薬剤耐性菌感染症

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わが国で分離されるアシネトバクター属菌の分子疫学解析

(IASR Vol. 35 p. 291- 293: 2014年12月号)

アシネトバクター属菌は、2000年頃から各国で急速に薬剤耐性化が進んでいる。アシネトバクター属には30以上の菌種があるが、感染症の原因菌としてはAcinetobacter baumannii が最も多い。A. baumannii には、特に多剤耐性のことが多く、また、院内感染を起こしやすい流行型International clone II(以下IC II)がある1)。我々は国内の医療機関からアシネトバクター属菌を収集し、IC IIの占める割合や薬剤耐性との関連を調べた。

国立病院機構86施設の協力を得て、平成23(2011)年10月~平成24(2012)3月に臨床検体より分離されたすべてのアシネトバクター属菌を収集した。菌種の同定はrpoBシークエンス解析2)、IC IIの判定は、blaOXA-51-like遺伝子のSNP解析3)にて実施した。薬剤感受性は、微量液体希釈法で測定した。

対象菌株が分離された78施設より998株が送付され、当研究所で発育を認めた932株の菌種同定を行った結果、866株がアシネトバクター属菌と同定された。菌種内訳は、A. baumannii が645株(74.5%)と最も多く、次いでAcinetobacter nosocomialis 84株(9.7%)、Acinetobacter pittii 60株(6.9%)だった。A. baumannii のIC IIは245株で、アシネトバクター属菌全体の28%を占めた。IC IIが分離された医療機関は78施設のうち36施設(46%)だった。

IC II 245株とそれ以外の621株(IC II以外のA. baumannii A. baumannii 以外のアシネトバクター属菌;以下non-IC II)、それぞれにおいて各抗菌薬に対する耐性株の割合をに示す。特に問題とされるカルバペネム系薬剤に耐性を示す株の割合は、IC IIではイミペネム、メロペネムともに3.7%だったのに対して、non-IC IIではイミペネム0.6%、メロペネム0.8%だった。他の9薬剤においても、IC IIはnon-IC IIに比べて耐性株の割合が高く、特にシプロフロキサシンに対してはすべてのIC IIが耐性であり、IC IIの特徴のひとつと考えられた。わが国では、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミカシンの3系統の薬剤に耐性を示す株を多剤耐性株と定義することが多い。今回の解析では、多剤耐性株は2株(アシネトバクター属菌の0.2%)のみで、いずれもIC IIだった。2剤耐性株は70株(8.1%)だった。そのうち58株はカルバペネムには感性であるが、フルオロキノロン系とアミカシンに耐性を示す株であり、すべてIC IIだった。12株は、アミカシンに感性、フルオロキノロン系とカルバペネム系に耐性を示す株で、そのうち7株がIC IIだった。

これまで、アシネトバクター属の解析は多剤耐性株やカルバペネム耐性株を対象としたものが中心で、これらの耐性株の多くがIC IIだった4)。しかし、感性株の中にICIIがどの程度存在するかについての研究はほとんどなされていなかった。今回、感性株も含めた解析により、ほとんどのIC IIはカルバペネムに感性であり、耐性株の割合は3.7%のみであることが明らかになった。

わが国は海外に比べて多剤耐性アシネトバクターの分離率が極めて低いことから5)、我々はICIIの分離率も低いと推測していた。しかし、今回の解析ではIC IIはアシネトバクター属全体の28%を占め、研究協力医療機関の46%で分離されており、既に国内の医療機関にIC IIが広まっていることが懸念される。IC IIはカルバペネム系抗菌薬に感性であっても、non-IC IIに比べて多くの薬剤に対して耐性率が高く、多剤耐性株となるリスクは高いと考えられる。分離されたアシネトバクター属菌がIC IIか否かを調べるには遺伝子解析が必要となるが、シプロフロキサシン耐性のアシネトバクター属菌が分離された場合はIC IIの可能性を考慮し、多剤耐性株の出現により注意が必要と考えられる。なお、分離菌の遺伝子等の解析に関する相談は、国立感染症研究所細菌第二部(taiseikinアットマークnih.go.jp)で受け付けている。

謝辞:今回の研究には多くの国立病院機構の医療機関にご協力いただきました。深く感謝いたします。

 
参考文献
  1. Diancourt L, et al., PLoS One 5, e10034, 2010
  2. La Scola B, et al., J Clin Microbiol 44: 827-832, 2006
  3. Matsui M, et al., J Microbiol Methods 94: 121-124, 2013
  4. Karah N, et al., Drug Resist Updates 15: 237-247, 2012
  5. 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)検査部門公開情報
    http://www.nih-janis.jp/report/kensa.html
  6. Clinical and Laboratory Standards Institute (CLSI) M100-S23, 2013
 
国立感染症研究所細菌第二部 松井真理 鈴木里和 鈴木仁人 柴山恵吾
愛知県衛生研究所 鈴木匡弘
秋田県健康環境センター 八柳 潤
富山県衛生研究所 綿引正則
国立病院機構熊本医療センター 平木洋一 河野文夫
 

 

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海外帰国患者より多剤耐性アシネトバクターおよび多剤耐性緑膿菌が同時に検出された事例に関する報告

(IASR Vol. 35 p. 244-246: 2014年10月号)

日本の医療機関において、多剤耐性アシネトバクター(Multidrug-resistant Acinetobacter baumannii: MDRA)を検出することは、2014(平成26)年9月の現時点において比較的稀であるが、海外では、アシネトバクター属菌(アシネトバクター)の多剤耐性化は進んでおり、海外の医療機関において入院治療を受けていた患者を受け入れる際には、注意が必要である。

2014(平成26)年8月、ラオス滞在中に意識障害となり、ラオスおよびタイの病院で入院加療を受けた30代男性(患者1)が、日本で治療を受けるため、三重県内の医療機関の総合集中治療センターに入院となった。感染症を発症した状態ではなかったものの、入院時に実施した喀痰の細菌検査にて、MDRA、多剤耐性緑膿菌(Multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa: MDRP)、および、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus: MRSA)を検出した。

海外の医療機関から転院となった患者からMDRA・MDRP・MRSAを検出した情報は、細菌検査室から感染対策チーム(Infection Control Team:ICT)を通じ、センターへ伝えられ、検査結果判明時点(入院3日目)から、個室に収容し、厳格な接触予防策と高頻度接触部位の清掃を開始した。

患者1の入院8日目に、センター内の別の患者(患者2)からMDRAを検出したことが判明した。患者2に対しても同様に個室にて厳格な接触予防策を開始した。また、患者1に対する接触予防策開始までの3日間に水平伝播が生じた可能性を考え、センターに入院歴のある患者を対象にアクティブスクリーニング培養検査を施行した。結果、新たに5名の患者からMDRAの検出を認め、アウトブレイクと判断した。

アウトブレイクが疑われた2例目の検出時より、ICTを中心に病院全体で感染対策を強化した。MDRA陽性者をセンター内の一区画内において個室管理とした上で、MDRA患者担当のスタッフを専従化し、MDRA陽性・陰性との交差を遮断。また、環境培養を頻回に行い清掃の精度を確認しつつ、定期的な環境清掃に加え、センター内全体の特別清掃を行うことで、アウトブレイク判明3週間後の現時点までの間に、新たにMDRAを検出する患者を認めず、耐性菌の感染拡大を防止できている状況である。

本例は、MDRAのほか、MDRP、MRSAも検出されていたが、周囲に伝播したのはMDRAのみであった。アシネトバクターと緑膿菌の感染/保菌者のケア後の個人防護具・手指への菌の付着状況を検討した報告によると、アシネトバクターの方が、より曝露しやすいとの結果1)であり、多剤耐性菌の中でもMDRAへの対応の際には、環境清掃を含め、より積極的な感染対策が必要である。

患者1から分離された菌については、名古屋大学にて詳しい解析を実施した。結果、MDRPについては、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子保有株、MDRAについては、メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子は認めず、OXA-23-like, OXA-51-like型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株と判定された。また、パスツール研究所の推奨するMLST解析では、sequence type 215と判定され、典型的な国際流行株であるinternational clone 2とは異なるものの、近縁株と考えられ、既に中国やベトナム等から登録されているST型であるが、国内ではST215によるアウトブレイクとしては最初の事例である。

解説: 耐性菌等を想定した感染症アウトブレイク発生時の対応については、2009~2010(平成21~22)年に報告された医療機関におけるMDRAの院内感染事例2,3)を受け、2011(平成23)年6月に厚生労働省通知「医療機関等における院内感染対策について」4)が発出されており、ICTを中心とした院内での対応、地域ネットワークの専門家による支援、保健所への報告等、通知に沿った対応が求められる。

また、MDRAは、感染症法上「薬剤耐性アシネトバクター感染症」の名称で、2011(平成23)年2月より5類感染症(定点)に、2014(平成26)年9月より5類感染症(全数)に指定5)されたところであり、すべての医療機関において、MDRAに対する対応が必要である。

日本におけるアシネトバクターのカルバペネム耐性率は、現時点では低いが、諸外国においてアシネトバクターのカルバペネム耐性は進んでいる6)。また、MDRAと同様に、腸内細菌科のカルバペネム耐性も海外で問題となっており、厚生労働省から注意喚起7)が出され、感染症法上「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症」が2014(平成26)年9月より、5類感染症(全数)に指定されたところである。

海外の医療機関で治療を受けていた患者を端緒とした耐性菌のアウトブレイクを防止するためには、耐性菌保菌の可能性も考え、入院時に監視培養検査を実施することや、検査結果判明までの間、個室管理とするなどの感染対策の実施も検討される。

 

参考文献
  1. 日本環境感染学会、多剤耐性グラム陰性菌感染制御のためのポジションペーパー 第1版
    http://www.kankyokansen.org/modules/publication/index.php?content_id=6
  2. 「多剤耐性アシネトバクター・バウマニ等に関する院内感染対策の徹底について」(平成21年1月23日付け厚生労働省医政局指導課事務連絡)  
    http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/dl/090123-1.pdf
  3. 「多剤耐性アシネトバクター・バウマニ等に関する院内感染対策の徹底について」(平成22年9月6日付け厚生労働省医政局指導課事務連絡)
    http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/dl/100907_1.pdf
  4. 「医療機関等における院内感染対策について」(平成23年6月17日付け医政指発0617第1号厚生労働省医政局指導課長通知)
    http://www.mhlw.go.jp/topics/2012/01/dl/tp0118-1-76.pdf
  5. 感染症発生動向調査事業実施要綱
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/dl/01_kansensho.pdf
  6. Acinetobacter baumanniiの耐性率(第11回院内感染対策中央会議 参考資料4)
    http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000055746.pdf
  7. 「腸内細菌科のカルバペネム耐性菌について(情報提供及び依頼)」(平成25年3月22日付け厚生労働省医政局指導課・健康局結核感染症課事務連絡)
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/130322.pdf

三重大学医学部附属病院医療安全・感染管理部 
  田辺正樹 中村明子 新居晶恵    
名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学/耐性菌制御学分野 
  荒川宜親
 

 

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