薬剤耐性菌感染症

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外傷患者の血液培養で分離された新型カルバペネ マーゼTMB-2 産生Acinetobacter soli

(IASR Vol. 34 p. 239: 2013年8月号)

 

近年、グラム陰性菌におけるカルバペネム耐性の獲得が問題となっている。Acinetobacter 属菌の中で最も分離頻度が高いA. baumanniiでは、カルバペネム耐性はOXA 型カルバペネマーゼ産生によるものが多く、これらは時として院内でアウトブレイクを引き起こす1)。一方、A. baumannii以外のAcinetobacter 属菌では、OXA 型カルバペネマーゼとは分子構造が全く異なるメタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)を産生するものが多い。これまでにVIM 型やIMP 型、NDM 型などのMBL が、Acinetobacter nosocomialisAcinetobacter pittiiなどでよく見出されている2,3)

2013年5月、土木工事用重機による外傷の治療のため愛知県内の総合病院に入院した60代の男性患者の血液培養によりAcinetobacter 属菌が分離された。病院検査室における薬剤感受性試験の結果、この菌株はカルバペネム系を含む多くの広域β-ラクタム系薬に耐性と判定された。各種の抗菌薬の最小発育阻止濃度(MIC, [μg/ml] )を以下に示す。MEPM [>4]、CTX [>8]、CAZ [>8]、CFPM [>8]、CMZ [>16]、SBT/ABPC [>8]、PIPC [>64]、TAZ/PIPC [64]、GM [1]、AMK [4]、CPFX [0.12]。代表的な抗菌薬のMICを、名古屋大学細菌学教室で再検査した結果、次のように判定された。MEPM [32]、IPM [8]、DRPM [32]、CTX [>64]、CAZ [>64]、AZT [64]。

以上から、本菌株はカルバペネマーゼ産生株であることが強く示唆され、PCRによるカルバペネマーゼ遺伝子の解析により、TMB-1 型カルバペネマーゼ遺伝子が「陽性」と判定された。さらに詳細にPCR産物の塩基配列を解析した結果、最近国内で新たに発見されたTMB-2カルバペネマーゼの遺伝子と一致した。rpoB4)およびgyrAの解析により、この菌株はAcinetobacter soliである可能性が強く示唆された。

この菌株が分離された医療機関では、初期の段階でこの菌株を検出し、適切な感染対策が取られたことから、院内での患者間伝播は発生していない。

TMB-1 カルバペネマーゼ遺伝子は、2012年にリビアのトリポリで分離されたAchromobacter xylosoxidansで最初に見出されたものである5)が、それ以降はまだ分離の報告が無い。TMB-2 カルバペネマーゼの遺伝子は、最近国内でAcinetobacter pittiiAcinetobacter genospecies 14BJにおいて新たに発見されたものである6)。TMB-2 カルバペネマーゼは、TMB-1 カルバペネマーゼと比較すると228番目のセリンがプロリンに置換したものである。TMB-2 カルバペネマーゼ産生菌の分離はこの報告が3例目となるが、A. soli としては、世界で最初の分離例である。A. soli は、2007年に韓国の山岳の森林の土壌から最初に分離され、新しく認定されてAcinetobacter 属に追加された菌種である7)。外国では、複数の新生児の血流感染症の起因菌として分離されている8)。国内では最近、血液からIMP-1型カルバペネマーゼとOXA-58型カルバペネマーゼを同時に産生するカルバペネム耐性株の分離が報告され9)、専門家の間で関心事となっている。今回も血液からの分離であった。

Acinetobacter 属菌は、様々な環境に定着し易い特性を有している。またAcinetobacter 属菌が獲得した耐性遺伝子は、同属の他の菌種や他の属の菌種にも伝達されることが知られている。今後、Acinetobacter 属菌のみならず、他のブドウ糖非発酵菌や腸内細菌科の菌群にTMB型カルバペネマーゼ遺伝子が伝播拡散していく可能性があり、カルバペネム耐性菌や多剤耐性菌による感染症例では治療に困難をきたすことから、医療機関においては注意が必要である。このような耐性菌が分離された場合、遺伝子などの詳しい解析については、以下の事務連絡を参考に、国立感染症研究所細菌第二部(taiseikin[アットマーク]nih.go.jp)に相談いただきたい。

*[アットマーク]は@に置き換えて送信してください。

厚生労働省 事務連絡 (平成25年3月22日)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/130322.pdf

 

参考文献
1) Garlantezec R, et al., J Hosp Infect 77: 174-175, 2011
2) Endo S, et al., J Antimicrob Chemother 67: 2533-2534, 2012
3) Yamamoto M, et al., Clin Microbiol Infect, doi: 10.1111/1469-0691.12013, 2012
4) La Scola B, et al., J Clin Microbiol 44: 827-832, 2006
5) El Salabi A, et al., Antimicrob Agents Chemother 56: 2241-2245, 2012
6) Suzuki S, et al.,J Antimicrob Chemother 68: 1441-1442, 2013
7) Kim D, et al., J Microbiol 46: 396-401, 2008
8) Meohas MM, et al., J Clin Microbiol 49: 2283-2285, 2011
9) Endo S, et al., Antimicrob Agents Chemother 56: 2786-2787, 2012

 

名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学/耐性菌制御学分野   
     北仲博光 和知野純一 荒川宜親

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わが国におけるNDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌分離状況、2012年現在

(IASR Vol. 34 p. 8-9: 2013年1月号)

 

2010年、NDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼを産生する多剤耐性菌がインドへの渡航者を介して世界各国へ急速に広まっていることが日本を含む各国メディアで大きく報道された。その後わが国の医療機関においても、インドへの渡航歴がある患者からNDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼを産生する菌が分離されたため、厚生労働省は同年9月~12月にかけて国内の医療機関での実態調査を実施した1) 。この調査では、医療機関において分離された腸内細菌科の細菌で、カルバペネム系、フルオロキノロン系およびアミノ配糖体系の3系統の抗菌薬すべてに耐性を示す菌株が国立感染症研究所(感染研)細菌第二部に送付された。感染研では、NDM型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子と、米国などで広く蔓延して問題になっているKPC型カルバペネマーゼ遺伝子をPCR 法により検出した。調査の結果、渡航歴の無い2名の患者からNDM-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が、渡航歴のある患者1名からKPC型カルバペネマーゼ産生菌が見出された。NDM-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が分離された2名の患者は同一県内の異なる医療機関の入院患者であった。これらの結果については、厚生労働省のホームページで公開している(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/cyousa_kekka_110121.html)。

感染研細菌第二部では調査期間終了後も、引き続き腸内細菌科の多剤耐性菌について、医療機関や地方衛生研究所等からの依頼に応じて、同様の解析を行ってきた。ここでは、2012年12月現在までのNDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌の国内における検出状況について、文献上や学会等で報告された例も合わせて紹介する。

実態調査期間終了後から2012年12月までに、感染研細菌第二部では、国内の医療機関において1名の患者からNDM型カルバペネマーゼ産生菌が、4名の患者からKPC型カルバペネマーゼ産生菌が分離されていたことを確認した。これまでの、NDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌の検出状況を表1にまとめた。2010年の実態調査時に見出された2名の患者由来のNDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼ産生株以外は、海外渡航先で医療機関入院歴のある患者由来だった。これらは海外からの輸入例と考えられる。NDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の世界的な蔓延の背景には、より安価な医療を求めての国際的なメディカルツアーの普及といった医療社会学的な要因の存在が指摘されている5) 。わが国では、メディカルツアーや海外からの患者の受け入れなどが限定的であることが、NDM型やKPC型カルバペネマーゼ産生菌がそれほど蔓延していない一因と考えられる。

NDM型やKPC型カルバペネマーゼ産生菌は、多くの場合フルオロキノロン系やアミノ配糖体系の抗菌薬にも耐性を示す多剤耐性菌であり、仮にそれらが広く蔓延すると、新規抗菌薬の開発が滞っている現在、感染症の治療において憂慮すべき事態となる。海外の医療機関より転院してくる患者についてはこれらの多剤耐性菌の存在を念頭においた検査や感染対策の実施を検討するとともに、今後もより一層薬剤耐性菌の分離動向に留意していくことが必要と思われる。

 

参考文献
1) 厚生労働省科学研究費補助金「新型薬剤耐性菌等に関する研究」平成22年度研究報告書(我が国における新たな薬剤耐性菌の実態に関する研究)研究代表者:荒川宜親, p.11-27, 2011年3月
2) Chihara S, et al., Clin Infect Dis 52: 153-154, 2011
3) Nakazawa Y, et al., J Infect Chemother, 2012 (in press)
4) 諸熊由子,他,日臨微生物誌 19: 136, 2009
5) Kumarasamy KK, et al., Lancet Infect Dis 10: 597-602, 2010

 

国立感染症研究所細菌第二部
鈴木里和 松井真理 鈴木仁人 甲斐久美子 吉村由美子 瀧世志江 柴山恵吾

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