薬剤耐性菌感染症

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わが国におけるNDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌分離状況、2012年現在

(IASR Vol. 34 p. 8-9: 2013年1月号)

 

2010年、NDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼを産生する多剤耐性菌がインドへの渡航者を介して世界各国へ急速に広まっていることが日本を含む各国メディアで大きく報道された。その後わが国の医療機関においても、インドへの渡航歴がある患者からNDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼを産生する菌が分離されたため、厚生労働省は同年9月~12月にかけて国内の医療機関での実態調査を実施した1) 。この調査では、医療機関において分離された腸内細菌科の細菌で、カルバペネム系、フルオロキノロン系およびアミノ配糖体系の3系統の抗菌薬すべてに耐性を示す菌株が国立感染症研究所(感染研)細菌第二部に送付された。感染研では、NDM型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子と、米国などで広く蔓延して問題になっているKPC型カルバペネマーゼ遺伝子をPCR 法により検出した。調査の結果、渡航歴の無い2名の患者からNDM-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が、渡航歴のある患者1名からKPC型カルバペネマーゼ産生菌が見出された。NDM-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が分離された2名の患者は同一県内の異なる医療機関の入院患者であった。これらの結果については、厚生労働省のホームページで公開している(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/cyousa_kekka_110121.html)。

感染研細菌第二部では調査期間終了後も、引き続き腸内細菌科の多剤耐性菌について、医療機関や地方衛生研究所等からの依頼に応じて、同様の解析を行ってきた。ここでは、2012年12月現在までのNDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌の国内における検出状況について、文献上や学会等で報告された例も合わせて紹介する。

実態調査期間終了後から2012年12月までに、感染研細菌第二部では、国内の医療機関において1名の患者からNDM型カルバペネマーゼ産生菌が、4名の患者からKPC型カルバペネマーゼ産生菌が分離されていたことを確認した。これまでの、NDM型およびKPC型カルバペネマーゼ産生菌の検出状況を表1にまとめた。2010年の実態調査時に見出された2名の患者由来のNDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼ産生株以外は、海外渡航先で医療機関入院歴のある患者由来だった。これらは海外からの輸入例と考えられる。NDM-1 メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の世界的な蔓延の背景には、より安価な医療を求めての国際的なメディカルツアーの普及といった医療社会学的な要因の存在が指摘されている5) 。わが国では、メディカルツアーや海外からの患者の受け入れなどが限定的であることが、NDM型やKPC型カルバペネマーゼ産生菌がそれほど蔓延していない一因と考えられる。

NDM型やKPC型カルバペネマーゼ産生菌は、多くの場合フルオロキノロン系やアミノ配糖体系の抗菌薬にも耐性を示す多剤耐性菌であり、仮にそれらが広く蔓延すると、新規抗菌薬の開発が滞っている現在、感染症の治療において憂慮すべき事態となる。海外の医療機関より転院してくる患者についてはこれらの多剤耐性菌の存在を念頭においた検査や感染対策の実施を検討するとともに、今後もより一層薬剤耐性菌の分離動向に留意していくことが必要と思われる。

 

参考文献
1) 厚生労働省科学研究費補助金「新型薬剤耐性菌等に関する研究」平成22年度研究報告書(我が国における新たな薬剤耐性菌の実態に関する研究)研究代表者:荒川宜親, p.11-27, 2011年3月
2) Chihara S, et al., Clin Infect Dis 52: 153-154, 2011
3) Nakazawa Y, et al., J Infect Chemother, 2012 (in press)
4) 諸熊由子,他,日臨微生物誌 19: 136, 2009
5) Kumarasamy KK, et al., Lancet Infect Dis 10: 597-602, 2010

 

国立感染症研究所細菌第二部
鈴木里和 松井真理 鈴木仁人 甲斐久美子 吉村由美子 瀧世志江 柴山恵吾

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海外帰国患者より新型カルバペネマーゼ(OXA-48型)産生肺炎桿菌等の分離

(IASR Vol. 33 p. 336-337: 2012年12月号)

 

2009年以降、欧州各国の医療機関で、OXA-48型の新型カルバペネマーゼを産生する肺炎桿菌などが急速に広がり、本菌による感染症では死亡率も高いことなどから、医療関係者の間で警戒されている1)  。OXA型β-ラクタマーゼは、クラスDに属するセリン型のβ-ラクタマーゼであり、元来、オキサシリンを効率よく分解するため、OXA 型と命名された。近年、OXA 型β- ラクタマーゼの中に、カルバペネムを分解するもの(OXA-23-like、OXA-24/40-like、OXA-51-like、OXA-58-likeなど)が出現し、それらは、主として、多剤耐性アシネトバクターで問題となってきた。しかし、OXA-48-like(以降、OXA-48型と記述)カルバペネマーゼが、2001年にトルコで分離されたカルバペネム耐性肺炎桿菌で最初に確認され、その後、地中海沿岸、欧州各国、インドなどに急速に広がりつつある。OXA-48型カルバペネマーゼの遺伝子は多くはプラスミド媒介性であり、これまで、主に肺炎桿菌で検出されるという特徴を示す。2010年頃より、フランス、スペイン、アイルランド、イタリアなどの医療機関で本菌によるアウトブレイクが発生するなど、欧州では医療関係者の間で大きな関心事となっている2, 3) 。

2012年11月に東南アジアのとある国で脳梗塞の治療処置を受け帰国し、東日本地域の医療機関に継続治療のため入院した60代の男性患者の喀痰や便などより、OXA-48型カルバペネマーゼを産生する肺炎桿菌や大腸菌が分離された。これらの株は、他に、CTX-M-1 グループのESBLも同時に産生し、OXA-48型カルバペネマーゼ単独では分解し難いセフタジジムにも耐性を示し、さらに、アミノグリコシド系やフルオロキノロン系など多くの抗菌薬に多剤耐性を獲得していた。しかし、イミペネムやメロペネムなどに対しては、日常的な検査方法では、「耐性」と判定されず、ともするとカルバペネマーゼ産生株であることが見逃されるところであった。今回の株は、多くの広域セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示したことから、ESBLの産生などが疑われ、種々のβ- ラクタマーゼ阻害剤を用いた検査が実施されたが、クラブラン酸で弱い阻害活性が観察されるものの、メタロ-β-ラクタマーゼの阻害剤であるEDTAや、AmpCやKPC型カルバペネマーゼの阻害剤であるアミノフェニルボロン酸では、阻害が確認されず、その耐性機序に疑問が残った。そこで、念のため、エルタペネムのdiskを用いた変法ホッジテストが実施された結果、エルタペネムの不活化現象が観察されたため、何らかのカルバペネマーゼを産生していることが強く疑われた。そこで、PCRによる遺伝子検出を実施したところ、NDM、IMP、VIM、KPC、OXA-23などの遺伝子はすべて陰性であったが、唯一、OXA-48型の遺伝子が陽性となった。なお、この患者からは、OXA-48型カルバペネマーゼを産生する肺炎桿菌や大腸菌とともに、OXA-23型カルバペネマーゼとArmAを産生する多剤耐性アシネトバクター・バウマニが、同時に分離されている。

オランダのロッテルダム地域では2011年の8月時点で98名の患者がOXA-48型カルバペネマーゼ産生肺炎桿菌による感染症を発症し、そのうちの27名が死亡したとされる(参考資料)。また、最近、米国でも初めての2例の感染症例が報告されているが、そのうちの1名は、肝機能不全と敗血症性ショックで死亡している4) 。これらの事実から、この種の新型耐性菌が感染症を引き起こした場合、患者の生命予後を著しく悪化させることが懸念される。国内にOXA-48型カルバペネマーゼを産生する肺炎桿菌や大腸菌が侵入し医療現場で伝播拡散した場合、深刻な事態が発生することが想定されるため、監視と対策の強化が必要となっている。

海外帰国者等より、セフェム薬を含む広範な薬剤に耐性を獲得した肺炎桿菌や大腸菌が検出され、既知の耐性機構では説明がつけ難いなどの特徴を示す菌株である場合には、エルタペネムのdiskを用いた変法ホッジテスト5) を実施し、「陽性」と判定された際には、国立感染症研究所・細菌第二部または、名古屋大学大学院医学系研究科・分子病原細菌学/耐性菌制御学に相談して頂ければ、必要な解析支援を致します。

 

参考文献
1) Tzouvelekis LS, et al ., Clin Microbiol Rev 25: 682-707, 2012
2) Cuzon G, et al ., Antimicrob Agents Chemother 55: 2420-2423, 2011
3) Pitart C, et al ., Antimicrob Agents Chemother 55: 4398-4401, 2011
4) Mathers AJ, et al ., J Clin Microbiol, in press, 2012
5) Girlich D, et al ., J Clin Microbiol 50: 477-479, 2012


<語句の解説>OXA-48型カルバペネマーゼ:PCRにてOXA-48の検出用プライマーで「陽性」と判定される一群のOXA型カルバペネマーゼであり、OXA-48、OXA-54、OXA-162、OXA-181などが含まれ、これらは英文学術雑誌ではOXA-48-likeと総称される (荒川宜親、β-ラクタマーゼの構造と分類、化学療法の領域  Vol.28, No. 10, pp32-46,2012)。

 

参考資料:
     http://www.nih-janis.jp/participation/material/janis_knowledge_20111103.pdf

 

国立感染症研究所細菌第二部 柴山恵吾
名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学/耐性菌制御学分野 荒川宜親

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