンが中止され、予防接種率が維持されなくなった地域では、予防接種未接種者の間で黄熱がまた流行し始め、一度は根絶されたと考えられた地域(アルゼンチン北部、ブラジル南部、パラグアイ、カメルーン南部、中央アフリカ共和国、ウガンダ、スーダン等)でも大規模な流行が起こるようになった。患者の90%はアフリカで発生しており、2013年にアフリカでは8.4~17万人の重症患者と 2.9~6万人の死者が発生していた。

黄熱には患者の年齢、性、職業の分布から3つの異なる伝播サイクルがある。野生生物型はヒト以外の霊長類に感染し、ジャングルの林冠にいる蚊(Haemago-gusAedes)により媒介され、ヒトへの感染は偶発的に起こる。南米で多く、70~90%の感染者は森林近くで働いている若年男性である。2つ目の中間型は荒地や人家近くでAedes が吸血できるアフリカの湿潤地域で認められ、ヒト以外の霊長類とヒトどちらにも感染する。3つ目の都会型は、黄熱に対する免疫が乏しいヒトが密集していてネッタイシマカが活発な地域に感染者が移動し、ウイルスがヒトからヒトへ運ばれて大規模な流行を起こす。

黄熱ウイルスはフラビウイルス属の1本鎖RNAウイルスである。感染すると無症候の場合もあるが、通常ウイルス曝露後3~6日で発症し、発熱、筋肉痛などの非特異的症状が急激に始まる。一時緩解した後15%のヒトでは2~24時間後に症状が再燃し、腎不全、黄疸、出血傾向、心筋障害が起こる。肝腎不全に至ると20~50%が通常発症から7~10日で死亡する。診断は血清IgMやIgG の検出によるが、IgMは他のフラビウイルスへの既感染があると上昇せず、逆に罹患や予防接種後は数年にわたり上昇する。IgG は少なくとも35年または生涯上昇したままとなる。特異的な治療法はない。

現在の17D 系からの弱毒生ワクチンは、1927年にガーナで分離された野生株に基づき鶏胎児胚細胞で増殖させて作られており、蚊では媒介されない。ソルビトールやゼラチンが安定剤として使われているが保存剤は含まれず、凍結乾燥されている。保管は-2~-8℃として、使用直前に溶解液で戻した後は氷上で遮光保存し、1~6時間で破棄する。接種は 0.5mlを皮下注または筋注する。健常人では10日以内に80~ 100%、30日以内に99%が中和抗体を獲得する。HIV 感染者では接種1年後の抗体価上昇が83%(65/78)であり、HIV 非感染者の97%(64/66)より有意に低かった。また、妊婦では妊娠第3期の接種で39%、妊娠第1期の接種で95%の抗体獲得率という報告がある。

頭痛や局所違和感などの軽度副反応は25%で報告され、重度副反応は3つに分類される。1つ目のアナフィラキシーは0.8/10万で発生し、卵やゼラチンアレルギーの人で多い。2つ目のワクチン関連神経疾患は、脳炎、髄膜炎、ギラン・バレー症候群、急性散在性脳脊髄炎等で 0.25~0.8/10万で発生する。3つ目のワクチン関連多臓器不全は60歳以上で多く、0.25~0.4/10万で発生し、致死率60%以上である。妊婦の接種は、自然流産が増えるという報告と主だった奇形や死産の増加はないという報告があり、メーカーは禁忌としているが、流行時には保健当局の指示に従い接種可能である。同時接種に関しては、多くのワクチンで同時接種は安全だが、MMRと一緒に接種した場合、黄熱、風疹、ムンプスの抗体価が有意に上昇しなかったという報告がある。

WHO の声明
黄熱ワクチン使用の一般的目的と戦略:黄熱予防接種は、蔓延または流行地域の人を守る、それらの地域への旅行者を守る、ウイルス血症を起こした旅行者からのウイルスの国際的伝播を防ぐ、という3つの目的から行われる。すべての蔓延国で1回の黄熱ワクチンを定期接種に組み込むことが推奨される。

スケジュール:蔓延国では黄熱ワクチンは9~12カ月に麻疹ワクチンとの同時接種が推奨される。また、導入期限が設けられるべきである。予防接種率が低い場合には大規模予防接種キャンペーンの施行が推奨される。患者報告地域では9カ月以上の全員に予防接種の機会が提供されるべきである。黄熱の危険地域に旅行者が出入りする場合、ワクチン未接種の9カ月以上の人では予防接種が薦められるべきである。他のワクチンとは同時接種が可能である。

特別な対象と禁忌:CD4 細胞数 200個/mm3以上で無症状のHIV 感染者は接種が薦められる。臨床的に元気な小児にはHIV 感染症の有無にかかわらず接種してもよい。妊婦と授乳中の女性は予防接種の利益と危険とが検討されるべきであり、カウンセリングが行われるべきである。黄熱蔓延地域または流行中は、胎児や新生児へのワクチン株感染の危険より母親の予防接種での利益が大きく、予防接種を受けた授乳中の女性では授乳での利益が大きい点が助言されるべきである。妊婦や授乳中の女性が黄熱蔓延地域に行く必要がある場合は黄熱の予防接種を受けるべきである。黄熱予防接種は6カ月未満の乳児では禁忌であり、6~8カ月の幼児では黄熱が流行中で罹患する危険が高い場合を除き薦められない。

重度の卵アレルギーや重度の免疫不全(原発性免疫不全、甲状腺疾患、CD4陽性T細胞が200未満で症状のあるHIV感染者、化学療法中の悪性新生物、最近の造血幹細胞移植、免疫抑制剤や免疫に影響を与える薬物、免疫細胞を標的とした放射線治療)では禁忌である。60歳以上の人では副反応のリスクが増すため、黄熱に罹患するリスクと予防接種後副反応のリスクとを評価検討すべきである。

サーベイランスと研究の優先度:黄熱コントロール戦略には、疾患とワクチン副反応に関する検査機関の協力に基づくサーベイランスが含まれるべきである。HIV陽性者での免疫持続、MMR等の他の弱毒生ワクチンとの同時接種、妊婦と60歳以上の高齢者での黄熱ワクチンの安全性や免疫原性を評価するための質の高い研究が必要である。

 
(WHO, WER, 88, No.27, 269-283, 2013) 
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英国での麻疹、風疹および流行性耳下腺炎の診断状況、2013年第1四半期

(IASR Vol. 34 p. 240: 2013年8月号)

 

イングランドでのMMR ワクチン含有疾患の発生状況が四半期ごとに報告されている。2013年1~3月までの発生状況は以下の通り。

麻疹:検査された検体2,222サンプルのうち確定例 673例(口腔液 383例、その他の検体 290例)。前年同時期の262例より倍以上増加。大多数(72%)は18歳までの小児で、麻疹を含むワクチンの接種歴があるのは10%。

流行性耳下腺炎: 948確定例(前年同時期は 478例)のうち、1985~1994年の間に生まれた若年成人が65%を占める。症例のうち約半数はMMR ワクチンの接種歴がある。

風疹:4例確定診断された。18~29歳の成人で、2例は妊娠期間中に診断された女性だった。

 (HPR 7(23), 7 June 2013)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan